人国 呪われた恋人達
舞踏会のど真ん中。
大衆目視の中で伝えられた『魔王の伝言』に青ざめたのは勿論、グリームハルト様だけではなかった。
「ハールヴルズ! 貴様は自分が何を言っているのか解っているのか?」
「重々。ああ、我らが『魔王』と通じているというのは無しにして貰おう。
ヴェルフレア山の火口に魔物が降りたと聞き、部下に調査を命じた。
その時に現れた『魔王』エルンクルスが直々に授けて行った『言葉』を私は伝えただけだからな。むしろ……」
普段は滅多に他国の大公達に声を荒げることのないウィシュトバーン王太子様が、珍しくも怒気を露わにして怒鳴りつけているけれど、シャンカール大公はどこ吹く風。
気にも留めず、平然としている。それどころか
「その様子から察するに王家は王女とグリームハルト王子の結婚が『神の代行者』が直々に警告される程の危険事案だと知りつつも継続させていたようだ。
まあ、王家の秘密主義、カイネリウスの陋劣は今に始まったことではないが、解っていたのなら早々にグリームハルト王子を退かせ、王女に相応しき配偶者を探すべきだったのではないか?」
逆に煽ってきた。
ちょっと待て。色々と聞き捨てならないぞ。
「失礼ながら、シャンカール大公閣下に申し上げます」
「セイラ!」「王女!!」
私は一歩、前に進み出て、シャンカール大公閣下に礼を取った。
フェレイラ様やウィシュトバーン様が心配そうに止めて下さるけれど、今は黙殺。
こういうのは当事者が言わないと収まらないものだし。
「ほほう。セイレスティーラ姫、御自らの釈明でいらっしゃいますか?」
「はい。
『魔王』エルンクルスの『警告』そのものは出現直後に告げられ、フォイエルシュタイン王家も魔国上層部も理由や対策の調査を行っているものです」
「それで? 理由は判明したのでしょうか?」
探るような挑むような眼差しで私達を見るシャンカール大公。
私達、というのは勿論、私とグリームハルト様だ。
「まだです。残念ながら」
私ははっきりと告げる。嘘はつかない。つけない。つく必要もない。
何も隠すようなことはないのだから。
「そもそも、理由のない『魔王エルンクルス』の嫌がらせの可能性もあります。
信用ならざる相手の『警告』とグリームハルト様の万人を納得させる有能さを秤に乗せれば、今無理に婚約を解消する理由にはならない。私が婚約者を持たなくなることで新たに発生する騒動を押さえる為にも、当面は婚約を続けておくが得策と判断されての今です。非難される謂れはございません」
「確かに。魔国王女の寵愛を賜れば、人国の、無価値な男で有ろうとも稀なる力を授けられ、飛翔の勇者と称えられる。なれば慎重になるも当然。魔国と王家の深謀。知れば非難も文句もございませんとも」
「……ハールヴルズ……」
言葉だけ聞けば殊勝に聞こえるけれど、実際に会話してみれば、目の前の男性がそんなことを欠片も考えていないことが解る。
無価値ってなに! 無価値って。グリームハルト様に向けたあからさまな当てつけだろう。
国を背負う大公だというのに、一応の上司やライバル、上役を前に一切の忖度なしの態度、座り切った南国の海色の眼は逆に嵐の前に静まり返った海のようで怖い。
色々な意味でいらないモノを切り捨てたであろう大公閣下は平然と爆弾発言を、お手玉のように弄び投下し続ける。
「ただ、我が国には少々、理由に心当たりがございます故」
「何?」「え?」「心当たり?」
「はい。我らの考えが正しければ、確かにお二人の婚姻は許されることのない絶対の凶事。呪われた恋人達を『神』も『魔王』も。地の底の獣ですら、祝福することはありますまい」
明確な呪詛に私達が目を見開く中
「止めろ!」
「グリームハルト様?」
今まで、ずっと沈黙の海に沈んでいたグリームハルトが声を荒げた。
「セイラは、我が半身。欠けたる半分にして掛け替えのない光の乙女だ。
それを、何故、貴様などに彼女と、その婚姻が呪われなければならない!」
「お二人を呪うのは我らに有らず」
燃える炎のような怒りは、けれどシャンカール大公は大した意味も価値もないと言わんばかりに受け流す。
「国の矜持と一人の乙女の幸福を踏みにじった、全ての大人達であると、言っておきましょうか」
「馬鹿にしているのか! 貴様は! 質問に応えろ!」
「まあ、今はまだ、我らとて絶対の確信があるわけではありませんので、ここまで、と」
私とグリームハルト様の二人にだけ。
国王陛下や王太子様達さえもガン無視で仰々しいお辞儀をして見せたシャンカール大公は、顔を上げ確かな笑みと共に告げた。
「真実を知りたくば、シャンカールに足をお運び下さいませ。
特にセイレスティーラ姫。人国の孤児から魔国にて咲いた奇跡の薔薇には、お探しであろう姫君の翼。『真実』をご提示できるやもしれません」
「私の……『真実』?」
「はい。
お待ちしております」
場を乱した一切の謝罪なくシャンカール大公とその一団は去って行った。
舞踏会場からも、その足で退場したらしいから、もう話をするつもりもない、ということだろう。
魔国王女に貿易交渉を行うでもなく、国同士で会話をするでなく。
国として、王として、長く今後もやっていこうと思ったら有りえない行動にシャンカール公国なりの本気を感じる。
全てをかなぐり捨てようとも目的を果たそうという無敵の人のソレだけれど。
ただ、その本気の向こうが見えて来ない。
国や、私やグリームハルト様に呪詛を吐き、巻き込んで。
一体何がしたいのだろうか?
意図も思惑も読めないシャンカールの背中を見送りながら、私は無意識にグリームハルト様の手を握りしめていた。
しっかりと。互いの思いと存在を、確かめるように。