魔国 消えた記憶と与えられた役割
ここは、ヴィッヘントルク。
創世神 リーヴルヴェルクによって作られたという閉鎖世界。
魔国は地底にあり、人国には空と太陽があるけれど、地球のような月や星は無く、夜になると灯りを消したように真っ暗だ。
同じような植物や、動物が生息していて、似たような人類種はいるけれど、全く同じでは無いし、私が住んでいた所とは違う地形と常識をもつという意味で、ここは『異』世界と言ってもいいと思う。
そして、私にはこの世界ではない場所で生きた記憶がある。
銀河系第三惑星 地球。
独自の文明を発達させた星で、私はごく普通の冴えない一般人として、だけど生きて来た。そして、事故で死んで、この世界に多分、転生してきたのだ。
よくある小説やゲームのように、転生することを教えてくれるナビゲーターはいなかったけれど、記憶は残っていた。
そして、この世界が、私が書いた小説の世界だと気付いたのだ。
地上世界と地下世界に分かれた二つの国、人種どころか種族もまるで違い、魔国には異形種がたくさんいて互いに相争っている。
『創世神』は魔国と人国に、魔宮という試練を与え、そこを踏破することを命令として課したけれど、生きるのに精いっぱいの彼らは、どちらも魔宮探索をそこまで進めていない。魔国は多少やっているけれど、人国は絶賛放置中だ。
けれど魔宮は探索しないと世界に向けて瘴気を吐き出し、悪影響を齎す。
だから、容だけでも探索している風を装い、瘴気を抑える為に人身御供として王女を差し出し、迷宮に括ったのだ。けれど、その王女はこともあろうか魔宮の女王、魔女王となり世界にさらなる瘴気と脅威を撒き散らす存在となった。
人国の勇者は仲間や、敵国である魔国の王子と共に姉である王女を救う為に魔宮探索にのりだし、最後に魔宮と、この世界の謎に挑んでいく。
というのが『小説の』ストーリー。
基本的に異世界転生小説ではなく、異世界もののハイファンタジー。
最初こそ、少し悪役令嬢追放などの流行り要素も入れていたけれど、そんなにチート要素とかざまぁもなったこともあって、人気もなく、反応も無く。そしていつかやる気も無くなって。
完結することなく投げ出してしまった小説の世界にクラス『サクシャ』として転生してみれば、私の知らない設定てんこもりに魔改造されていた。
小説に出した登場人物はもれなく登場している一方で、出していなかった人間や舞台背景もたくさんあって。思う以上に人が生きるには苛酷な世界。
クラスこそ『サクシャ』だけれど、登場人物としての私は、どうしようもなく無力なモブ。子どもAでしかなくて。役立たずとして人国から捨てられた。
このままでは、世界が滅ぶし、多くの人が犠牲になる。
元々完全なハッピーエンドして設定した世界では無かったから最後はメリーバッドエンド系になる予定だったから。
だから、この世界の物語を書き換えよう。
そして、皆が幸せに生きられる世界にしようと、決意して。
今まで全力を尽くしてきたつもりだった。
そう、確かに最初はこの世界のラスボスとなる設定を、私は覚えていた筈。
途中でエタった小説だから文字に綴った訳ではないけれど、記憶にあった。
間違いなく。
なのに……
「え? いつから? なんで思い出せなくなってるの?」
今、思い出そうとしたら何故か、設定が全て頭から消えている。
どうしてこの世界に魔宮が作られたのか。
どうして人国と魔国に人種が別れているのか。
どうして、そもそもこの世界が生まれたのか。
ちゃんと設定していた。
理由もあった。
ただの御都合主義では無い作品だった。なのに……。
それらが全て、頭の中から消えている。
残っているのはただ、最上階で待つ『創世神』は『世界』を滅ぼすだけの力を持っているということ。そしてそれを実行できるということ。
魔宮探索を民に求めるのにも理由があって……最終的には……。
「だ、ダメだ。これも消えてる? そりゃあ、頭の中で思い描いていただけのことだから、忘れちゃうこともあるかもだけど、それにしたって……」
向こうでの知識や記憶そのものは消えていない。料理の手順や、色々、文明レベル低めの異世界で、役に立ちそうな豆知識は頭の中にちゃんと残っている。
でも、肝心の魔宮の先で何が起きるかが、キレイに思い出せないのだ。
「私が書き換えを始めて、話の内容が変わったから? それとも?」
考えなければならないことは他にも色々ある。
「セイラ! ぼうっとしてるなよ! 魔王様の御前、しかも会議中だぞ」
「あ、ごめん。ありがとう。ウォル」
私は顔を上げ、できるかぎり真っすぐに背筋を伸ばした。
今、行われているのはウォルが言った通り、ディオ君に降りた『予言』に関する対策会議だ。上座に魔王様、王妃様。
予言を聞いた私達三人。リサとウォルと私。
そしてリュドミラ王女、そしてアドラール様とロキシム様が呼ばれている。
最低限の護衛以外はいない。極秘会議だ。
「お前達を呼んだのは外でもない。
『神』の予言が降りた。『神』は一刻も早く魔宮を踏破せよと仰せなのだ」
ヴィッヘントルクを本当の意味で作ったのは多分私だけれど、外にも『創世神』が存在している。この世界に魔法の力を齎したのも、人に『クラス』を与えるのも全て創世神だと言われていて、他の、例えばギリシャ神話のような従属神は存在しない。
唯一、絶対神として崇められているのだ。
『神』だから、普通人の営みに口出しや介入はしてこない、と思っていたのだけれど。
「魔国は『創世神』の言葉を、直接授かっておられるのですか?」
「魔国でも無論、滅多にあることではないが、人国では皆無なのか?」
「少なくとも、私の知る範囲では聞いたことがございません。
かつて、王家の者は『創世神』の代弁者であり、その意思を受けることができたと言われていますが……」
「魔国では『神の真名子』と呼ばれる黒髪、黒い瞳の者が稀に憑子となって声を聞く事がある。今の代の『神の真名子』は子どもだが、純粋さ故、幾度か、『神の声』を伝えている」
「そのお告げの内容って何なんです?」
「それは、お前達が知る必要の無い事だ」
『創世神』は人国と魔国の住人達に何かを望んでいる様子。
きっと何か目的があって、人を、この世界を作ったのだろう。
何を望んでいるか? 具体的に言うなら『魔宮攻略』
早く迷宮を踏破して自分達の所に来い、と言っているのだ。
「ことが魔国だけの話であるのなら、全力をもって魔宮を踏破すればいいだけだが、人国という対抗勢力がある現状では、専心もできぬ。魔国の軍は少数精鋭。
魔宮探索に主力を取られている状況では戦力が大きく低下する。
それに『創世神』のお言葉からするに、魔国の人材だけでは踏破は難しいのかもしれない」
「『地上に落ちた星。光と闇を抱く魔女、人と魔の勇者達。癒しの聖女。翼を持たぬ怪鳥。獣の騎士と魔眼の長』
そう『創世神』は仰せられました」
魔王様に寄り添う王妃様が歌うように暗唱する。
確かに、そう言っていた。
「おそらく、光と闇を抱く魔女、というのはリュドミラ王女で、獣の騎士と魔眼の長はアドラールとロキシムの事ではないかと思うのです」
「人と魔の勇者達、というのは人国のシャルル王子様とその仲間である勇者様たちのことかもしれません。彼らはクラス『勇者』を習得しているのだそうです」
「相違ないか? 王女」
私の情報をリュドミラ王女が頷きで肯定してくれる。
「はい。現在、人国にはクラスとして選ばれた三人の『勇者』がおります。
そのうちの一人がシャルル、私の弟です」
「勇者達っていうのは複数形だから、きっとそうなんですね。確か、聖女のクラスを持つ方も何人かいらっしゃいましたよね?」
「王家の第一王女様を始めとして、聖女のクラスを持つ者は数名。準王家のような形で尊重されているようです」
「なるほど。ということは、人国の協力さえ得られれば『創世神』が迷宮踏破の鍵と告げた者が全て揃うな」
納得したように魔王陛下はおっしゃるけど……そうなの?
「どこにいるんです? 地上の堕ちた星だの、翼を持たない怪鳥だの」
「いるだろう? そこに、三人揃って」
「へ?」
そこ、と魔王陛下があごをしゃくり、視線を向けた先にいるのは・・・・?
三人揃って?
もしか……して?
「そうだ。
セイラ、ウォル……リサ、お前も、だからな」




