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人国&魔国 悪夢と地獄と書き直し 前編

 私は毎日悪夢を見る。


 眠っていても、目が覚めていても、消える事の無い私の原点。地獄の夢を。

 異世界『ヴィッヘントルク』で私こと西尾星羅にはっきりとした意識が芽生えた記憶は孤児院での生活。

 しかもあり得ない程に最低最悪の日々だった。


 地球での人生が、楽しいものだった。とは実は言わない。

 ブラック職場で、仕事はやりがいこそあったけれど、毎日時間外労働と、激務の日々。

 連日連夜の仕事と残業。夕暮れの帰宅運転中、一瞬跳んだ意識の向こう。

 飛び出しの子どもの姿をフロントガラス越しに見たのが向こうの世界の最後の記憶になる。

 懸命にハンドルを切って多分衝突は免れた筈だけれど。

 でも私は街路樹に激突。

 目の前が真っ白になって、真っ赤になって。そして真っ黒になった。


 子どもが無事だったらいいなあ。

 そう思いながら、私は意識を手放したことをなんとなく覚えている。

 私は子どもを助けられなかったのかもしれない。

 だから、きっと、罰があたって、こんな世界に落とされたのだと、その時は思っていた。


 この異世界でのスタートは孤児。

 しかもおそらく最下層の孤児院からだ。

 路地ではなく、屋根の下で衣食住に恵まれていただけ、まだマシと思うべきなのか。

 孤児院以外の場所を知らない私には判断できない。

 ただ、生き抜く事で精一杯だった。

 ステラという名前そのものは、多分孤児院に来る前から付けられていたらしい。


「ふん。ステラ()なんて分不相応な名前だ」


 何度もそう言われたからね。

 私、地球人、西尾星羅の記憶を私が意識し始めたのは2~3歳くらいから。

 多分、その前に誰かに愛され、抱きしめられたことが在ったような気がするけれど、その記憶は既に忘却の彼方。

 寝台もなく、何十人もの子どもが一部屋に閉じ込められ、床に転がされて生きるのが精一杯の日常に上書きされてしまった。

 外に出られるのは草むしりや掃除などの仕事の時と勉強の時だけ。

 食事は薄いおかゆめいたスープと固いパン。 

 寒さや暑さは感じなかったけれど、まだ五歳にも満たない子どもに容赦ない教育と仕事を強いる環境は、どこからどう見ても児童福祉法違反だと思った。

 それは、私が多分、異世界転生した地球の元保育士だから後から思えた事で。

 中世異世界に、そんな法律を持ち出して抗議しても無駄だと解ってもいたけれど。


「いいか! 少しでもマシに生きたかったら、五歳の『覚醒の儀』までに自分の価値を高めろ! その日に良い結果を出して、誰かに買われない限りはお前達に明日は無い!」


 私達を管理していた看守のような世話役は、毎日そう言っていた。

 この世界の人間は、五歳になると大抵が持っている『クラス』に目覚める。

 生まれ持った『クラス』でその人物の将来が解るのだという。

 有益な『クラス』を持っていれば、孤児でも成り上がれる可能性がある。

 誰かがはっきりと、教えてくれたわけではないけれど、どうやらそういうことらしかった。だから、一応教育らしきものも与えられていたのだろう。少しでも高く『売る』為に。

 だからこの孤児院には、5歳以上の子どもはいない。

 5歳になったら全員が売られていくから。


「まあ、女なら多少見栄えが整っていれば別の用途もあるが、貴様らのような薄汚れた子どもでは食指も伸びんな」


 下卑た笑いを浮かべる男達。

 それでも必死に生き延びようと、彼らに媚びを売る子もいた。

 薄汚れているのは、お風呂にも入らせて貰えないからだ! とか。

 5歳の子どもに何をさせるんだ、と思ったけれど、大人に抗える力も助けられる力も、当時の私には無くって

 せめて勉強や仕事を頑張って、なんとか他の子の負担を減らすことくらい。

 文字も覚えて、計算もなんとか。

 頑張れば目端の利く子だと、少し可愛がられ生き易くはなったけれど、私達は相も変わらず人権のない存在で。

 誰もが生きて行くのが精一杯、何人もの子どもが耐え切れず、途中で姿を消していった。


 そんな中でリサは、私を特に慕ってくれた子。

 淡いストロベリーピンクの髪、瞳もルビー色で孤児院の中でも珍しい色合いだった

 行動はちょっとゆっくりめで5歳にしては身体が小さかったし、言葉の覚えも遅い。

 だから、大人達に虐待されていたのだけれど、声がとっても綺麗で歌が上手。

 いつもどこから聞き覚えたのか、可愛らしい声でハミングを口ずさんでいた。

 私が、前世からの記憶で、地球の唄を教えると上手に歌ってくれたっけ。

 懐かしくて、嬉しくて、涙がでてきちゃったことを覚えている。


「どうしたの? ステラ?」

「な、なんでもない。リサの歌声がとっても素敵だったから」


 きっと、歌手になったら人気者になるだろうと思った。

 可愛いし、歌も上手くて、そして優しいリサ。

 覚醒の儀が終わったら、一緒にはいられなくなるけれど、きっと歌の才能が買われるだろう。

 才能が生かされる所で、幸せに生きてくれればいいなと願ったものだ。


 そして辿り着いた五歳の『覚醒の儀』

 一人一人の子どもが、神官っぽい服を着た男の前に連れ出され、人の頭よりも大きな水晶球に触れさせられた。


『大工 レベル1』『農夫 レベル3』『剣士 レベル5』『勇者 レベル1』


 次々と『クラス』が読み上げられ、鉄製の札を付けられ振り分けられていく。

『クラス』というより仕事じゃない? とこの時思った。

 こんな幼い頃、ううん。生まれつきで仕事や人生が決められてしまうの?

 一度決まったら他の仕事に就く事とかってできないの? この世界?

 怒りと共に不思議な既視感も感じる。

 そう思っていたら周囲から弾けるような歓声が上がった。


『聖女 レベル10』


 どうやら特にいい能力だったようだ。

 同じ年齢の中でも特に顔立ちの整っていた子が、恭しくお辞儀をする騎士と共に別室に連れられて行った。あの子、性格は最悪だったんだけどなあ。可愛くて大人に可愛がられているのをいいことに、他の子をイジメたりしていた。彼女が聖女……って、世も末だ。

 次はリサの番。

 水晶は暫く点滅を繰り返した後、冷たい合成音のような声でこう告げた。


『……無能力』

「!」


 リサを見やる周囲の視線が一気に嘲笑、もしくは侮蔑へと変わる。

 くいっと、首で指し示した神官に頷いて、男はリサを乱暴に、どこかに引きずって行った。


「リサ!」

「ステラ!」

「とっと、来い!」


 心配で、追いたかったけれど、次は私の番。無理やり前へと連れ出された。

 私に在るのはどんな『クラス』なのか?

 ドキドキしながら水晶に触れると、どこか迷うように長い、他の子ともリサとも違う長い明滅を繰り返した水晶は


『サクシャ レベル20』


 そう告げたのだった。


 サクシャ? って、作者?

 そう思った瞬間、頭の中に電撃が奔った。

 もしかしたら、この世界って?

 周囲のざわめきが一層大きくなる。


「サクシャ?」

「なんだ? それは?」

「解りません。今までこの国始まって以来一度も現れたことのないレア『クラス』であることに間違いはありませんが」


 神官達もどうしたらいいか、決めかねているようだ。

 けれど。


「捨てろ」

「よろしいのですか? エルンクルス王子よ」


 神官のさらに後ろ。

 どうやらこの儀式の統括らしい豪奢な服を着た少年が言い捨てた。

 歳は十二~三歳? 多く見積もっても多分十五歳にはなっていないっぽい。

 金の髪、氷を切り割ったような蒼い瞳。

 見た目は整ったイケメンだけれど、冴えた冬の空気そのものの冷え切った眼差しを、『私』は、知っている。


「エルンクルス……王子? まさか?」


 でも、私の混乱や驚愕など気にも留めず、エルンクルス王子、と呼ばれた人物はその冷たい瞳も表情も動かすことなくそう告げる。


「人国が、我が国が、魔国との勝負と戦に勝利する為には一切の無駄など許されん。

 役立たずは切る。力持つ者は育てる。そうして、この国は育ってきたのだからな」

「それは、そうですが……。この娘は、けっこう目端が利いて……」

「初期レベルも高い。もしや育てれば化ける可能性もございますが」


 神官達が自分の命令に従わないことに、苛立ったのだろうか?

 明らかに不機嫌そうな眼差しで『王子』と呼ばれた人物は、


「捨てろと言っている。

 聖女や勇者のような平民に出やすい『クラス』ならともかく、平民に有用なレア『クラス』が出る訳はない。

 先ほど、待望の『聖女』が出た。『勇者』も見つかった。それらを育て私の代でこそ、『神の塔』を攻略し魔国を完全に滅ぼしてやる! そんな大事な時に不安要素しかない怪しい『能力者』など不要。ゴミだ」


 そう言い放った。

 その後は私の事をもう、見ようとさえしない。


「……解りました」

「待って下さい! エルンクルス王子! 私は! 私は……!!」

「下賤の民が、我が名を口にするなど、それだけでも万死に値する。連れていけ!」


 縋る私をちょっとだけ、庇おうとしてくれた人もいた。

 物覚えのいい私を可愛がってくれた孤児院の職員とか。


「これは、かなり筋もいいのです。下働きとしてでも残すことは……」

「煩い! 私の決定に逆らうのか?」


 でも、そんな人たちも『王子』の決定に逆らおうとはしない。

 憐れみの目で私を見るとそれ以上反論することもなく、乱暴な男達に引き渡してしまった。


「連れていけ。暗黒の谷送りだ」

「イヤ! 止めて! 放して!!」


 出来る限り、大暴れしてみたけど、そんな抵抗は無駄で。

 私達はリサや、外にも集められ芳しくない能力だと判定されたらしい者達と共に、どことも知れぬ谷に連れて来られ……


「落せ!」

「イヤだ、イヤだ、イヤだ!」

「このまま、死にたくない! 誰か! 助けて!!」


 崖から突き落とされたのだ。

 泣き叫ぶ、他の子ども達と共に。


「お願いです! 何でもしますから殺さないで!」

「……恨むならまともな能力を持って生まれなかった自分達を恨め!」


 落下していく空中で、私は必死に悲鳴を上げた。

 誰も、助けてくれる筈はない、と解っていたけれど。

 眼下に、密林と、赤黒い大地が迫ってくる。

 このまま、地面に叩きつけられて、死ぬのか!

 だったら、せめて、リサだけでも、私をクッションにして生きてくれれば。

 私が腕の中のリサに力を込め、目を閉じる。けれど。


「?」


 予想した衝撃はいくら経っても襲ってこなかった。

 逆に


「やれやれ。今年は予想より早かった。可愛そうなことをした」


 どこか、呆れたような苛立ちを宿した、でも優しい声と力がふんわりと私達を包み込む。


「生きているか? 娘」

「あ、貴方は、誰? ここは、一体?」

「……我が名は グリトリル。ここは、魔国。お前達のいた人国の、多分地下世界だ」

「グリトリル……様?」


 月光色の髪、射干玉の瞳、巨大な角。漆黒の翼。白皙の肌。朱の唇。

 この人、違う。この方の事も『私』は知っている?


「助けて、下さったのですか? 魔王……様?」

「? 貴様、私を知っているのか? 人国で、我が名を聞いて魔王だと即座に言える者など、おらぬ筈だが……」

「あ……いえ。なんとなく、強い御力をお持ちだと……思ったので」


 思わず零れて出てしまった問いは否定されなかった。

 やっぱり、そうなのだ。

 そう思う私に、魔国王 グリトリル様は哀れむような眼差しで首を横に振る。


「お前を助けた、というのとは少し違う。私の国に、これ以上使い物にならない、哀れなゴミを増やしたくなかっただけだ」


「ゴミ? ……ひっ……!」


 悲し気に目を伏せる彼の視線の先を追ってみれば。

 周囲を見まわせば、周囲には先に落とされた子ども達だったモノがいくつも、ひしゃげ、曲がり、地面を紅く穢していた。


「お前の声が、大気を裂いて私の元まで届いた。

 年に数度、人間どもは人間どもがゴミと称して子どもを捨てる。

 今年もその時期が来たのかと気付いて拾いに来た。

 間に合ったのはお前達だけだったがな」


 ゴミ……。

 そうか。私達は捨てられた。まともな力、『クラス』を持たない役立たずとして。


 俯く眼元から涙が零れる。

 浮かんだままの空中から、ぽつり、と落ちた雫が地面に染みを作った。


「私の……せいだ」

「何故、お前のせいになる?」


 私を気遣ってくれたのか?

 柔らかい言葉が降るけれど、私の頭には入っていなかった。

 その時、『私』の記憶と意識は完全に覚醒して、一つのことに気付いていたから。


 人国の第一王子エルンクルス、魔国の王グリトリル。

 光り輝く地上世界 人国。

 闇に包まれた地下世界 魔国。


 ここは、私が書いた小説の世界だ。


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