魔国 地獄と悪夢と書き直し 後編
『ヴィッヘントルクの昏き迷宮』
私が仕事の合間に書いて、小説投稿サイトに載せていたそれが、物語のタイトルだった。
人国の王子とその仲間達がダンジョン探索を行い、世界の秘密を解き明かしていくこの作品は、自分で言うのもなんだけれど、苛烈な世界設定と、ドロドロの人間関係を主軸としたノットハッピーエンドストーリー。
少し流行り要素を取り入れた方がいいかと、悪役令嬢が追放の果て準ラスボスになったり、転生した少女が聖女として主人公に寄り添ったりと試行錯誤してしてみたけれど、あくまでメインは国を助けたいと願う純真な人国の王子と、魔国の王子の戦いとそこから芽生えた友情。
そして世界の秘密に触れた主人公達は強大な力の前に、協力し合い、抵抗しながらも最後には落命する。
最後に主人公達が最後に勝ち取った希望と共に残された人類が新しい道に進んでいく予定だった。
でも、内容のせいか、私の文章力が足りないせいか。
多分、その両方で。
ブックマークも評価も付かず、PVは良くて二桁、下手したら一桁。
モチベーションの低下から途中で更新も続かなくなり、仕事の忙しさを理由に完結もさせられず、半ばエタってしまっていた作品だ。
孤児院では、国の名前はおろか、自分の住んでいた町の名も知る機会はなった。王子の名前なんてトラブルがなかったらきっと一生知る機会も無かったかもしれない。
だから、今の今まで気付かなかったのだけれど……。
「ごめんなさい。……ごめんなさい」
涙がシャボン玉の中に溜まって足元を濡らす。
こんな筈じゃなかった。
こんなつもりじゃなかった。
生の欠片も無い、見渡す限りの屍山血河。
ほんの少し前まで知っていた者達が、今は物言わぬ躯となって転がる地獄。
こんな風景が見たいわけでは無かった。
絶対に。
私は、ただ。
自分が読みたかった物語を描きたかっただけ。
種族の違う者達が力を合わせて戦う姿。絶望の果てに希望を失わず最後まで諦めず向かい合う勇気と人の善性。
そんなものは本当に強大な力の前には無力かもしれないけれど。
けれどきっと残る何かがあるのだと。
誰かに、いや自分に伝えたかったのだ。
なのに。
「私の……私のせいで……」
私が、こんな物語を書かなければ、少なくともこの子達は死ななかった。
物語の中の死者にいちいち責任を感じていたら、小説など書けないと向こうの世界なら思っただろうけれど。
今、こうして目の前で無力な、名も無いモブになって物語の背景として造られた悲劇を体験したら、自分は間違っていない、必要なことだった、などと口が避けても言えない。
本当は涙を流す権利さえない。
異世界、ヴィッヘントルクを作り上げた西尾星羅の、これは転生しても残る魂に縛られた原罪だ。
ふと目の前の男性の視線に気づいた。
なんだか、興味深そうな顔で私を見つめている。
「なん……ですか?」
「お前、面白い魂の色をしているな」
「魂の、色?」
「ああ。魔国の者達とも人間どもとも違う、不思議な色合いだ。瞳の輝きも良い。
面白い」
「わああっ!」
パチンと、突然シャボン玉が割れて私の足が地面に着いた。抱きしめていたリサの重みも手にかかって来るけれど、とりあえず落とさずに済んだ感じ。
「問おう。小娘。
生きたいか? それともここでゴミとしてのたれ死ぬか?」
「え?」
私達を見下ろして、彼はそう、問いかけてくる。
「生きたいのなら、我が国の民として住まうを許す。
静かに生きるもよし、魔国の一員として名を上げ、貴様を棄てた奴らに目に物見せてやるも良し。好きにするがいい。
死にたくば、ここで腕の中の娘ともども介錯してやる。好きに選べ」
呼吸も出来なくなりそうな、圧倒的な威圧感が私の上にのしかかってくる。
私の中では魔国王 グリトリルはほぼ名前だけしかない主人公その2の義父でしかない。
でも
「行きます! 私を魔国の民にして下さい!」
迷う間もなく、私の口は、心はそう答えていた。
ここにいても野垂れ死ぬだけ。人間国には帰れない。
ならば、私を拾ってくれるというこの人の元、魔国で生きてやる。
そして……できるなら。
この世界に待つ最悪の結末を書き換える。
少なくとも、こんな、無力な子どもが一方的に殺されるような世界をこのままにしておきたくない。
私はサクシャ。
作者なのだから。
「……良い目だ。期待しているぞ」
「あっ!」
もう一度、私の身体は宙に浮かび、男の人の腕の中に高くかかえられた。
思った以上に大きく、強く、優しい方だ。
私が魔国はまだ、詳しく『敵』として設定していなかったからかもしれないけれど。
リサは? と思ったけれど意識を失った彼女は魔王様のお付きだろうか?
整った顔立ちの男性が優しい眼差しで、我が子のように抱き上げてくれている。
「今日という日とこの光景を、覚えておくがいい。
お前にとっては悪夢でしかないだろうが、いつかこの地獄から這い上がったことが、お前の誇りと力になることもあるかもしれん」
「……はい」
私は、魔王様の腕の中、目の前の光景を胸に焼き付けた。
饐えた血の匂い。
夜目にも残るこの紅い光景を。
リサが気を失っていて良かった。
背負うのは私だけでいい。
どこから連れてこられたかも解らない、名前も知らないこの子達の恨みを無念を、責任と共に心に刻む。
「……もう、大丈夫です。
お願いします。連れてって下さい。魔国に」
「良かろう。お前の名は?」「ステラ……いいえ。セイラです」
無力で、小さすぎるモブ転生作者の、やり直し、いや書き直し人生はここから始まったのだから。




