迷宮 魔女王の救出と最初の書き直し
それは、息を呑む程に禍々しい光景だった。
「リュドミラ様! 目を覚まして下さい! 私です! セイラです!!」
重力を無視するように空中を浮遊する黒い魔女。
その瞳は、どこか虚ろで焦点が合っていない。
いくら必死に呼びかけても、まるで反応してくれない。
アカデミアで才色兼備を称えられた人国の王女としての意識は多分、今は無く。
声も耳に入っておらず、もしかしたら目も見えてなくって。
本能、もしくは
「何か……得体のしれない陰が彼女に重なってる。なんだよ。アレ」
と、ウォルがいう通り『ナニカ』に憑りつかれ、操られるがまま、彼女はただ上階を目指し、ただ自分の行動の邪魔をする存在を、排除しようとしているのだ。
「何なんだ?」
「彼女は? あんなボロボロの姿と身体で、魔宮を上ってきたというのか? 持ち物も何もなしで?」
防御行動は何もしてこない彼女。
でも、魔国精鋭の騎士達の攻撃。その凡そが彼女を包む、風に纏われ身体に届かず。
僅かに、その身を裂いても、直ぐに塞がってしまう。
確かに彼女はクラス『魔女』を持つ天性の魔法使いで。
攻撃から防御まで、ありとあらゆる魔法を使いこなすと聞いてはいたけれど。
これは明らかに異常すぎる。
ゲームなどで言うなら、一対一では決して勝てない形に設定された中ボスとのレイドバトル。プレイヤーが分担し力を合わせ、工夫と研究を重ねることでやっと倒せる。そんな戦いの局面なのだろうか?
「何かに、操られているのかもしれません」
「! 操られている?」
「はい。例えばこの塔を作った『神』、もしくは『神』に準じる何かに」
かつての私は、作者は彼女をただ、魔宮踏破者、と書いたけれど、考えてみればどんなに才能があったとしても女性一人が、男性十数人が交代でかかっても何十年がかりでしか進めない迷宮を一人で簡単に踏破できるはずがない。
そこには何かの介入があったのだ。きっと。
今の彼女のように……。
「セイラ!」
「は、はい。何でしょうか? アドラール様」
チームの皆さんと、散開し波状攻撃を続けていたアドラール様が、どこか、悲痛さの混じった声で後方の私を呼ぶ。
戦闘には私は、きっぱり役立たず。
でも、もしかしたら声が届いて正気に戻るかも。
そんな微かな希望に縋って、名前を呼びかけ続けていた。
今の所は、まるで成果は出ないけれど。
「彼女に、何か、弱点は無いのか! 行動の手、動きを一瞬でも止める何かは!」
ファイアーボールに、かまいたちっぽい風の刃、電撃の雨など魔女王リュドミラ様の攻撃手段は驚くくらい豊富で、既にチームは満身創痍の状態だった。
リュドミラ様。
一体、どれだけ魔力があるの? ってくらいポンポンと躊躇なしに攻撃魔法打って来るし。これが現実世界の例えばゲームのような世界であれば、ターン制みたいなものがあって、こっちの攻撃が終わったら、次はあっち、その前にスキル使って、アイテム使ってなんてこともできるのだろうけれど、ここはそんな甘い世界ではなくって。
呪文を使った後の再装填タイムこそあるようだけれど、種類を変えてどんどん打ってくるから、こちらは多少のダメージを覚悟で、呪文後の僅かな隙に攻撃していくしかなかった。それも、さっき言ったように全然、効いているようには見えないし。
「解りません! 私は、そこまであの方と親しかったり、能力を知っていた訳ではないので……」
「そうか……。くそっ。こっちも魔法使いを連れて来るべきだったか」
舌を討つアドラール様。魔国にも魔法使いと呼ばれる術使いは何人かはいるけれど、そんなに多くも強くもない。火、水、風、土などの定番魔法を、少し使えるくらい。リュドミラ様には遠く及ばないけれど、でも遠距離から放てる魔術で彼女の意識を反らす、動きを封じるなどできれば勝算は上がった筈だ。
今の戦力で、彼女を止める為にはどうしたら……。
私が、そんな思考に意識を反らした次の瞬間!
「セイラ! 危ない!!」
私はウォルの声で、我に返ったけれど、もう遅い!
「キャアアア!」
「セイラ!」
突然。本当にいきなり、それは来た。
私を指し、頭上から狙い撃つような雷光としか言いようのない攻撃が落ちたのだ。
ウォルがとっさに足元に、完全直撃は避けられたけれど、余波が私の身体を痺れさせる。
……アレ?
「セイラ! ウォル!
下がれ! お前らがやられたら、俺は魔王様達に顔向けでき……」
「今、です。一斉攻撃して下さい」
私の言葉に、皆さん、目を瞬かせている。
正直、私もびっくりだ。こんなことになるなんて、いや、こんなものが、見えるなんて。
まだ、身体も頭もどこかビリビリ痺れているけれど、視界が一気に変わった。
「え?」
「ヒットポイント、かなり減ってます。魔力も、もう底をつきそうです。
時間を置いたり、逃がしたりすると回復されるかも。今が畳みかけるチャンスなんです」
「ヒット……ポイント?」
自分でも何を言っているのか、その表現が正しいかどうか解らないけれど、リュドミラ様の体力や魔力がパラメーターゲージで見えるのだ。
まるで、ゲームの敵キャラと相対した時のように。
目の前に立つ中ボス
『黒き魔女リュドミラ』の体力ゲージはレッドライン。魔力と思われる並列ゲージに至ってはもう目に見えないくらいな細くなっている。
どうやら、私は、目の前の『敵』のステータスっぽいのが見えるようになったらしい。
流石に、どんな魔法を使うのかとか、持っているスキルとかは見えないけれど、ぼんやりと黒雲のようなアイコンが名前の横に見えるのは、もしかしたら憑依とか、状態異常のような意味合いなのだろうか?
「説明は後で。とにかく、総攻撃をかけて、意識を刈り取って下さい。
でも、殺さないで!」
「簡単に言ってくれる。だが……そういうことなら。ロキシム!」
「解っています。どこまで、通じるか解りませんが……」
アドラール様の促しに先行部隊の騎士、ロキシム様が前に進み出た。
面覆いのついた兜を外し、さらに目を覆っていた目隠し? も外す。黄金の瞳に宿る、虹色の輝きは見つめていると魅入ってしまいそう……。
「こら! ロキシムの前に立つな。眼も見るなよ。お前までヤられるぞ」
「え?」
「あいつは魔眼族なんだ。黙って見てろ!」
ぼんやりと立っていた私を後ろからだっこして、アドラール様が後方に飛び退くと同時。
「目から、ビーム?」
そんな、バカバカしいセリフが口から零れた。
でも、仕方ない。ロキシム様の瞳が煌めくと同時、眼前の空間が不思議な光を帯びて歪むように揺れ、視線の先に立つ者、リュドミラ様の身体に絡みついたのだから。
ふと彼女の身体から、何か黒いものが染み出るように空中に抜けて行く。
えっと、アレ、もしかして他の人には見えてない?
その間も視線で、彼女を縛らんとするかのように睨み続けていたロキシム様が、突然、ガタン、と膝を落とした。
「ロキシム様! 大丈夫ですか?」
「近寄らないで。貴女を石化させるわけにはいきません」
とっさに近寄ろうとした私を払いのけ、目隠しを付け直すロキシム様は
「……ダメ、ですか」
悔し気に舌を打つ。
「まともに効いていれば、石化する筈なのですが、彼女の抵抗力はかなり高いと見える」
魔眼族。そっか。
もしかしたら、視力、瞳に力を持つ種族なのかもしれない。三眼族は感知に優れた種族だけど、違う形、メデューサとか、そんな感じの。
「でも……効いてます。麻痺がかかっていて、暫く動き辛いみたいですから。
彼女に憑りついてたっぽい何かも消えたし」
「セイラ?」
「ホントだ。なんか得体のしれない黒いのが消えてる」
ウォルが何をどう見ているか解らないけれど
私の視界では彼女の状態異常を示す? アイコンが一つ消えて一つ増えている。
増えたのは稲妻っぽい形。あれは多分、麻痺的なものかな? 憑依っぽいアイコンは消えた。彼女を操ってた何かが抜けた?
「セイラ。さっき、彼女の魔力はもう底を付いている、と言ったな?」
「は、はい。多分。小さいのはともかく大きいのはもう打てないかと」
「よし、解った。うおおおおおっ!!」
剣を投げ捨て、まるで獅子そのもののような唸り声を上げて突進していくアドラール様はリュドミラ様に全力タックルをかます。
今まで、彼女を取りまいて守っていた風のシールドらしきものの抵抗もなく、反撃も無く、気が抜ける程あっさりと、木切れが倒れるように魔女リュドミラはアドラール様の下に組み敷かれた。
怯えたように身震いをし甲高い悲鳴を上げる王女。
かすかに風が刃となって、アドラール様に斬りかかるけれど、気にも止めず、彼は王女を抑えつけると
「女には手荒だと解るが、許せ!」
どすん、と鈍い音と共に握りしめた拳を、リュドミラ様の腹部に入れた。
黒い影が抜けてから、どこか、虚ろだった瞳が閉じられた瞼に覆われ、彼女は意識を失った、ように見えた。
「やりましたか!」
満身創痍の中、集まってくる部下や仲間、そして私達にアドラール様は
「多分、な」
頷くと、力を失ったリュドミラ様を抱きあげる。そのもの、お姫様だっこ。
壊れ物を扱うように、そっと……。
「死んではいない、と思うが、彼女が目を覚ました時、また暴れられるとやっかいだ。
探索はここまで。彼女を連れて帰還するぞ」
「はい!」
「セイラ、大丈夫か?」
「ありがと。ウォル。ちょっと、視界がおかしいけど、多分平気」
「ならいいけど……」
多分、完全には誤魔化しきれていないウォルに手を振って、私はアドラール様や皆様の後についていく。
最初の書き直しは、成功したのだろうか?
アドラール様の腕の中でまだ、目を閉じたままのリュドミラ様。
その肩書は『黒き魔女』リュドミラから、『魔女』リュドミラに変わって、いや戻っていた。




