人国 恋人たちの決意
私は、グリームハルト様という檻に心も体も絡めとられていた。
眼差しも、私を掴む掌も、固く凍り付いたように冷え切っている。
身動きも拒絶も、ちょっと出来そうにない。私にできるのは
「私は、ここにいますよ。ちゃんと、グリームハルト様の側に」
瞳を見つめて真っすぐに彼に向って微笑みかけること、それだけだ。
三年間、お付き合いを続けて来て知った事、感じた事がある。
それは、グリームハルト様が見た目以上に大きな傷を背負っておいでだということ。
皆様が示し合わせたように私には教えて下さらないので何があったかまではまだ知ることができないけれど、誰にでも優しいのは表だけのことで、実は大事な誰かが傷つく事、喪われることにとても敏感で、恐怖感をもっておられる。
そして
「うん。君が僕の腕の中にいる。
それだけで、今の僕は満たされている。焼け焦げた暗闇が、光満ちた春の野に変わる。
だからこそ。君のいない日々が耐えられないんだ」
何故か、今は、私にその執着が向いているのだ。
私が側にいると恐怖感や渇望が薄まるらしい。
普段は優しくて素敵な文句のつけようのない王子様。
でも、時々こうして箍が切れてしまうことは今まで何度かあった。
私の前で、だけだけど。
「世界を守り、魔王や魔物と戦う事も、君がいる世界を守ることもだから苦にはならない。でも、君と離れ離れの時間が伸びるのは辛いんだ」
「これからの長い時間を一緒にいる為に、頑張ろうって言ったのはグリームハルト様じゃないですか?」
「ああ、その気持ちに今も変わりはない。
けれど一度、春の日差しを知ってしまったらもう冬の城には戻れない」
「グリームハルト様」
「寒いんだ。君がいないと。僕は……もう、ホントに限界で……」
どこか視線に狂気さえも孕む執着。
誰よりも優しくて寂しがり屋で、……傷ついている。
だから、私は彼の首に手を回し、ちょっと腹筋。そして、そっと口づけた。
唇を割り重ね互いを確かめあう深い深いキス。
互いの思いと気持ちの交換は、砂漠に水が染み入るようで……乾いた心と体を癒してくれる。触れあっているとお互いに、一番近しい魂を持っていると感じるのだ。
私がキスをするのは『魔国王』の力を分ける事。
お義父様の禁止事項ギリギリなのは解っているけれど、怒られてもいい。
これはある種の医療行為だし、許可も得ている。
何より今、私が大切で大好きなこの方にできるのは、これくらいだから。
「セイラ……」
暫くお互いのぬくもりを交わし合い、グリームハルト様が私を開放して下さった時には、瞳から余裕のない凍てつきは消え、温かみのある優しいものに戻っていた。
「寒さは、消えましたか?」
「ああ。ゴメン。自分の感情がまたコントロールできなくなっていた。
本当に……、エルンクルスを哂えないな」
「いえ、多分、私達のせいなのでお気になさらず」
「そう言われると身も蓋もないけど」
グリームハルト様が私に対して時々、強引な熱を向けて来る事に対しては、お義父様に報告してある。そして仮説が立てられていた。
『魔国王の力によって変質したグリームハルトの身体が、本能的に『親』を求めている可能性がある。あまりグリームハルトが乱れた時には相手をしてやれ。情報も欲しい。許す』
って。
「お義父様は『魔国王の力』はヒトの身体に入ると身体を作り替えて何らかの作用を与えるんじゃないかって言ってました。
魔国に親しみを持たせるような。
でないと、グリームハルト様に私が特別に見える理由がありませんから」
向こうの世界でいうとウイルス的な何か?
それで人の身体を強化して強い『王』を作り上げてきたんじゃないかという説は信憑性がある。でも、グリームハルト様は頭をはっきりと横に振った。
「いや、そこは否定させて欲しい。僕にとって、君が特別に見えるのは君と体液交換する前からだからね」
「じゃあ、なんででしょうね?」
「それは勿論、君が好きだから」
ぼん!
頬が一気に上気した。
正気に戻った途端、こういうことをさらりと言っちゃうところが王子様なんだよね。
「僕はもう、君無しでは生きていられない。
それは、君に力を貰う前から変わらない事だよ」
「グリームハルト様!」
「こうして、君と一緒にいると焼け焦げた世界に色が宿る」
私に手を差し伸べ、ソファから起こして下さったと思ったのに、後ろからぎゅっと抱きすくめられた。伝わってくる微かだけれど確かな震え。背に落ちる熱と雫。
柔らかい言葉と態度に隠されているけれど本当に、『焼け焦げた世界』と零すグリームハルト様の傷はどれほどまでに深いのだろう。
「だから、早く魔王を倒して、課題を果たし、君と魔国に行きたい。
ずっと共にいたい。
どうしても『魔宮探索休止』は覆らないかい?」
「はい。さっきも話した通り『魔王』を倒したら、一気に世界が終わりに進んでいってもふしぎはないですから」
物語は『魔王エルンクルス』を倒して終わりではない。
むしろ、そこからが本番だ。
「私も、この世界が大切です。グリームハルト様やお義父様、シャルル様やウォルやフェレイラ様。皆が生きるこの世界で、グリームハルト様と一緒に生きていきたいです。
だから、一緒に方法を考えて行きましょう」
「ああ。本当にごめんよ。冷静さを失ってたみたいだ」
頷いて下さったグリームハルト様は私を開放してくれたので身を離す。
「『魔王』は塔に乗り込むだけじゃない。幸いと言っていいかもしれないけれど、奴は人国には顔を出すんだ。
奴を捕らえる方法をなんとしても考える。そして倒す。絶対に」
「はい。どうか、その意気で私も応援していますし、方法も考えますから」
「うん。頼むよ。僕も諦めずに探す。君とこの世界で共に生きていける方法を」
そうして顔を見合わせあい、キスをする。
今度は治療目的じゃない。心を伝え、交わし合う為のキスだ。
グリームハルト様とこうして触れあっていると、幸せを感じる。
生まれる前から一緒だったような、わたしがいるべき場所にもどってきたかのような安心感は、他の誰にも感じないモノ。
これが本当に愛なのかは解らないけれど、でも守りたい。
大切にしたいモノなのは確かなのだ。
改めて決意する。
私は、私の大切なモノがあるこのヴィッヘントルク世界を守る。
それが、例え、かつての私や私が生まれた世界に背くことになろうとも。