魔国 戻ってきた少女
私がアカデミアを休職、という形で後にし、魔国に戻ったのはリュドミラ王女の追放劇からまる五日が過ぎてからの事だった。
「お帰りなさい! ステラ!」
「ただいま、リサ! 元気にしていた?」
ヴィクトール様と一緒に魔国王都に帰りつき、着替えの為に戻った親方の屋敷で、私を飛ぶように出迎えてくれたのはリサだった。
「うん。王妃様のところで、今、楽師のれんしゅうしてるの。毎日たのしーよ」
「それは良かった」
「やっとセイラも帰ってきたか」
「ウォルは、とっくに帰って来ているのに、貴女がなかなか戻ってこないから心配してたのよ」
「あ、親方。奥様。
ちょっと色々ありまして。ご心配おかけしました」
親方もどうやら、私が戻ってくるという連絡を受けて、リサと一緒に待っていてくれたらしい。親方の大きくて、でも優しい指先が、私の頭を撫でる。
髪の毛がくしゃくしゃになるけれど、私を受け入れて、大切に思ってくれているのが伝わるからちょっと嬉しくなる。
リサがすりすりと私に頭を摺り寄せて甘えてくれるのも、嬉しい。
私にとってはやっぱり魔国が帰る所、居場所なんだ、と実感する。
「リサ。
私、これから魔王様に挨拶したり、お仕事したりがあるの。家に戻ってゆっくりできるまでにもう少しかかるかもしれないけど、待っててくれる?」
「え~。せっかく、今日は一緒に寝れると思ったのに」
あからさまに不満げな表情を浮かべるリサだけど、私の事情とかやりたいことは理解してくれているので
「早く帰って来てね」
「うん。頑張る」
ぎゅっと、私を抱きしめる手に、一度だけ力を入れると少し頬を膨らませながらも、許してくれた。
身支度を整えて城に戻り、謁見を申し込んで直ぐ。
「ただいま、戻りました。魔王様」
「話は聞いた。ご苦労だったな。セイラ」
お忙しいであろう魔王様は、でも、速攻、と言ってもいいくらい、待ち時間ほぼなしで謁見に応じて下さった。
「投獄されたと聞いたが、正体が知れた訳ではないのだな?」
「はい。むしろアインツ商会の品物が好評に過ぎて、それを継続的に入手したいという思いを王族が暴走させた結果であるようです」
「お前が整えた『アインツ商会の品』はどれも高品質かつ魅力的な品ばかりだからな。
おかげで魔国の生活水準もかなり上がった」
「ありがとうございます」
「やはり一番は砂糖だな。あれの味を一度知ってしまうと、無かった頃には戻れなくなる」
人国に魔国からの正式な諜報組織を作るにあたり、商会を作ることは直ぐに決まったけれど、新参の移動商人が国の上層に食い込むのは簡単な話では無い。他の商人には真似できない『商品』がいる。
宝石や鉄鋼などは人国が涎を流して欲しがることが目に見えているけれど、魔国との繋がり、密輸を連想されやすい。
魔国産の、でも一見して魔国の品物と解らず、それでいて人国の人々が喰いつく魅力的な品物を色々と考え、探し見つけたのが『砂糖』と化粧品、だったのだ。
中世異世界で食物チートをする話で、いつも主題になるのが『甘味』。大抵、入手困難な希少品として扱われる。
それはこの世界でも同じで、南方の特別な所でしか入手できない希少な品で、同じ重さの金と引き換えられていたそうだ。代替品が無いかと国中を探してみてもらった結果、魔国で大根と似た扱いをされていた植物を見つけた。多分、向こうの世界でいうところの『甜菜』砂糖大根だと思う。薄く切って温水に浸すと糖分が解け出て、それを煮詰めると砂糖ができる。根菜類はかなり良く育つ魔国。
特に砂糖大根は、寒さにも強いから本気の栽培を試みた結果、数年でかなり安定した生産が可能になったのだ。
砂糖を人国に持ち込み、資金を作り。
北方の荒れた林野と廃村を買い取つけてアインツ商会の拠点とし。そこでも砂糖作りを始めた。近くにサトウカエデの木を見つけられた幸運も味方して、数年で、人国で流通する砂糖の半分以上を、アインツ商会が寡占するようになった。
「私は砂糖の軍事利用なんてまるで考えていませんでしたけれど、私を助けて下さった王子もそんなことを言ってました。やっぱり上の方はそういう考えになるんですね?」
「無粋な話ではあるが即効性が高いからな」
砂糖の販売で、人気と信頼を得た所で、葛粉をベースにしてセレナイト。雲母を混ぜたファンデーション、赤色鉱物を利用した口紅などの化粧品も販売を開始する。こっちも、中世異世界の定番不足部分。綺麗になりたい女性陣は確かな品であれば、お財布のひもが緩くなることは立証済みだ。
植物油は人国産の植物油を買い付けているけれど一人分の化粧品に使う量はたかが知れているし、単価が高いので十二分に元が取れる。
各地に子どもを作る為に隠れ住んでいた魔国の民を呼び集めて、雇用を確保しているので情報漏洩も心配ない。
「呼び出された時は、私も正体が知れたかと思いましたが、そうではなく、雑な手段で取り込もうとしただけだったので。
投獄されても殺されることは無いだろうと、安心できました。今回の件で相手に貸しを作れましたから、これからはより強気に足元を見て、商圏を広げて行けると思います」
「頼もしいな」
特別な配合で作られているので、人国では購入した品の成分分析や、復元を模索しているようだけれど、肝心な所の材料が手に入らないから、成功には至らず。
結果、こちらも化粧品の方も、独占状態だ。だから、第二王女はあんな強硬手段で、私を取り込もうとしたのだろうな、と今なら理解できる。まあ、相手にも意思があり、考える頭があるなどと思いもしない王族の、本当に雑な思考と行動だけれど。
ヴィクトール様は私を送り届け報告を終えた後、向こうに戻ったけれど、これから王都への砂糖と化粧品の供給をストップさせるのだと言っていた。
暫くの間、窓口はシャルル王子とか、私達が拠点にしているエリアの領主とか、本当に限られた所だけになる。私とリュドミラ王女がいなくなった事でアカデミアの女性陣は化粧品の入手経路も失う。シャルル王子の株は上がり、アルティナ王女はもしかしたら色々と責められるかもしれない。
ちょととざまぁ、って感じ?
この目で見れないのが残念だ。
と思う私は性格がかなり悪いと自分でも思う。
「あ、そう言えば、リュドミラ王女は無事救出できたのでしょうか?」
会話の区切りで、気になっていたことを聞いてみた。
アルティナ王女についてはどうでもいいけれどたった一人で魔宮に閉じ込められているリュドミラ王女のことは心配だ。
亡くなる事はない筈だけれど、長すぎる孤独は彼女の心を苛んで魔王に変えてしまう。
「まだだ。お前の言う通りの場所から、人国の魔宮に潜入はできたようだが、魔国のそれと構造などが異なり、ウォルも同行しているがかなり苦戦している様子。
戻ってきたばかりで悪いが、合流しお前も探索に加わって貰えないか?」
「御意。発見した場合も、私がいた方が話をしやすいと思いますし」
「頼む。彼女が望むなら、魔国で受け入れる意思はある」
「ありがとうございます。では、準備ができ次第直ぐに向かいます」
そうして私は王宮からその足で準備をして貰い、王都の外れにある向かった。
『神の与えた試練』
小説の主舞台である魔の迷宮に。