魔国 目覚めた力と見えないこれから
リュドミラ王女をとりあえず、救出? してから丸一日。
魔王宮の客間の一室で滾々と眠り続けるリュドミラ王女はまだ目を覚ます様子は見られない。
目が覚めた時、知らない場所と知らない顔ばかりでは辛いだろう、ということで、私が付き添っているけれど、ほぼピクリとも動かず。意識を失ってなお強張る身体に張り詰めた緊張と、バトルだけではない心身の疲労が積み重なっていたんだろうな。
と感じずにはいられない。
それに……。
「セイラ? 入ってもいいかしら?」
「あ、王妃様。どうぞ」
トントン、と気遣うような優しいノックと共に王妃様が入室して来られた。
傍らに付き添う二人の侍女さん達は、それぞれに荷物を持っている。
服と……食べ物かな?
「王女の容体はどう?」
「まだ、お疲れの御様子で……目を覚ますにはもう少しかかるかもです」
「そう……。アドラールが気にしていたから。か弱き乙女に手荒な事をしたと。
恐怖をさらに植え込んでしまったのではないか、と」
「アドラール様のせいではないです。恐怖、というかトラウマについては解りませんがあの場はそんなことを言える状況ではありませんでしたし」
「汗をかいておられるでしょうから着替えを持って来ました。侍女達に清拭と着替えをさせるから、貴女はその間少し休んで食事をなさい。
仮眠をしてもいいわ。彼女が目覚めてからが本番でしょう? 今はむしろ体力をつけておくべきよ」
「ありがとうございます」
先の見えない状況に、少し疲れていたのでお言葉に甘えさせて頂く。
サイドテーブルに置かれたのはジャガイモのガレットとスープ。それから食べやすく小さめに作られたミートボール。優しい味で、疲れた体にスルスルと入っていく。甘いニンジンジュースも染みる。
「それにしても、酷い事をするわね。人国は、自国の王女に対して」
「はい。私もまさかここまでするとは思ってませんでした」
「と、いうことは貴女も気付いていたのね。まだ幼いから知らないかと……」
「女の孤児しているとなかなか、そう言う訳には……。変態はどの世にもいるものですし」
「魔国では、同意を得ない相手同士の行為は極刑よ。特に子ども相手は即死刑。種族の違いとか体格の違いもあるから慎重になるものなのだけれど」
私の隣に腰かけ、遠巻きに侍女さん達の作業を見ている王妃様は特大のため息をついた。
そこには人国に対する明らかな侮蔑の思いも宿っていて隠すつもりはないらしい。私も同感だし。
「リュドミラ王女を魔宮に閉じ込めて、探索を命じたって聞いて手伝いの仲間くらいは用意したんだろうな、とか少しでも長く、魔宮にいさせたいのなら、食料の補給とかもしてるよね。とか思ってました。まさか……」
「婚約破棄に王族籍剥奪追放で、心理的にボロボロになっているところに、肉体的、精神的に追い打ちをかけるなんて」
「はい」
この事実を知ったらシャルル様はきっと、なお兄上達に激怒するだろうな、と思った。
むしろ怒って欲しい。怒らなかったら逆に軽蔑する。
リュドミラ王女は、辱められていた。
未遂で済んでいればいいのだけれど、実害が及んでいる可能性は高い。
理由や状況は、リュドミラ王女が目覚めていない今、想像するしかないのだけれどおそらく彼女を魔宮に閉じ込めたのち、入り口を守る見張りか、魔宮に閉じ込められていたという犯罪者か、とにかく複数の男達によって、彼女は襲われた可能性がある。
引き裂かれたドレスや身体に残る複数の痕跡からも窺い知れるそれに、彼女が心壊れ、そこを悪しき何かに付け込まれ、憑りつかれた可能性が高い。
「彼女には焦げた血の匂いがした。もしかしたら、自分を襲った男どもを焼き殺したのかもな。そうだとしても同情するつもりはまったくないが」
とおっしゃったのはアドラール様。
一番近くで王女を見て、そして触れたから、解るのかもしれない。
「これほど美しく、才ある方を使い捨てるなんて人国は何を考えているのかしら」
「あちらは人材だけは豊富ですから、妾腹の王女の一人くらい、って思われたのかもしれませんね。同意なんかこれっぽちもしませんけど」
「人国がいらないというのなら、魔国が頂くわ。もう陛下もその心づもりでいらっしゃるようですし」
「ありがとうございます」
「当面は色々と混乱するでしょうから、寄り添って差し上げなさい」
「はい」
彼女、リュドミラ王女は悪役令嬢として、中ボスとして人界における最高ステータスを誇っていた。妾腹の第三王女として周囲を気遣い、遠慮していた時代には出せなかった真価を『魔女王リュドミラ』として作り替えられ、設定された後は躊躇なく発揮。人国と魔国をほぼ全滅に追いやる。ラスボスも、彼女だけは滅ぼそうとしない。
それだけのキャパシティを持った方なのだ。
一回瞬きして、目を開く。
眠るリュドミラ様の『ステータス』が見えた。
どうやら、あのバトルの時、私のクラス。サクシャのどこかに、スイッチが入ったのかもしれない。
私は、意識して視線を切り替えることでその人物や魔物の能力値などが解るようになっていたのだ。今の所はその人物の名前と肩書、それから所謂体力と魔力、状態異常くらいだけれど。
作者の能力であるのなら、その人物や魔物の能力とか、秘めた設定くらい見えていて欲しいものだけれど、それは私が設定していなかったから解らないのかもしれない。
事実、書きかけの物語。しかもゲーム転生系じゃないからバトルはメインじゃないしスキルとか呪文とかだってどこか適当だった。
細かく能力や技まで設定していたのは主役と彼らに付き添う仲間くらいなもの、出て来る魔物とかましてモブや中ボスに細かい能力値まで付けていなかったもの。ラスボスに至ってはバトルにさえならない超越存在だ。
横に頭を動かし、侍女さんや怪訝そうな眼差しを私に向ける王妃様も『見』てみる。小説的には侍女さんところか、魔国の王妃様もその他扱いだったせいか。やっぱり具体的なことは何も見えない。ただ柔らかく優し気なお姿に見えてやっぱり王妃様は魔力も体力も侍女さんとか普通の人とはけた違いだなあ、って解るくらい。
肩書は『魔王妃』に『王宮付きの侍女』。これは状況によって変化するのかもしれない。
今、ベッドに眠るリュドミラ様は『魔女』だけど、迷宮内で戦った時には『黒き魔女』だった。これは、変な力が彼女に憑りついていたからかな。多分。
(そもそも、憑依系の怪物なんていなかった筈なんだよね。ラスボスがラスボスだから……。あ、暗示や催眠とかを憑依とすれば、いける?)
私はこの世界の作者の筈なのに、正直解らないことが多すぎる。
知らない登場人物もたくさん、思いもかけない事態も雨あられ。
ちゃんと作品に、一人一人のキャラクターに向かい合っていれば良かったと思わずにはいられない。
でも、おそらく、少なくとも一つは、悲劇の原因を書き換えてフラグを折る事には成功した筈だ。
ラスボスに徴収され、中ボスにされる筈のリュドミラ王女を助けることができたのだから。
あとは、彼女を守ればこの世界に降りる、と私が小説で設定した悲劇の殆どを防ぐことが可能の筈。
その意味で、一番心配なのは彼女が度重なる悲劇で、心壊れていないか、ということ。身体の傷の治療はできても、心の傷を治すのはとても難しい。
逆に、心さえ折れていなければ、大抵の事はなんとかなる。
「王妃様、リュドミラ様が『魔女なんてもうこりごり。魔国で静かに暮らしたい』っておっしゃったらお許し頂けます?」
「大丈夫だと思うわよ。勿論逆に『人国に復讐を』って言ったら全面協力するかもね」
「魔王様はそれを望んでいらっしゃったりします?」
「さあ、どうかしら?」
望んでると思う。絶対。
私も人国への復讐劇は、アリ寄りのアリだと思うけど。その時には向こうのシャルル王子とかと連絡を取り合って、人国の一般の人達には危害が及ばないようにしないといけないかな?
そんなことを考えていたら、フラグが立ったのだろうか?
「王妃様、セイラ」
「どうかしたの?」
「姫君の様子が……」
身体を清め、寝間着を着替えさせて下さっていた侍女さん達が異変に気付いて私達を呼ぶ。
慌てて駆け寄ってみれば、ぴくぴくと身体全体が動いて、いや痙攣している感じ?
これは、もしかしたら、覚醒の前触れ!
「リュドミラ様! 大丈夫ですか?」
私は両手で彼女の手を握りしめて呼びかけた。
何度も、何度も。
やがて、うっすらと瞼が開き、黒水晶のような双眸が虚空を仰ぐ。
「ここは……どこ? 私は……どうして?」
「リュドミラ様? 私が見えますか? 誰だか、解りますか?」
「え? セイラ? どう……して?」
「よ、よかったああ~~~」
戸惑うリュドミラ様には申し訳ないけれど、心の底から私は安堵した。
力が抜けてへたりそうな身体を支えるのが精一杯だけど。
よかった。本当に良かった。
彼女の心は、壊れていない。
未来はまだ見えないけれど。
私は、彼女とこの世界を。
守ることが、助けることが、書き直すことができたのだ、と。
この時、本当に思っていた。




