魔国 魔国の民の事情
話が一区切りした後、リサのことは王妃様が着替えに連れ出して下さった。
戻ってくるのを待つ間
「あの……気になることがあるのですが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「リュドミラ様?」
「何かな? 王女。私が解る事であればよいのだが」
微かな逡巡と迷いを宿しながらも、リュドミラ様は顔を上げ、魔王陛下に呼びかけ、いや、問いかけた。
魔王陛下もリュドミラ王女には、私達に向けるそれより少し対応が柔らかい。
まあ、忠誠を誓ったとはいえ、客分待遇だもんね。
「魔王陛下、先ほど、少し漏れ聞こえたのですが魔国の民と、地上の人間は子を為すことはできないのでしょうか?」
「今の所、魔国で、はっきりと、確実に人国と魔族の混血、が生まれたという事例は見られていない。……セイラよ。王女に魔国では子どもの出生率が著しく低いというのは伝えたのか?」
「軽く、さわりだけ。町を歩いていて『子どもが少ないわね』『魔国ではあんまり子どもが生まれないんですよ』くらいの話をしただけです」
「国家の機密に関わる話でしょうから、私も無理に問い詰めたり、話を聞きだすようなことはしなかったのです。
叶うなら、魔王陛下のお許しを得てからと思いまして」
「それは、臣下としては正しい姿勢ではある。ということはアインツ商会を含む、地上に存在する魔国の民の事も話していないな」
「はい。アインツ商会に魔国の息がかかっている、ってことはお気付きになったようなので肯定しましたが、詳しい話はまだ、何も」
「ふむ。よし……セイラ」
顎に手を当て、微かに考えるような仕草をした後、魔王陛下は頷くと、私の方を見やった。
「ハイ! なんでしょうか?」
「お前が、説明を担当しろ。
王女だけではなく、アドラールやロキシム達、魔国での実務についていた者達にも、人国攻略に向けた魔国の戦略と、その実情をな」
「え? 私が、ですか?」
「ヴィクトールがいれば、説明を任せる所だが、今、この場にはいない。アインツ商会の仕組み、その他も含めて一番お前が詳しいだろう?
初期立案から参加していたのだからな。サクシャ」
「? サクシャ、とは?」
「あ……はい。解りました。リュドミラ様。その辺は後で説明します」
いきなり矛先を向けられてびっくりはしたけれど、まあ、できないことではない。
今、この場で確かに一番詳しいのは私だ。
魔王陛下はアインツ商会の現状について、報告はしているけど現場を詳しく知っている訳でもないし。
陛下に説明役をやって頂くのが一番確かではあるけれど、威厳とかその他のことを考えると避けた方が良さそうというのも理解できる。
「ただ、もし、私が言ってはいけないことを滑らせてしまいそうだと思ったら、止めて下さい」
「良かろう」
「セイラ。前から疑問に思っていたけれど、実は魔国の貴族だったりしてたの?」
リュドミラ様が、私と魔王陛下のやりとりを見てちょっと目を見開いた。
「貴族とか、そういうのじゃないです。私は人国の廃棄児で魔国に拾われた身なので。
でも、子どもだからってこととまあまあ、便利なクラスのおかげで色々と良くして頂いています」
魔国にはそもそも貴族とかも殆どないしね。種族の長とかはいるけれど、基本は実力主義。能力のない存在が、家名とかで引き上げられることもないし、逆に能力があれば奴隷待遇からも上がってくることはできなくもない。
リサと王妃様の帰還を待って私は、改めて説明を始めた。まずは基本情報から。
「現在、人国でアインツ商会という商業組織が急成長しています。元は旅商人から始まり、辺境に荒れ地を購入、一族を入植させ甜菜という砂糖を生み出す野菜の栽培に成功して。
砂糖と甘味菓子という人間が求めて止まない希少品を主力武器に、近年は王城や、アカデミアへの出入りも許可されるようになりました。
このアインツ商会は、魔国が人国攻略の為に作り上げた諜報拠点なんです」
「まあ……。やっぱりそうだったのね」
この点に関して驚いているのはリュドミラ様だけ。魔国の民には公然の秘密みたいにして知れているからね。地上の品を貿易で入れてもいるし。
「砂糖と、それを使ったお菓子は殆どの人間にとって喉から手が出る程欲しい希少品です。それを魔国で安定生産可能になったので、今まで細々と行われていた諜報活動を本格始動させることができるようになりました」
「魔国と人国の間の行き来は簡単にはできないと聞いているけれど?」
「常識的にはできないんですよね。東西南北に扉はあるんですけれど、塞がれています。これは、太古に激しい侵略戦争があって両国が絶滅寸前になったので、神が封じたものとされているそうです。どこかに秘密の扉があるらしいという噂はありますが、その辺はまだ発見されていないのでなんとも」
「私も、王家でそう学んだわ。でも、なら、どうやって?」
思い出すだけで口の中が苦くなるけれど、避けられない話だから仕方ない。
「リュドミラ様。
……地上側が暗黒の谷、と呼ぶ死の絶壁があるのご存じですか?」
「ええ。罪人を落とす死刑場でしょう?」
「はい。
人国は罪人の他、無能力者と判断された子どもを捨てていたんですが、そこは実は魔国に繋がっていたんです。
つまり、落ちれば魔国に辿り着き、登れば地上に行けるわけで。選ばれた魔国の強者が、その崖をよじ登り、魔宮で発見された転移陣を地上世界に持ち込んだことで、魔国側は人国側に人知れず。ある程度安定して潜入することが可能になったんです」
今から二十数年前、当時まだ十代だったアドラール様を含む魔宮探索班が、地下十階で見つけた『転移陣』
二か所に同じ陣を置き、魔力のような力を捧げることによって、中にいる者や物を距離やその他を飛び越えて移動させることができる、というものだ。
簡単にたくさん作れるものではないし、色々と制限もある。でも……
「魔国は、子どもの妊娠、出生率が異常なまでに低いのです。空気とか、環境とかに問題があるのかもしれませんけれど、検証、研究、立証できる状態ではないので」
魔国側は人口が人国の多分、半分以下、下手したら十分の一くらいかもしれない。
個々人の能力で言うのなら、魔国民の圧倒的勝利だ。各種族の特性を生かした戦い方をすれば、一般市民でも一人である程度兵士などを相手取れるだろう。ただ、数の暴力、という言葉があるように、人海戦力で責められれば、押し切られる可能性が高い。逆に、数さえ増えれば魔国が人国に負ける要素は無くなる。
だからまずは人に近い種族の夫婦が密かに隠れ住み、情報を集めながら子どもを増やすことから始めた。若い夫婦の多くは、道が開かれるなら、命を懸けても子どもが欲しいと願い、リスクを受け入れても地上に移り住むことを選んだ。
出生率は確実に上がったが、親子の生還率は七割ほど。一人生まれたら帰還をと進められているが、二人目、三人目を望んだ結果、怪しまれ命を失う事も少なくないという。
はっきりと殺害が確認された例だけでもウォルの件も込みで三桁に迫るという。
魔国側も本当はもっと早くに地上に隠れ住む者達のサポート組織を作りたかったらしいのだけれど、魔王陛下の代替わりやトラブルも色々あって本格的に計画が動き出したのは五年前から。成果を出し始めたのはここ数年の話だ。
「所属員はともかく、ある程度表に立つ代表は人間でないと支障が出ますから。アインツ商会の代表を任されているヴィクトール様が、魔国の人達に信用されるまでは無理だったというのもあるらしいです」
死の谷は処刑場にされるくらいだから、落ちた人の殆どが死ぬ。
生きて救われる人が増えたのは、救出体制の進んだ近年のことだ。
私の前にはヴィクトール様とほんの数名だけだったとか。
そして魔王様曰く
「使い物になると思えたのは、お前とヴィクトールくらいだ」
だそうで。まあ、基本的には死刑囚だしね。
ヴィクトール様は人国の元騎士だったと聞く。
領主と、人国王家に叛乱を起こそうとして裏切りに会い失敗、民の前で見せしめの為に仲間ごと死の谷に落とされたのだという。
運と、奇跡のような身体能力で生き延びたのはヴィクトール様ただ一人。
「仲間の屍の前で、人国への復讐を誓った。僕と君は似た者同士だね、セイラ」
寂しそうに笑っていたことを私だけが知っている。
その後、奴隷階級のような位置から上り詰め、魔王様の臣下にまでなった人物だ。
リュドミラ様と形は違うけれど、裏切り防止の術式も受け入れているんだって。
「そういうわけで、魔国の民はかなり以前から、人国に侵入し、情報を集めています。人国側は魔国の事を獣の国と侮って、攻める方法さえあれば勝てると思っている節がありますけど、逆に今の状況だと魔国がその気になって転移陣や魔宮の門を利用して兵士を送り込めば、短期制圧も不可能ではないんですよね」
だから、魔王陛下を始め国の上層部は『人国が魔国への侵略を開始しようとしている』
と聞いても、それほど脅威に感じてはいないのだ。
攻めてくることが解っていれば、魔国の本気で迎え撃てる。
だから、今は魔国が人国を墜とした後の為の戦略的状況を整えている段階なのだ。
「では……魔王陛下」
「何かな、王女?」
話の途中ではあるけれど、リュドミラ様が顔と手を上げたので、私は話を止めて魔王様に主導を返す。
「お話によると、魔国から人国への移住者は管理されているのですよね」
「基本的には、申請制なので何人、どこの誰が人国に行ったかは把握している。
ただ、人国で生まれた存在、死んだ存在に関しては、届け出があるまでは解らない。極端な話、向こうで密かに殺され転移陣を奪われている事例も無いと断言はできないと思っている」
万が一の時は、子どもだけでも魔国に戻すこと。可能な限り転移陣は壊して人国に奪われないようにすることは、人国に潜入する時に誓約させられているけれど。
「転移陣は二か所を繋がないと意味がないので、片割れが奪われてもそこまで支障は無いし、奪われた方を使って転移を試みれば到着するのは魔国の王城地下だ。
最高戦力が常に常駐しているので転移陣で運べる定員数名程度の人間で在れば、なんとでもしようがある。改良については先に入手した我々でも、まだ成功してない故、人国にも難しかろう」
リサに関しても、親と思しき存在の目星はついているのだそうだ。実家も解っている。
ただ、プライドの高い有翼種が生きる為とは言え翼を切られた、しかも両親を失った孫を受け入れるかどうか未知数なので、本人が望まないのなら、実家に帰れと強制はしないという話。
「では……、もしも、もしもなのですが……」
王女は震える声で問いかける。
あ、なんとなく解った。リュドミラ様の聞きたいことが。
「地上生まれの魔族が、人国で王の妾になるということはありうると思いますか?」




