魔国 サクシャの作戦
魔王様に、恐怖の脅しをかけられてから一晩。
私は寝ないで方法を考えた。
何をって勿論、リュドミラ王女とアドラール様のラブラブ大作戦、である。
元々、王族、貴族に自由恋愛なんてものが早々許されないのは中世異世界の定番。
魔国では女性が貴重であることから、上層部では特に生まれた時から誰に嫁ぐとか決められていることが多いと聞く。売春宿も少な目(皆無ではない)。
女性が大事にされているので女性側の意見も少なからず考慮される。貴族でもある程度の階層になると恋愛結婚は少なくないそうだ。
異種族婚にもかなり理解がある。種族ごとに純血に拘る人は勿論一定数いるけれど先細る一方だし、血を混ぜることで新しい力を持つ存在が生まれることは戦闘種族である魔国では歓迎されている。
ただ、最優先が子孫を残す事なので、結婚した後、子どもが生まれるまで女性はかなり厳しい環境に置かれる。国全体がそうだ、と解っていても針の筵だそうだ。
だから命がけで人国に行き、子どもができることに賭ける人が多い。今はアインツ商会が各地に散っていた魔族を私有地にかくまい、砂糖栽培などに雇っているので前よりは安心して暮らせているけれど、それまでは慣れない環境で隠れ住むことや、人に見つかって追われるなどで命を落とす人も少なくなかったって。
「その辺を考えれば、アドラール様とリュドミラ様はまだ状況はいい方、なんだよね」
あくまで私の主観だけれど。
アドラール様は独立した騎士貴族で、実家や舅、姑はあまり気にしなくていい。
しかも魔宮探索のエキスパートで、魔王様からの信頼も厚い。
高給取りだから、生活は安定していて望めばお姫様暮らし、は無理でも不自由のない生活ができる。そして、リュドミラ王女にベタぼれだ。
「一目ぼれ、だ。
笑ってくれて構わない。私自身、女性にこんな感情を抱いたのは始めて、だからな」
アドラール様曰く、魔宮でリュドミラ様を一目見た時から、心惹かれていたのだそうだ。
女性に触れたのも、初めてで。
「守って差し上げたい。いや、彼女が魔国に生きるなら、傍らで助け、叶うなら支え合って歩んでいきたいと、思ったのだ」
本気だ、と解った。
同情とか、一時の気の迷いではなく、本気でアドラール様はリュドミラ様に恋している。
だから、私としては魔王様に圧力をかけられなくても、恋の仲立ち、キューピットをしたい気持ちは十分にある。
ただ、もう少し時間をかけた方がいいと思っただけなのだ。
トラウマとか、心理的な傷は下手に抉るとかえって回復が遅くなる。
ゆっくりと、少しずつ自然な形で治癒を待ち、関係を作っていった方が結果として良い関係を築けると思う。
「でも、急げって言われちゃったしなあ~」
リュドミラ様が、魔国に来て、もうすぐ一週間になる。
追放劇からも10日余り。
リュドミラ様を救出したことで、人国の迷宮は無人状態になっているとしたら、そろそろ瘴気を吐き出し、魔物が溢れ出す頃だ。
そうなると王女がいない事に気が付いた人国側が、魔宮の調査に乗り出してくるかもしれないし、本格的に探索を勧めて、人国側にあるという転移術式や、魔国との通路に気が付くかもしれない。
今の所、転移陣を使わない魔国と人国の通路は限られている。
一方通行の魔の谷以外は、厳重な警戒と監視下にあるから、そう簡単に攻め込めはしないだろうけれど……。
「あれ? それじゃあ、人国はどうやって魔国に進行して来るつもりなのかな?」
ふと、疑問に思ったけれど、それは私が考えるべき事では無いだろうと首を振る。
今、考えるべきはリュドミラ様とアドラール様のこと。
ハッキリと脅しをかけられた以上なんとかしないと、私の首が飛ぶ。物理的に。
「あれは怖かった……。めっちゃ怖かった」
魔王様については、私が書いた小説中では具体的には出てこなかった。そこまでいかなかった、というのが正直なところだけど。王妃様とかに比べれば、名前とか能力は設定していたけれど。
農産物に恵まれず、子どもも生まれにくい魔国。
このままでは未来がない、と人間国に侵略の手を伸ばそうとしている魔国の事情、魔王様の思いも解るからその行為を否定はしない。魔王様であれば、人国を手に入れても人間皆殺し、とかはしないとも信じられるし。
だから、今は魔王様の命令をモブ女官として順守。
なんとかお二人の仲を取り持つ事が最優先だ。
いきなり恋人同士は無理でもせめて一緒にいることくらいはできるように。
お互いの良い所に気付くことができるように。
手助けしていきたいと。
考えながら、目を閉じたのだった。
「すみません! 遅くなりました」
「おはよう! セイラ。気にしないで。
ほら。
今日は、私が食事を作ってみたのよ!」
「え?」
うきうきと、楽しそうに告げるリュドミラ様を見てみれば、手にちょっと崩れているけれど二つ目玉のタマゴ焼きのお皿。随分と楽しそうな様子だ。
「私が朝の買い物に行っている間に竈、お使いになったんですか?
っていうか料理されたこと御有りだったんですか?」
「いいえ、ないわ。でも、ここ暫くセイラの作業を見ていたから、見よう見まねでね。
火は魔術で付けたけど。……どうかしら?」
「お上手だと思います。綺麗に半熟にできてますね」
「他の料理は手順が解らないから、できなかったけれど」
「いえ、上出来です。すみません。あとはサラダとミルク、ご用意しますね。
焼き立てのパン、買ってきました。砂糖バターを塗って食べると最高ですよ」
「魔国はステキね。一般人でも砂糖やジャムが使えるなんて。……もしかしてアインツ商会の砂糖は魔国産だったのかしら?」
「まあ、その辺は後で説明します。
とりあえず食事をどうぞ。
今日は、王都内を巡ってみたいとおっしゃっていたでしょう?」
「ええ! 魔国の街並みを見てみたいわ。私、人国でも買い物とか城下を歩くとか、したことがなかったから」
「そう思ったので、準備や手配もしてきましたから。早く食事を済ませてしまいましょう」
「ありがとう。楽しみだわ」
すっかりと魔国の生活と食事に馴染んだリュドミラ様は、美味しそうに口を開いて焼き立てのパンを頬張る。魔国では小麦、大麦が貴重なのでパンは大抵ふすまやジャガイモ粉で嵩増した雑穀パンだけれど、これはこれで、結構悪くない味わいなのだ。
パン焼き窯は普通の家にはないので、毎日買う。ちょっと時間をおくと直ぐに固くなってしまうから。まあ、そうなったらパンプティングやフレンチトースト風や、別の使い方をするんだけど。食材は無駄にしない。もったいないの精神大事。
リュドミラ様は貴族待遇なので、一般庶民の食事より、少しいいものを用意している。餌付けは大事だからと、特別に予算も出ているしね。
「このサラダも美味しいわね。シャキシャキとした芋? に淡い色合いのソース。コクがあってステキだわ」
「それは卵とお酢を混ぜて作ったソースなんです。最近流行してきてるんですよ」
「これは人国でも流行りそうね。……あら、どうしたの? セイラ」
「いえ、何でもないです。」
楽しい食事に夢中になっていた王女は多分、気付いてないかな?
気付いていないといいなあ。
今、扉の外に人の気配を感じた。
私の思う通りなら、あの方が今日も来ていた筈だから、今気付かれると困る。色々と。
「食事の後片付けは私がしますので、どうぞお召替えを。
魔国の庶民街をご案内しますから」
「ありがとう」
身支度を整えた後、私とリュドミラ王女は家の扉を開ける。
「あら?」
内開きで開いた扉の前に、思った通り、それはあった。
薔薇の花、一輪。
「今日も下さったのですね。どなたからの贈り物でしょうか?」
今日も、とリュドミラ様がおっしゃったように、ここ暫く毎日扉の前には花が置かれている。昨日はスズラン、その前はジャスミンというように。
魔国ではそこそこ貴重な美しい花が、一輪ずつ。
神殿の女神に贈る捧げ物のように。
「とても美しいわ。それに……いい香り。一輪なのにこんなに香るなんて」
「魔国は植物の成長に適していなかったり、発育を助ける虫とかが少ないせいか。
香りや色が強く、濃くなる傾向が強いのだそうです」
「人国でもそんなに花に触れる機会は多くなかったから、嬉しいわね。
セイラ。出発前だけれど、水に生けておいてくれる? 弱らせてしまうのはかわいそうだわ」
「はい。後は乾燥させてポプリやドライフラワーにしましょうか?」
リュドミラ様から花を受け取り、私は室内に戻る前、一度だけ振り返った。
花が今日も贈られたということは、送り主が側にいるということ。
それは、『作戦』を、今日実行に移してもいいということしだろう。
徹夜で考えて無理やり準備した吶喊作戦もいいところだけれど、こういうのはスピード勝負。相手に考える時間を与えたら負け。
一気にいく。
私と、何よりお二人の為に。
「お待たせしました。行きましょうか。リュドミラ様」
「ええ。案内よろしくね。セイラ」
ラブラブ大作戦、スタートだ。




