人国 『魔王』からの『伝言』
当然ながら、ではあるのだけれど舞踏会という公式の場でのシャンカール大公のこの態度は国を預かる者として、貴族として。
到底褒められたものではなかった。
「控えよ。ハールヴルズ。今はまだ姫君と我々が話し中なのが見て解らんのか?」
会話中だったカイネリウス大公が眉をしかめ、私を守るように立ち塞がるけれどシャンカール大公はフン、と鼻で嗤って見せた。
「黙れ。ブルグネスキ。順番ぬかしはお前達の方だ。ほんの僅か国力が上がったと有頂天になり、我らをないがしろにする。娘も娘なら親も親だな」
「落ち着くがいい。二人とも」
仲介に入ったのは国王陛下。
とはいえ、お二人の間に立ち上る諍いの火花は今も全く消えようという気配はないけれど。
「今は魔国王女をお迎えしての式典と舞踏会の最中。醜い争いは後にするがいい」
「我々は別に喧嘩を売るつもりはございません。
いつも、終わったことに因縁をつけ、騒動を引き起こすのはシャンカールにて」
「ふん! 一度たりとも我が国に負債の返済を行ったことのない厚顔無恥が偉そうに」
「落ち着けと言って居る! 特にハールヴルズ。何度も言って居る筈だ。エルネリアを娶ると決めたのは神意であり、私だ。咎は私が背負うし、シャンカールには多額の賠償も行った。ウィシュトバーンの第二妃として王女を迎えもした。
それでもまだ遺恨を持ち続けるというのか?」
「重ねて申し上げるが、カイネリウスも横入りのエルネリアも一度たりとも我らに負債の返済をしていない。謝罪が齎されたこともない。故に許しを与えるつもりはない」
「我らになんの罪が在る? 王に懇願され王女を嫁がせただけだ。本来王妃の出身国に与えられる一切の権限も放棄したし、何より貴様らは……」
明らかな怒気を纏い、拳を握りしめるカイネリウス大公。でも純白のシャンカール大公の表情は怖いくらいのポーカーフェイス。無表情で冷徹に同じ言葉を繰り返すのみだ。
「我々は、カイネリウスの『罪』を許すつもりはない。大地が崩れ落ち、天が喪われようとも決して、だ」
「…………シャンカールは」
「?」
「グリームハルト様?」
そんなシャンカールに、言葉を返したのはグリームハルト様。
「シャンカールは、僕らからかけがえのない宝を奪っておいて、まだそのようなことをおっしゃるのですか?」
声を荒げた訳ではない。冷静に、できるだけ怒りや思いを爆発させないように、と努力されてグリームハルト様が今の言葉を発したのが解る。同じ眼差しを少し後方。国王一家の中で、おそらく第一妃、第二妃様に止められ、前に出ずにいるエルネリア様も。そしてカイネリウス大公も宿している。
皆様の瞳に共通しているのは憎しみと哀しみ。
喪われた大切なモノを想う気持ちが宿っている。
けれど、
「……何を言っているのか、解らぬな。グリームハルト王子」
そんなものは一切意味がないというようにシャンカール大公は踏みにじっていく。
「シャンカール大公閣下!」
「『シャンカール』は何も、お前達から奪ってはおらぬ。我らが何かを奪ったとしても、それは貴様らの罪の負債の返済。文句を言われる筋など無いが、そもそも我らの手には何も得られていないのだ。
謂れなき責めはお門違い。虚言、虚妄は程々にされるが良かろう」
「!!」
「グリームハルト様!」
今にも飛び掛かっていきそうなグリームハルト様を、私は両手を掴み、引き留めた。
寸でで足を止めて下さったけれど、怒りの炎は消えていない。
むしろ、油を注がれ燃え上がっているようだ。
「まあ、魔王出現の折、その対策にあたる王子の機嫌と立場を損ねるは得策ではない。今の発言は聞かなかったことにしておく。
そして改めて要請しよう。シャンカールに『魔王の獣』
その出現が確認された。早急に行幸を賜り、対処を願いたい」
「『魔王の獣?』 どういうことだ。シャンカール大公。
昨日の事前報告会にはそのような話は無かったではないか?」
そう問うたのはウィシュトバーン王子だ。まだグリームハルト様は怒りを鎮め切っていない。ぽんと、グリームハルト様の背を叩き間に入って下さったのは、きっと冷静になれ、という兄心だろう。
流石のシャンカール大公も、それ以上の口を挟むことなく、本題を申し述べる。
「今朝、通信石で本国より、連絡があったのだ。
『シャンカール最高峰、ヴェルフレア火山の火口に巨大な赤色竜が降り巣食ったようだ』と、ヴェルフレアは今も生きた炎の山。十数年に一度火と灰を吐き出しては、周囲に災害と実りを齎す。
その山を『魔王』に奪われるのはシャンカール百万の民の命を奪われるも同じ。
早急に国に赴き対処を願いたい」
話にもあった『魔王の介入』。順番的にもシャンカールに来る可能性は予想されていたし、不自然はない。けれど
「……赤色竜が『魔王の獣』と決まったわけではない。シャンカールの災厄はシャンカールで対応されればよろしい。私が行くまでもなく、まして魔国王女の行幸を願う筋もない」
グリームハルト様は、完全に機嫌を損ねている。
当然だね。
さっきまでの態度は、国を助けに来てくれと頼む側の態度じゃないもの。
けれど……シャンカール大公は紡ぐ。
「『そろそろ、期限だ。グリームハルト』」
「!!!!」
謳うように頬を緩め。自分のものではない言葉
「『一刻も早くセイラとの婚約を解消したまえ。
さもなくば、多くの人間が不幸になると言った筈だ』」
「な! い、今の『言葉』は?」
「『魔王』からの『伝言』だ。この言葉の真意を知る為には、王女も一緒でないとならないのではないかな?」
『伝言』を不敵な笑みと共にその口元に乗せて。