魔国 突きつけられた現実
「それで? まだ王女の反応は変わらないのか?」
リュドミラ様が魔国に住まうようになってから、私には一日一度のリュドミラ様の状況報告が義務づけられていた。
大抵、魔王様が御自ら、面会に応じて下さるのは、リュドミラ様の重要度の高さを物語っている。
「まだ、って魔王様、アドラール様がリュドミラ王女の所に日参しているのご存じだったのですか?」
通常は今日、こんなことをしました。程度の報告で終わるのだけれど、今日は魔王様から質問を向けられた。あえて話していなかったことなのに、ちょっとビックリ。
「リュドミラ王女と親交を深めたい。邪な思いはなく、ただ彼女を支え、助けたいというので許可を出してやったのは、彼女が目覚める前のことだ。
その後、挨拶に行ったら見事に気絶され、その後も拒否反応が酷くて会う事もできない。
と落ち込んでいたからな。お前はアドラールのことやリュドミラ王女のことを積極的に報告してこない。アドラールの落胆も解消されていない。
ならば拒否反応が収まっていないと見るのは当然だろう」
「流石魔王様……」
「お前をリュドミラ王女に付けているのは、魔国に帰順したとはいえ、強大な力を持つ魔女の状態を確認、把握する為だ。アドラールの名誉や、王女の心理状況を慮ってのことだと解っているが、職務怠慢だぞ」
「申し訳ありません」
基本的に部下思いの理想的上司であるところの魔王様だけれど、厳しい所は容赦なく厳しい。それに報・連・相は社会人の基本。怠っていると言われれば、その通りです。すみません、と謝るしかない。
「リュドミラ王女も、気にしていらっしゃるのですが、ご本人にもどうにもできない類のことらしくって……」
引っ越し初日、花束持参で、リュドミラ王女を気遣い挨拶に来て下さった虎将軍、アドラール様は、一週間経ってもまだ、リュドミラ王女と会話どころか、まともに話さえできていない。
「初日に、館を訪れたアドラール様を見た途端に、リュドミラ様は奇声を上げて気絶。
その後、目覚めても暫く、震えが止まらない様子でした。少ししたら落ち着いたようでしたけれど……」
「私や、儀式の時の神官にはあのような過剰反応をすることはなかったから、割り切れているのかと思っていたが違うようだな?」
「はい。街の商人や、神殿の人とかにはあそこまでじゃないんですけど。ごろつき風の人とか、騎士系の人には拒否反応が出るみたいです。アドラール様は、最初の時に押し倒されて意識を刈り取られたせいか、特に酷くって」
護衛の兵士さんとかも実はちょっと怖いらしい。
とにかくダメなのは鎧姿の男性と、ごろつき風の汚い身なりの男。そしてアドラール様。
「リュドミラ様が気絶した時点で、自分が現れたとことで彼女が混乱している、と気付いたようで直ぐに帰って下さいました。
ここに来る途中、少し話をしましたがやっぱりちょっと落ち込んでたみたいです」
「あいつは今まで職務一筋で女と関わること、そのものが殆どなかったからな。
解っていても辛かろう」
「だったら、暫く距離を置くように伝えて頂けませんか? 今のままだとどちらにも気の毒です」
リュドミラ様には勿論、アドラール様が誠実な紳士で、むしろ助けてくれた恩人であることを伝えてはあるのだけれど。
「……ごめんなさい。
頭では違うと解っていても、今はまだダメみたい。
身体が強張ってどうしようもなくなるの」
って、気丈に振舞っておられてもやっぱり、トラウマになっているのだな、って感じる。
気持ちは解るから、おっしゃる通り、今はまだそっとしておいて差し上げたい。
魔国に慣れて気持ちが落ち着けば状況も変わると思うのだけれど……。
「だが、あまり悠長にはできぬ。人国の連中が王女を生贄にしてまで進めようとしていた魔国への進軍の動きが本格化してきている。
王女を救出したことで、人国の魔宮もそろそろ暴れ出すだろう。奴らを油断させる為にも人国の魔宮に手を入れたいが、王女とアドラールが同行できない現状ではままならんからな」
「それは……そうですが」
「加えて私は、魔国の男と人国の女をかけ合わせたいという意図があるからな」
「かけ合わせるって……」
「異種族同士の婚姻は母親の影響が強く出る。夫の力を受け入れる器が女に無いと只でさえ確立の低い妊娠出産の成功率がさらに下がるし、死産流産も増える。知っているだろう?」
「それは……教えて頂きましたけど」
魔国は子どもが驚くくらいできにくいし、正常出産の成功率も尋常じゃないレベルで低い。寿命も人国とそんなに変わらないから、何かあるごとに人口は減る一方なのだと。
だから、危険を冒してでも子どもを作る為に人国に隠れ住む魔国の民は後を絶たず、それがまた人口減少に拍車をかける。
「子ども達の為に、人国の清浄な世界を手にすることは急務であり、人的資源に欠ける魔国が物量に勝る人国に勝つための鍵は、やはりあの王女なのだ。
知識、能力、そして母体という面でもな」
「王女に魔王様の御子でも産ませるおつもりですか?」
「本人が望むならそうしてやっても構わんが、流石に私の種を最初から注ぐのは危険が過ぎる。その点、アドラールならいろいろな点において丁度いいしな」
「魔王様……。不埒な行動は許さん、っていうお言葉はどこにやられたんですか?」
「不埒なというのは、邪な思いを持って彼女を穢すという意味だ。
あのアドラールが、そんな真似をすると思うか?」
「いえ……それは、思わないですけれどお気の毒ですし。かけ合わせ、なんて獣か何かみたいで……」
王族、貴族というのは民を対等の存在と思っておらず、良くて道具。悪ければ食料やゴミ扱いする。というのは別に珍しい話ではない。
人国の王族などは同じ血を引く王女ですら道具以下に貶めたし、私達はゴミとして投げ捨てられた。
それに比べれば、魔王様の言っていること、やっている事は、十分に思いやりのある部類に入ると解っているけれど、やっぱりモヤモヤする。
こういう『国の為』に必要となれば民も部下も、使える駒として躊躇なく使うあたりやっぱり王様、なんだなあって。
私は、命を救われたし、自分の目的の為だから使われることもWin―Winだと思っているからいいけれど心身ともに傷が癒えていない王女に対してはちょっと酷過ぎないだろうか?
「セイラ」
「は…!」
ぼんやりとそんなことを考えていた私は、確かに気を抜いていたのだと思う。
「あ……うあああっ!」
名前を呼ばれた瞬間に、私は幻を見た気がした。
喉元に刃を当てられ、そのまま、スッと首を引き落とされれた幻影。
首元から、真っ赤な鮮血が溢れ出して息ができない。
勿論、実際にはそんなことはないのだけれど、魔王陛下の放った『気』?『魔力』が私の緩慢な意識を切り裂いた。
「無礼者」
思わず膝を付いた私に冷徹な眼差しで言い放つ魔王陛下。
「逆らうな。不満を顔に出すな。口に出すな。
密偵としても、王家に仕える従者としても未熟に過ぎる」
「……あっ……う……」
対する私は地面の上に上げられた魚。
呼吸も許されず、じたばたと跳ねるしかできない。
「子どもだと甘えるな。
気を抜くと死ぬぞ。お前も、王女も生きて行くと決めた魔国は、いや。
ヴィッヘントルクはそういう世界だ」
「は、はい! ……申し訳ありません」
スッと、僅かに圧力が収まり、人心地がついたけど寒気は収まらない。
ヤバい。つい良くして頂いていたから、甘えてた。
思い出す。
目の前の存在は、王族で、魔王で、その気になれば戦闘力の無い子どもなんて、指の動き一つで殺せるのだ。
ただ一つの命令で、私を、同輩たちを殺した人国の王子のように。
それ以上に。
必死に呼吸を整える私に、魔王様は酷薄な笑みを向けている。
「解ったら、甘えずに方法を考えろ。
民を守る責務が『王』にはあるが、同様に民にも『王』に従う義務がある」
「おっしゃるとおり……です」
「私は、お前の小生意気さも、知識も意欲も気に入ってはいる。
できれば大事に育ててやりたいとも思っている。
だからこそ……解るな?」
「は、はい……。申し訳ありませんでした。
全力を持って、事態の解決に努めます」
今もなお、私を叩く気迫に逆らえず、両膝を付き、土下座のような形で頭を下げた。
改めて実感する。
やっぱり、この方は『魔王』。
サクシャの意図を超えて生まれ、動き出した、怪物なのだ。と。




