魔国 追放王女の自立と決意
あっさりと。
驚く程に躊躇なく、その日のうちに結論を出したリュドミラ王女は、数日の準備と問答の後、忠誠の儀式を経て魔国所属の身となった。
儀式と言っても普通は形式だけのものだけれど、リュドミラ様の場合は転移術を使える魔女でいらっしゃるので、呪縛の首輪を付けさせられることになったらしい。普通の生活には支障がないけれど、大きな魔力を使う何かを無許可でしようとすると首が締まるの。
所謂孫悟空の輪っか。
神殿で『創世の神』リーヴルヴェルクの前で魔国と魔王様への忠誠を誓ったリュドミラ様の首に、太めのチョーカーのようなものが付けられた。魔力で封印されているから、魔王様以外には基本的に外せないのだそうだ。
「彼女は、自らの意思で魔国の一員となり、その決意を己が行為によって表明した。
今後、彼女に対しての偏見や差別は固く禁ずる。無論、不埒な真似は決して許さぬと知れ」
魔王様の威光が強い事や、罰則が本当に厳しい事があり魔国、特に王都では異性に対する性的犯罪は驚くくらい少ないし治安もいい。外見から誤解されがちだけど、魔国の男性には女性に対するレディーファーストが叩き込まれているのだ。
これは、子どもが生まれにくくて女性の存在が、国家に重要な事とか異種族婚が少なくなく女性の負担が大きい事とかがあるけれど。
魔王様直々の加護がある女性に手を出す者は多分、そういないと思う。
「当面は城下に家を与える故、そこで魔国の生活に慣れるが良かろう。生活が落ち着いたら魔宮探索や、その他に働いて貰う」
「ご温情感謝いたします。精一杯、努めさせて頂きます」
「セイラ。先も命じたが当面、側に仕え魔国での生活に不自由無きよう手伝って差し上げろ。城外や街に出るも許す」
「かしこまりました」
「これからは、同僚、いえ、むしろ先輩ね。よろしくお願いするわ。セイラ」
「あ、いえ、こちらこそ……」
そう言う訳で、私は暫くの間、リュドミラ様の新居に住み込んでお手伝いをすることになった。リサはまた、私が帰ってこない、と膨れていたけれど、こればっかりはお仕事だから仕方がない。
王城からほど近い、貴族の館の集まる一角の小さな2LDKの家がリュドミラ様の新しいお城になる。
「美しくて、使いやすそうな家ね。こんな美しい館を私が使わせて貰ってもいいのかしら」
「王宮やアカデミアの居室に比べれば、手狭だったり慎ましいとおもったりしません?」
「そんなことはないわ。王都にだって金属製の家具なんて滅多になかったわよ」
「ああ、そういう意味でなら……」
魔国は木が貴重なので、木製の家具はかなり高価だ。代わりに豊富な地下資源で作る金属製の家具が多い。特に鉄製が多いかな? 貴族用はけっこう繊細な作りのものも少なくない。
「セイラは城の外に住んでいるの? それとも城に住み込み?」
「城下です。後見人のような方の家がここからそう遠くない区画にありまして」
「落ち着いたらご挨拶に行こうかしら。魔国の城下町もこの目で見て歩いてみたいわ。
きっと美しい街なのでしょうね」
「そう、ですね。地下なので悪臭などが発生しないように汚物の処理などには時に気が配られているので」
リュドミラ様はそんなことを言いながら、居室の窓を大きく開いた。
王城と貴族街はちょっと小高いところにあるので、城下が良く見えるのだ。
「ああ、ステキね。緑色の優しい空と光。人国とはまるで違う美しさだわ」
目を細めて、幸せそうに流れる風に目を閉じるリュドミラ様。
なんか、こう……アカデミアの頃よりも生き生きとしているような気がする。
故国を追われて、今まで生きて来た世界を奪われたのに。
「でも、私がいうのもなんですが、本当に良かったんですか? 魔封じの首輪までされて。それって、所謂監視装置ですから、行動もその気になればお見通しってことですよ」
「いいのよ。私がお願いしたようなものだから。忠誠を誓った女とはいえ、人国の王籍をもっていた転移術使いの魔女なんて警戒されて当然でしょ?
これは、むしろ私の身と安全を守ってくれる魔王様の慈悲だと思うわ」
「それは、そうかもしれないですけれど……」
確かに、リュドミラ様の魔力を警戒していた魔国の上層部も、彼女が自ら首輪を付けることを望んだことから態度を軟化させてくれたようではある。
でも……、私達のように向こうに何も持っていなかった孤児や流民と違い仮にも一国の王女だった方が、そんなに簡単に国と立場を捨てられるのかな。と思ったのだけれど。
「セイラ」
「はい」
「私はね、今まで自分が『人国の王女』としか生きられないと思っていたの」
彼女の目には、驚く程に迷いは見えなかった。
「『王族』ではない、と蔑まれ、陰口を叩かれても、外に生きる場所はなかったから、努力するしかなかった。自分の力が求められているのなら、どんな所でも頑張ろう。
そう自分に言い聞かせていたわ」
婚約にも、進路にも自分の意思の介在する余地はない。
『王族』ではない自分は命じられるままにただ、自分の役割を果たすしかない。と。
確かにアカデミア時代の王女はそんな昏い思いを瞳に宿し、どこか何かを諦めているようではあった。
それでも、かつては微かに婚約者や、結婚後の未来に夢を見ていたけれど。
「でも、あの方達にとっては、私は家族でも兄弟でも無かった。
心も意思も……ない。気に留める必要がないただの道具でしかなかったの」
今は、それをスッパリ切り捨てられたような気がする。
魔宮に封じられて後、リュドミラ様に何があったのかは私には解らない。
私は書かなかったし、書いていたとしても、きっとそれは今の彼女の苦悩とは別のモノだ。
「魔国に来て、魔王様は私にはできることがある、と言って下さった。
そして、生れて初めて選択を許された。
本当に……初めてだったのよ。そんな風に『私』を見て頂けたことは」
多分に、魔王様はリュドミラ様のそんな思いも理解した上で、彼女の心を手に入れる最適解としてあの言動を行ったのだと思うけれど。
「それが、おっしゃられたとおり、私と言う存在を人国から離す為だったとしても。嬉しかった。私と言う存在に意味があり、価値があると認めて下さったことが。
だから、私は魔国に、魔王様に忠誠を誓うと決めたの。
私自身の価値を認めて下さった方の元で、この力を使いたいと思うから」
うん。それでもかまわないかな、って私も思う。
リュドミラ王女が求めていたのは、自分の居場所。
自分を認め、受け入れてくれる場所と人。
誰かの役に立ちたい。そう最後まで願い続ける優しい方、だから。
「たった一つの心残りは、城に残っている弟と母だけれども、おそらくもう殺されている可能性が高いし、もし生存しているのなら救出を試みることを妨げない、と魔王様はおっしゃって下さったわ」
「そうですね。魔王様からお二人の情報を探るように、との命令もあったようですし」
「ええ。だから、後はもう私の全ては魔国に捧げると決めたの。
そして、やっと手に入れた私の居場所を守るのよ」
なら、もう、私がとやかく口を出す権利はない。
世界を滅ぼす力を持つ魔女王が幸せになることは、私が望むハッピーエンドへの第一歩であるのだし。
「解りました。全力でお手伝いさせて頂きます」
「よろしくね。先輩」
明るく微笑んだ彼女を、全力で支えて行こうと、私は心に決めたのだった。
トン、トトン。
躊躇いがちなノックを聞きつけ、私は小走りに駆けてドアを開く。
そこには
「うわっ!」
私の顔より大きな花束と
「セイラ……。その、引っ越しや新居の準備に、男手は、必要ないか?」
照れた子猫のように頬を赤らめて立つ、虎将軍が立っていた。




