魔国 翼を失った怪鳥
リサは、私が魔国に落っこちてきた時。
ううん。
物心、というか向こうの世界の意識が覚醒する前からの付き合いだから、特別に大事に思っている。癒し、心の支え。守りたい。護りたい。世界。平凡な日常の象徴。
でも、彼女に特別な力がある、と感じたことは無かった。
作中でも出てこなかった人物だし、私が助けなければ、多分、間違いなく最初の儀式の時暗黒の谷で殺されていた筈だから。
でも……
「リサ……これって……」
私達の前で、背中を晒すリサは、唇を噛みしめている。
今まで、そう言えばリサと一緒にお風呂に入ったり裸を見たことは無かった。
リサが自分の裸を他人に見せる事を極端に嫌っていたし。
色々と過敏でお風呂に入ったり、身体を触られるのを嫌がる子は多いからそういうものだと無理強いはしなかったけれど。
「これは……有翼種がもつ翼を切り落とした跡、ではありませんか?」
「有翼種? それはアレですよね。見せかけの翼はあるけれど、飛べないっていう……」
眉を厳しく寄せて傷口を見つめるロキシム様の発言に、私は思い出す。
魔国の多種多様な種族の中において、特殊な一族とされている有翼種のことを。
魔国には様々な獣の特徴を持つ種族があって、大抵はその獣の種族の強靭な力を人型に併せ持っている。例えば獅子や虎の種族の人達は戦闘力高め、キツネや猫の種族の人達は身軽さなどに優れているなど。
ただ、その中で有翼の種族だけは、背に翼を持つけれど完全な見せかけだけで、空を飛ぶことはできないのだそう。人間の背中に羽があったとしてもそれだけで空を飛ぼうとすると、肉体にかなりの筋肉がないと不可能、という研究が地球であったから、そう言う風になるのは仕方ないのかもしれないけれど。
ただ、鳥の翼、蝙蝠の翼。どちらも外見の威圧、もしくは魅了の効果は高めで、外見的に整った姿になることが多い。だから、高めのプライド故に里に籠るか、逆にその容姿を武器に芸人などを生業にするか、両極端になるとの話。
「じゃあ、リサは……」
「魔国人、もしくは魔国の血を継いでいるということだな。子を設ける為に隠れ住んだ有翼種の生き残り。追い詰められた親が子だけでも守る為に翼を切り落とした可能性が高いと見ている。細かい事情は解らんが、奴らは目立つからな……」
「リサが、魔国人?」
目が合った私から、ぷいと、顔を背け俯くリサの眼元には微かに雫が浮かんでいる。
自分を庇って死んだであろう両親を想ってなのか、私に自分の口以外から正体を知られた哀しさからのものなかは解らないけれど。
「それにね、セイラ。
儀式の時に、リサに地上の判別水晶は反応しなかったのでしょう? 魔国にはクラスを重視する習慣がないので、基本的には希望者以外にクラス判定を行うことはありませんが、リサを城に入れる前に儀式を行った結果、リサは歌姫、とちゃんと出たのですよ」
「王妃様……」
「おそらく魔国人、もしくはその血を継ぐ者は地上での判定では無能力とされるのだ。無論、真実の意味でクラスを持たない者も0ではないのだろうが……」
頭の奥に悪夢がフラッシュバックする。
不要の能力者と診断され、暗黒の谷に突き落とされたあの日の事。
共に落とされた子ども達の多くは助からず、ひしゃげた肉塊に変わった。
「じゃあ、無能力として堕とされた子ども達は……」
「きっと、その殆どが魔国人の血を引く子どもだった、ということだな。酷い事をする」
「申し訳……ありません。知りもせず……止めることもできなかった」
「王女のせいではない。それに、知っていたら貴女は間違いなく、止めて下さっていただろう」
罪悪感をいっぱいに浮かべ、頭を下げるリュドミラ王女をアドラール様が慰める。
ここ数年は暗黒の谷に監視をおいて可能な限り、子ども達の救出を試みているそうだが、人国側の儀式スケジュールが特殊で、なかなか読み切れず救出できた子の数はそれほど多くないと聞く。
アインツ商会が魔国人を招いてコロニーを作ってからは子どもが落とされることも少なくなったと聞くし。ああ、だからなのかもしれない。
『無能力者判定』が減って子どもが落とされなくなったのは。
「リサは、魔国人、もしくは魔国と人のかけ合わせが成功した稀有な例かもしれん。
歌唱力や楽器の才も通常以上であったので、お前達とは違う形で教育を与えてみようという話になり、城に入れたのだ。翼の無い怪鳥とはおそらくリサのことだろう」
「……リサ」
「セイラ……」
私は、まだ顔を背けたままのリサに近づいて行って、そっと肩を抱きしめる。
「ごめんね。一人で、辛い目にあわせちゃって。
私、前を見るばっかりで、心配してくれるリサの事を全然考えてなかった。
リサだって、大変だったのに気付いてあげられなかった。
本当に、ゴメン」
「ステラ~~~」
胸に抱えていた服がパ去り、と落ちてリサが、私の肩に手を回す。泣きじゃくる。
それを、精一杯の思いで受け止めた。
うんうん。
色々と、辛かったよね。一人で抱え込むには重い事情だ。
「リサは、これからどうしたい? 魔国でこのまま、王妃様付きの楽師やる? それとも私やウォルと一緒に魔宮探索に入る?」
リサのステータスを見てみる。冠名は『見習い歌姫』
体力的は少ないけれど、魔力はかなり高めだ。これはもしかしたら、向こう世界の吟遊詩人よろしく育てば魅了の唄とか魔術的曲が使える可能性があるってことではないだろうか?
怪鳥、俗にハーピーと呼ばれる種族は向こう世界の伝承でも、その美しい歌声で人々を惑わす存在として描かれることが多かった。
「私はステラと一緒にいたい! おいて行かれるのはもう嫌! 一緒に歩いて、死ぬなら一緒がいい!」
「いや、死なせたりしないよ。私が一緒にいる限り、絶対!」
リサの私を抱きしめる手に強い力と思いが籠る。よっぽど、寂しい思いをさせてしまったんだな、という反省と共に、込み上げてくるのはこの子を守りたいという、強い情愛。
親心とはちょっと違うけれど、責任感。
絶対に彼女を守って、幸せにしたい、そんな強い、意志の力だった。
「魔王様。リサも一緒に魔宮探索に参加してもいいですか? 足手まといにはならないように二人で頑張りますから!」
「アドラール、どうだ?」
「マッピングと周囲探索と、休憩所設営などを二人が担当してくれるのであれば、問題ありません。ウォルもいつまでも護衛枠ではいないでしょうから」
どうだ? と挑むように笑うアドラール様に、
「大丈夫です! 任せて下さい」
ウォルは強い、煌めく太陽のような眼差しで頷いた。
「俺が! 二人を絶対に守りますから!」
「ウォル……」
「ありがとう。頼りにしてる」
流石勇者の素質を持つ者。私達の護り優先でウォルがついてくれれば、前線に立つ大人の方達に負担をかけることは少なくてすむと思う。
「私にも異論はありません。特にセイラの判断力には助けられる点も多いですからね。
あと、野営食が美味なのはやる気が高まりますから」
ロキシム様はそう言って笑いながらリサの背にマントをかけてくれた。
向こうの世界知識でコッフェルとか作って貰って、ダンジョンでも簡単な調理ができるようになっている。弱いモブでも、できることはちゃんとあるのだ。
「リュドミラ様。もしかしたら、リサは魔法とか使えるかもしれないんです。適正とかはあるかもしれないですけれど、見て使えそうなら教えて頂くとかは、できませんか?」
「ええ。いいわ。私にできる範囲であれば、教えましょう」
「リサもいい?」
「ステラと一緒にいられる為だったら、なんでもするから!」
「ありがとう。よろしくお願いします」
魔宮探索の戦闘を担当する方が受け入れて下さるのであれば、同行は可能だろう。
「少し寂しくなりますが、仕方ありませんね。戻ってきたら、必ず私の所に来るのですよ」
「ありがとうございます。王妃様」
勿論、いつまでも、足手まといでいるつもりはない。
戦闘にも寄与できるように頑張ろう。
もしかしたら、戦闘に加わることでレベルアップとかするかもしれないし。
作者ではない、見えない上位者の意思を感じながらも、私はそう心に決めたのだった。




