魔国 閑話 とある虎将軍の思い
最初は、彼女の強さに惹かれたのだと思っていた。
闇を紡いだような長い髪、黒水晶をはめ込んだかのような透明な瞳。
人国に生まれた『神の真名子』は。
生気を感じられない人形のような眼差しで、虚空に立っていた。
獣人族に生まれた自分は、人国の民と同じ審美眼は持っていないと思う。
美女と呼ぶのなら、同じ獣人族の方が解りやすく理解できる。
けれど……。
人国の第三王女。リュドミラ。
昏き魔女と呼ばれる彼女と出会ったその瞬間から、俺は一瞬たりとも目が離せなくなっていたのだった。
僅かにでも目を反らしたら、闇に消えてしまいそうなほどか細い身体。
けれど矢継ぎ早に放たれる魔法はどれも重く、鋭く、そして的確であった。
これほどまでの使い手は今まで、魔王陛下以外、出会った事がない。そう思えるほどに彼女は強い。保護を命じられていたが、一対一であったら、とても勝負にならなかっただろう。
その圧倒的な力に、俺は惹かれた。
と。その時は思っていた。
獣の本能としてだったかもしれないが、魔王様に感じたのとよく似た敬意を感じたから。
長い、死闘の末、彼女をなんとか組み伏せ、意識を刈り取れたのは仲間と運に恵まれたからであったけれど。
魔国に連れ戻る為に抱えあげた身体はあまりにもか細く、軽く真綿のようで。
(「この方の、どこにあれほどの力があったんだ?」)
(「護らなければ、いや、違う。護って、差し上げたい」)
そんな思いが芽生えるのは必然だった。
強く抱えれば潰してしまいそうな細身。
腰も腕も、冬枯れの樫の木よりも細く、弱弱しく。
本当に、どこに、あれほどの強さが秘められていたのだろう、と思いながらも……同時に、彼女から瘴正気と生気を奪ったであろう人国に、激しい怒りを覚えていた。
この儚くも強い女性は、無実の罪で国から追放され辱められたという。
服に、体に残る無残な痕跡は、包んだマントでも隠しきることはできない。
生物としての誇りと尊厳を奪われてなお、強く、美しかった人国の王女。
彼女が、生きる力と意思を取り戻したら、どれほど美しいだろうという思いが頭から、離れなくなったのだ。
魔宮探索を終え、彼女を手放した瞬間から、日を超えるごとに思いが募っていった。
救出前の悪夢から、男、特に兵士に対するトラウマが芽生えたようだから、近づかないでくれ、と世話役のセイラから言われた時には、絶望し、その足で人国を滅ぼしてやろうかと思ったほどに。
でも、その時はまだ、俺は知らなかったのだ。
彼女の、本当の美しさと、強さを。
街の散策に出た王女とセイラが、ごろつきどもに絡まれているとの報告を聞き、俺は何を考えるよりも早く、街に飛び出していた。
「無事か! 王女!!!」
そこで、見たモノは……息を呑む程に美しい、王女の姿だった。
意思を取り戻した瞳、血の気の戻った四肢、汚れも穢れもないドレス。
ではない。
俺が美しい、そう感じたのは彼女の行動で、あったのだ。
地面に投げ出された麻袋。
それを持ち去ろうとしている男の前に、彼女はその身を投げ出し大きく手を広げ、触れるのを阻もうとしていた。
「ダメ……。止めて! セイラを離しなさい!」
炎が、男達の服に灯り、身体を焼く。
魔封じがかかっている筈なので、大した術は使えず、使えば首が、命が締められるというのに、彼女は怯まずに、男達を睨みつけている。
「ぐっ……! くそ! この女、魔法使いか!」
「よくもやりやがったな!」
いや、怯まずに、ではない。手足は、がくがくと音が出そうなまでに震え、顔からは血の気が消えている。
魔封じの首輪がかけられているせいで、負荷もかかっているのだろうが、彼女を一番苛んでいるのはおそらく、人国でのトラウマ。
兵士や悪漢を見ると蘇るという、悪夢の記憶だろう。
けれど。
あの麻袋の中にいるのは、おそらくセイラだ。
状況と様子からして、襲撃から王女を守ろうとして囚われたのだろう。
そして王女は、セイラを守り、助ける為に身体を支配する恐怖に立ち向かい、一時、完全にではないかもしれないけれど、従えたのだ。
「美しい……」
口唇から吐息のように、そんな思いが零れた。
人と獣人の審美の差など、頭から完全に消えていた。
ただ、俺は目の前の魂を、美しいと感じている。
動く理由は、それで十分だった。
「! 貴様ら、魔王陛下の威光輝く王都で一体何をしている!!」
身体が、勝手に動いていた。
王女に襲い掛かろうとする男と彼女の間に入り込んで、正拳を叩き込んで男をそのまま吹っ飛ばす。
また、悲鳴を上げられて、怯えられるかもしれないが、構わない。
「あ……あなた、は?」
震える声には怯えが宿っている。
けれど、今、乙女の瞳には俺が、俺だけが映っている。
「王国騎士 アドラール!
王都治安維持を預かる騎士将軍の命に賭けて、貴様らを成敗する!」
胸が高揚する。
まるで、騎士物語の主人公になったような気分だ。
「もう、ご安心を。
直ぐに片付けます。
それまで、セイラを……よろしくお願いします」
俺の獣の顔が、彼女に伝わる笑みを形作れていればいいのだが。
背に庇った乙女に向けて微笑み、俺は腰に帯びていた剣を抜き放ち、純然たる悪役共に向かって全力で踏み込んでいった。
彼女を守り、救う騎士。
いや、正義の味方として。




