迷宮 中ボス(?)登場
それは、私達が、本格的にリュドミラ様捜索の為の魔宮探索を開始して約五日。先に進んでいたウォル達と合流を果たして間もなくのことだった。
「ここは、人国側だと地下十階にあたるのか? もしかしたら、こちらにも特殊で役立つ術式が見つかるかもしれないな?」
「今は、先行優先ではありますが、後で、じっくりと調査したくはありますね」
「セイラやウォルがいるから無理はできんが。二人共体調が悪くなったらちゃんと言えよ」
「はい」「ありがとうございます」
探索班その2を指揮するアドラール様の言葉に、先行部隊を指揮していた騎士ロキシム様はマップを見ながら捜査方針について話し合う。
魔国には交代方式ではあるけれど、魔宮探索の駐在チームがいて、ベースキャンプを作ったり、転移魔方陣を設置したりと探索のノウハウやバクアップ体制が整っている。
魔宮探索で見つけたアイテムの一つ、通信石。疑似トランシーバーで連絡を取り合い、目印を置いて次の為のマッピングも徹底して行う、など。
そのおかげで未知の迷宮でもなんとか安定した捜索が可能なのだれど、ダンジョン探索を本気でやろうとすれば、食べ物やその他、生活の為の品の物資補給や準備投資が相当に必要だということを私達は実感している。
魔宮の魔物達は決して弱くは無いし、長く滞在すればじわじわと体調に影響してくるし。
はっきりとしたリターンがあると解っていないと、なかなかそこまで魔宮探索に力を割けないだろう。
ちなみに魔国では、ダンジョン探索のチームは最低三人、最大五人、一か月以上の長期捜索は行わないこととも定められている。
今は二チームが合流しているから計八人。かなりの大所帯だ。
「人国はリュドミラ様に魔宮の探索を命じてましたけど、探索の為の準備とかちゃんとしてるんでしょうかね? 食料品とか薬品とか、着替えや道具の準備、とか」
人国側迷宮、多分、地上十階。魔国の二十五階から十五階分降りて来たからの推察だけれど。行き止まり部分で今後の探索の為のミニキャンプを作った私達。
休憩する皆さんの為に、小さな火を焚きコーヒーやスープの用意をしていた私はふと、そんな疑問を口から滑らせた。
「流石に、それくらいはしてるんじゃないか? 少なくとも何か月もいろって、命じているくらいなんだから」
手伝いながら答えてくれるのはウォル。
そうだよね。小説やゲームじゃないんだから奥に進めば進む程、戦えば戦う程、補給物資は必要になってくる。ある種のダンジョン捜索ゲームでは空腹度が設定されていて、途中で食料が補給できないと餓死、なんてものもあった。その頃は高価なアイテムを抱えてながら帰還アイテムや食料アイテムが手に入らず、死亡なんて状況を不条理に思ったけれど、それがリアルというものだ。
「残る物資の状況からして、今回の探索であと潜れるのは数階だろうな。閉じ込められた王女というのが少しでも上に上がって来てくれているのならいいのだが……」
「入ってきた階から、生存の為、動いていない。というのならそれはそれでいい、のですけれどね」
「補給の為の物資を取りに行くチームと先に進むチームに分かれてもいいのだが、こっちにはウォルとセイラがいる。あまり無理はさせられないからな」
「今の所は体調も悪くないですから、大丈夫ですよ」
「俺も同じく……」
「その気概はありがたいがお前達は、今後の魔国を支える希望なんだ。こんなところで失う訳にはいかない」
私達の頭をぽんぽんと、撫でつつアドラール様が優し気に笑った。戦闘中は狂暴な虎のようだけれどこういう時は、猫のように柔らかい瞳になる。
ありがたいことだ。
女と見れば欲望のはけ口にしたり、子どもを雑用にこき使ったりするパターンも多いのに。私は本当に恵まれた。
そう、思って少し、気を抜いた矢先のことだ。
「!」「なんだ? この気配は!!」
突然、がらりと変わった魔宮の空気に、チームの皆さんが身構える。
本当に、周囲の空気が一変した。今までもダンジョンだし、明るい雰囲気ではなかったけれど、一気に体感数度下がったような。どことなく纏わりつくような重みさえ感じる。
今まで、何度か魔宮探索には同行させて頂いたけど、こんなの初めて。
「エリアボスか?」
「そうかもしれませんけれど、こんなに突然来ますか?」
探索に慣れたチームの皆さんもどこか困惑気味だ。
今まで、重要な技術やアイテムを守るボス存在が行く手を阻むことはあったけれど、ここまで急激に雰囲気が変わることは無かったという。
ちなみにダンジョンの内部設定や、マッピングに関しては、私、サクシャのスキルや知識は殆ど役立たずだと解っている。ダンジョンの内部について細かい設定とかしてなかったせいだろうか? 区切りの階のいくつかに設定した特別アイテム以外は、敵もマップの概要もトラップも未知のものだった。
思い返してみると、細かくボスも設定してなかったんだよね。私の書いた小説の中では、敵は、『勇者の剣にあっさりと倒れた』と表現すればそれで事足りた。
メイン要素は迷宮探索冒険、ではなく虐げられた人間が絶望の中でも希望を目指すドラマ、だったつもりだから。
「セイラ。キャンプを畳め。直ぐに移動できる準備! 気配の正体を伺いつつ、状況にもよるが撤退も視野に入れて移動する。いいな!」
「はい!」
アドラール様の言葉に、皆が同意する。私とウォルも頷いて荷物を纏める。
その、体感数分後。
「……ヤバい」
「ウォル?」
「ここに、来るぞ!」
「何?」
その瞬間。
まるで、生命の存在を感知し、引き寄せられたかのように、それは突然、私達の前に現れた。夜の髪、漆黒の瞳。黒いドレスと長髪をたなびかせ、虚ろな眼差しで虚空に浮かぶ彼女を、私は良く知っている……。
「! リュドミラ様!?」
「何? あれがそうなのか?」
驚愕の眼差しを浮かべるアドラール様やパーティメンバーに私は頷く。
間違えようがない。
私がパーティ前に結った髪はほどけ、ドレスも見違えるようにボロボロで。
優しい笑みも、知的な眼差しも消え失せて、表情は漂白。
雰囲気も何もかもまるで違うので、もしかしたら邪悪な何かに憑りつかれたとかはあるかもしれないと思ったりもしたけれど、その身は紛れもなく私達が助けに来た筈のリュドミラ様だ。
「リュドミラ様! 聞こえますか? 私です! セイラです!」
「危ない! セイラ!!」
「きゃああ!」
リュドミラ様の前に進み出た私は、必死で呼びかけるけれど、帰ってきた返答は容赦のないファイアーボール(仮 私はこの世界の実践的な魔法の体系とかよく解らないので)。
炎の球は、一瞬前まで私がいた場所の床を軽く焦がして直ぐに消えたけれど、もし直撃を受けていたら丸焦げだったかもしれない。
「あ、ありがとうございます。アドラール様」
「礼を言うのは後でいい。アレが人国の魔王女か。凄まじい力だな」
「完全に闇に落ちてしまうと、世界さえも滅ぼす力を発揮される御方です。もしかしたら、その片鱗が現れているのかも……」
リュドミラは独りで魔宮を踏破した結果、ラスボスに意識や身体を作り替えられて世界を滅ぼす魔王になる設定だったけれど、もしかしたら単独踏破の影には、何者かの介入があったりした?
私はサクシャでありながら、初めて知る設定に思考を巡らせる。
「……彼女が救出対象だというのなら、できれば殺さない方が良いのだな?」
腰に帯びた剣を引き抜き、アドラール様が私達を庇うように前に出る。
「は、はい。どうか、殺さないで下さい。
彼女は何も悪くないんです」
「簡単に殺されてくれるような方ではなさそうだがな」
苦く笑ったアドラール様の言葉は真実だろう。
希代の魔女と呼ばれたリュドミラ様の手加減無しの攻撃威力を私は知らないけれど。
「とりあえず、無力化を試みる!
セイラ、ウォル。お前達は危なくない所に下がっていろ。
他の者は、散開! 敵を取り囲め!」
アドラール様の指示に、皆さんも位置取りに動きだす。
思いもかけない、迷宮レイドバトルの幕が、今開こうとしていた。




