魔国 魔国王の提案と演技
「人国に戻る自由……。それは国に戻ることができない、という意味でございましょうか?」
「そうだ。悪いが其方を人国に返すわけにはいかぬ。人国に返さば我ら魔国に勝利の目は無くなるからな」
「私のようなものに、そんな評価は……」
魔王陛下の告げた自分の「債務」にリュドミラ王女は微かに首を傾げた。
まあ、実際に考えれば『人国に戻れない』という債務は巨大ではあるけれど、法外ではないと思う。戦争その他で、捕らえられた捕虜になんて人権も自由も無いのが普通だし。
「謙遜するな。王女」
けれど、魔王様は穏やかに笑って見せる
「其方が追放され、魔宮に封じられた事情については凡そではあるが理解している。
能力や人柄、上位王族との関係性なども。
我らが密偵によって情報が齎されているからな」
「密偵? ……まさか、セイラが?」
「セイラに限らぬ。人国に隠れ住む魔国の民はおそらく、其方らが思うより遥かに多いからな」
「そう……なのですか?」
「ああ。故に責めてやるな。と言っておく。セイラの報告と進言があったからこそ、我らは其方の救出に動くことができたのだ」
リュドミラ様が、横に立つ私を開いた眼で見やる。少し、気まずくて顔を反らしてしまう私。
結果としてリュドミラ様を騙していたことになるわけだし。
魔国の密偵であることに、後悔その他があるわけではないけれど。
「思う所はあるだろうが、今は横に置くがいい。話は、まだ終わってはいない」
「は、はい」
魔王陛下の誘いにリュドミラ様は顔を戻す。
無意識に落ちる安堵の息。
その間にも話は進んでいく。
「其方『魔女リュドミラ』という存在は、人国王家、いや人国を大きく動かしうる火種であり、戦力だ。
救出の際、魔国最高戦力たる者達が、一対一では決して勝つことができなかった。と口を揃えた程。もしかしたら、適切な環境と準備さえ整えば魔宮踏破さえも可能ではないかと……」
「……」
「そんなそんな国の守護女神を、一時の利益の為に廃棄する人国の考え方は理解できぬがな。黄金の果実の生る木を、手が届かぬ場所の果実欲しさに切り落とすような。自らの夜を暖めてくれた掛布を夏が来たから売るような愚行にしか我らは思えぬ」
思いもかけない魔王様からの高評価に、でもリュドミラ様の表情は暗い。
もし、リュドミラ様が本当に魔宮踏破を期待して捜索を託されたのだとしたらまだ救いはあったと思う。正当な要請と彼女をサポートするメンバーと共に十分なバックアップと共に魔宮探索を命じられていれば、彼女はきっとその役割を果たしたことだろう。
けれど彼女に課せられたのは冤罪、婚約破棄、追放のフルコース。
その先に封じられた魔宮での悪夢多分、二重の意味での生贄。
魔宮の中で、ただ、生存し続けること。
残された、もしくは残った者達が彼女を穢すことまで計算に入れられていたのなら人国王家は救いようがないと思うけれど。
勿論、魔王様にはリュドミラ王女の『状況』について報告が行っている。全て解った上で言っておられるのだ。
「人国が廃棄するというのであれば、魔国が拾い貰い受けるまで。
セイラや魔国に潜んだ密偵達の進言で、我らは其方を保護救出した。
其方の価値に人国が気付き、管理されてはやっかいだ。
魔国は個々の身体能力などに戦闘力の大半を頼っているから魔術に関する耐性が高くない。
故に身柄と行動は魔国が管理する。人国への帰還が対価であるというのはそういう意味だ」
「では……、今後私は魔国の奴隷として魔王様にお仕えすればよろしいのですか?」
震えた声で問うリュドミラ王女。人国では国同士の表立った争いは無い筈だけれども、領地を治める貴族や、従属国との政治的交渉はあるようだし、政略結婚も普通に行われている。ましてや彼女は妾腹だというし。
敵に捕らわれた女が、立場の強い男の前に差し出された時、どういう扱いを受けるかなどは例え王女とはいえ知らないわけではないのだろう。だが
「いや。其方は賓客として遇する。望むなら魔国の民として受け入れるも考えよう」
「え?」
「私に匹敵する魔力の持ち主に行動の強制などできぬ。
人国の帰還禁止もあくまで支払いとして要請するものだ。どうしても帰還を望むというのであれば、別の対価を持って支払いをして頂けるのであれば、考えぬわけでもない。
踏み倒して逃亡するというのであれば、全力で阻止させて頂くが」
「私を……魔国に受け入れる? 本当に?」
「其方が望むなら、であるが」
当たり前だ、というように魔王陛下は腕を組み頷く。
「魔国は長く、光の恩恵から見放され、蔑まれてきた。いや、今もそう思われている事だろう。
故に、魔国にて生きるを望み忠誠を捧げた者は、全て受け入れる。そうすることでこの地の底で我らは生き延びてきたのだ。それは王女であろうとも、廃棄児であろうと変わることは無い」
ちらりと、私を見やる魔王陛下に、改めて膝を付いて姿勢を正す。
私は魔国の民であると王女様に示すように。
「其方がどんな形であれ人国を裏切るを望まぬ、というのであれば、王宮の一角、若しくは王都の外れで生活するがよかろう。帰還を支払って頂く代わりに衣食住は保証する」
「監禁や、強制労働……ではなく?」
「本人の意思の伴わぬ労働は効率が悪い故。そも魔国に奴隷制度は基本、無いからな。
借金返済の為の強制労働などはあるが、其方の返済義務は魔国に滞在してもらう事、ただそれだけでよい」
「でも……それでは、あまりにも……」
魔王様が見せた『優しさ』にリュドミラ様は戸惑っているようだ。
「無論、魔国の民として忠誠を捧げるのであれば歓迎する。
自らを追放した王家と人国に復讐をと望むなら、全面協力し、かつ駒として使わせて頂くが。
そこまでを望まぬのであれば、魔女としてその魔力を使って国の為に動いて貰えるのならそれだけでもありがたいな」
「……魔国には、私が役に立てる場が、あるのですか……?」
「其方が、そうしたいと思うのであれば、いくらでも」
視線は下を向きながらも、王女の手の震えは消えていた。
「まだ目覚めたばかりで、状況に理解が及ばず、混乱もしておられるだろう。
焦る必要は無い。良く考え決めるが良かろう。セイラ!」
「はい!」
「暫く王女の側について手伝いをせよ。御心が決まるまで、客間の外への外出は禁じるので、何かあったらお前が繋ぐのだ」
「承知いたしました」
「任せた。では、王女。今は、失礼する。御心が決まったらまた改めて」
「あ……待って!」
用件を話し終えた魔王様は、リュドミラ王女が指し伸ばした手と声に気付いてたのか、いないのか? 背を向け立ち去ってしまった。
その颯爽とした行動と演技に、私は我らが魔王陛下の真実の意味での恐ろしさを実感していたのだった。




