魔国 『神の子』の予言と消えた結末
「おい! しっかりしろ! ディオ?」
「どうしたの? ウォル?」
「解らない。ほんの今まで普通に遊んでいたと思ったら、いきなり……」
「何? 私の唄に聞きほれて寝ちゃった、じゃないよね?」
気が付けば、ウォルがディオルグ君の身体を揺さぶっている。
腕の中のディオ君は、確かにコテン、と目を閉じて眠っているかのようだ。
さっきまで、リサの引くリュートをニコニコ笑顔で聞いていたのに。
楽器の手を止めて、ディオ君を覗き込むリサも心配そうだ。
「あ、あんまり揺さぶっちゃダメだよ。どこか具合が悪いのかもしれないし、安静にしないと」
心配なのは解るけど、万が一体の中のどこかに不調があったとしたら、取り返しのつかないことになることもある。
見た所、顔が赤いとか、苦し気とかはなさそう。
ただ、寝ているだけにも見えるけれど……。
「三人とも、ディオから離れなさい」
「「「え?」」」
「そのまま、床に横たえて、私の方に来るのです」
私が、ウォルからディオ君を預かって熱や脈を計ろうとした、正にその時、王妃様の声が聞こえた。背後からの静かな、でも力ある『命令』に私達は逆らうことができない。
言われるままに絨毯の上にディオ君を寝かせ、後ずさるように王妃様の側に寄った。
「王妃様。ディオは一体?」
「啓示、です。『神の真名子』に稀に届くという導きの『言葉』」
「啓示?」
また私の知らない言葉、知らない事態?
「直ぐに王に連絡を。叶うなら直ぐに来て頂きなさい」
「はい!」
侍女さんが駆けだすように外に出て行ったのを見送る王妃様の腕の中で、私はゆっくりと視線を切り替えて、ディオ君を『見る』
ステータス確認、だ。
さっきまでのディオ君が、どんな冠名称をもっていたかは解らないけれど。今の名称は……え?
「『■■■の依り代?』」
そう。横たわるディオ君には、なんだか不可思議な、でも見覚えのあるアイコンが追加されている。
普通の人間を見た時には見えないもの。
王妃様にもウォルにもリサにも付いてはいないアレに、でも、私は見覚えがあった。
魔宮で、最初にリュドミラ様を助けようとした時、付いていたものとほぼ同じ。
何か状況変化を示すもの。それも何か、良くない印ではなかろうか?
■■■には何か言葉が言葉が入るのだろうけれど、ノイズをかけたようにチラチラして見えない。ただ、何かに今、ディオ君は意識を身体を奪われているのが解った。
そうしている間にも、横たえていたディオ君の身体は、まるで糸に繰られたマリオネットのように緩やかに立ち上がり、空中に浮かぶ。重力を無視して。
三眼族には、翼も無いし空中浮遊の能力もない筈。
これはもやっぱり、魔宮でのリュドミラ様と同じ何かが憑りついているのかもしれない。
「王妃様! ディオは?」
「心配ありません。事が終われば意識を取り戻す筈です」
「ってことは、今までも何度か同じような事が?」
「ええ。あの子は今まで現れた『神の真名子』の中でも特に優れた力と才を持っているようで、今までに二度、大いなる意志をその身に降ろし、魔国に予言を伝えているの」
「予言?」
「ええ。その導きに従う事で、ここ数年、魔国は良い方向に動いてきたのです」
『告げる……』
よく響く、澄んだ鈴の音を鳴らすような声が耳に、いや頭に届いてくる。
声はディオ君の声帯を使っているからちょっと高い、子どもの男の子の声だけど。
そこに込められた意思や思いは、違う。
無邪気な子ども、ディオ君のモノではないとはっきり解る。
『今から、百の昼と夜の後、人国が五つ目の扉で魔国に攻め入ってくるであろう』
「人国が?」
『民同士で争うことを、『神』は望まぬ。戦を回避し、力を合わせ、一刻も早く迷宮を攻略せよ』
『予言』を語るディオ君をもう一度見る。
元々、大して細かいことが見える訳ではないと解っていたけれど、やっぱり名前の所は良く見えない。
他の事も、何かに憑りつかれているっぽい、ということ以外は解らない。
『地上に落ちた星。光と闇を抱く魔女、人と魔の勇者達。癒しの聖女。翼を持たぬ怪鳥。獣の騎士と魔眼の長。
攻略の為の力と鍵は既に汝らの元にある。
育て、来たり、そして辿り着け。
さもなくば、漂白と書き直しの時はやってくる』
「え?」
発せられた言葉に驚愕した私が、疑問や質問を発する間もなく来た時と唐突に、それは終わりを告げて……
「ディオ!」
ふっと、力を失った小さな身体は、地上に落下した。
幸い、空中浮遊と言ってもそんなに高いものではなかったし、ウォルが支えてくれたのでケガとかは無さそう。絨毯は分厚いし。
でも……。
「やはり、人国は戦をしかけてくるのだな」
「あなた……」
「そっちはあまり心配するな。対処も進んでいる」
気が付けば後ろに魔王陛下。
いつ、どの辺から情況を見ていらしたのだろう。
王妃様に微笑んだ後、魔王様は私達に声と、命令を向ける。
「お前達。今の事を軽々に他言は許さぬ。
国家の機密であり世界の命運を左右するコトであることは解るな」
「は、はい……」
私達は膝を付き、頭を垂れる。
私達、っていうのはこの場合、私と、リサとウォルね。
ウォルだけはディオ君を抱いているから、軽く頭を下げただけだけど。
「ウォル。ディオを寝室に運べ。
その後、直ぐに戻るのだ」
「……畏まりました」
勝手知ったる王宮、大事そうに弟を抱え直して消えたウォルをどこか呆然と見送る私達に魔王様が大きな息を吐く。
「とうとう、痺れを切らしたか……」
「痺れを、切らしたというのは、どういうことでしょうか?
魔王陛下は、さっきの不審な影が何か、ご存じで?」
少なくとも、さっきの王妃様の話からして、ディオ君の憑依は初めてではなさそう。
では、魔王様は何かを知っている、もしかしたら気付いているのだろうか?
「詳しい話は後だ。
皆が揃ってから行う。行くぞ」
「皆?」
「王女達にも伝令を送った。
これからは、悠長にはしておれん。急げと『神』自らの御命令なのだから」
まだ、事態急変の余韻が抜けきらない私達と違い、魔王様の目はもう既にその先を見つめているようでもある。
「『神』? 今の『神』なんですか?」
「お前の方が、知っているのではないか?
サクシャ。『創世神』の知識を受け継ぐ娘よ」
「私?」
魔王様の視線が、疑問を向けた私を貫く。
言われて、考えた。
この世界の『創世神』
最上階で待つ筈の『ラスボス』の正体について。
「え? あ、嘘?」
その時、私は気付く。
いつから?
「なんで? 解らない!」
おかしい。思い出せない。
私はサクシャ。この世界を描き、紡いだ物語の作者の筈なのに。
頭と記憶の中から、一番大事な事。
この世界と『創世神』の真実、物語の結末と設定が消えていることに、
今、気付いたのだった。




