人国 魔王エルンクルスの活躍(?)
誕生から約三年。
魔王エルンクルスは名乗るその名に恥じない第三の『王』として『魔宮』。
いやヴィッヘントルク世界に君臨していた。
『魔宮』に『魔王』がいないと魔物達の力は弱まる。
故に『魔王』は出歩くことはせず、待ち構えている。
魔国と人国の王様が国の柱で、国をほぼ出て行けないこともあり、私達はそう思い込んでいたのだけれど。
そんな常識に拘らず捕らわれず。『魔王エルンクルス』はもう!
ヴィッヘントルク世界を縦横無尽に駆け回り人々を苦しめていた。
人間の部下がいる訳でもないのに実に勤勉。
「確認できただけで八公国のうち、六の国で暗躍が確認されました」
現在、人国に残された三人の王子はそれぞれ、第二王子ウィシュトバーン様が王太子としての政務を。
第三王子グリームハルト様が主に魔王エルンクルス対策を、そして第四王子シャルル様が『魔宮』探索を担当している。だから地上世界での『魔王』に関することはグリームハルト様が説明していた。
「殆どの国では魔物を放ち、それらが暴れるに任せているようですが、農業国であるタージホークでは炎の魔物。カイネリウスの北の海には海の魔物、というようにその国に最大の害を齎す魔物を選んで放っているようです。
さらに貿易拠点であるエッシェンドルフでは仕事の無いごろつきを纏めて野盗のようなこともさせていました」
「まったく。
頭にも入っていまいと思った王子教育の数々。
各国の特徴や性質を理解し、記憶しておったのか。
その才を人であった時に発揮してくれればよかったものの」
吐き出す国王陛下を前に、私は沈黙する。
魔王になる前はある種の病で『できなかった』と言うのは慰めにはならないだろう。
「人も操るのか? ああ、そうか。人の精神操作ができるんだもんな」
ウィシュトバーン様が納得したように独り言ちた。
ミアの力を借りているか、それとも魔王の力として得ているのか解らないけれど、以前精神操作を行って一般兵を操ったことがあった。あれと似た感じで操作されていたら人間だって魔王の配下になりうる。油断できない。
「ええ。どれも対策を講じて向き合えば、どうにかできる程度のもので、死者なども殆ど出ていませんが、人々や各国の成長の妨げになるのは確かです。
一応、今あげた事例は全て解決し、改善に向かっております。ただ魔王にとって、各国に騒動を齎すことに一体何の意味があるのか、まったく解らず、常に後手に回っているのが歯がゆいところです」
「『魔王』を視認できたことは?」
「大魔性を退治出来たときに二度、あと、とある地方領主を唆した時は自ら降りてきて変装しておりましたが、正体が割れるとあっさり転移術で逃亡いたしました。
曰く『これは試練、ですよ。貴方達の成長を促す為の、ね』だそうです」
「転移術はやっかいですね。シャルル。
今までの攻略でも新たな転移術の習得はできなかったんだよな?」
「はい。転移陣の改良形などはあったのですが」
「魔国側にもありませんでした」
「なら、やはり当面は四人のみ、ですな」
ちらり、と国王陛下が私とグリームハルト様を見やる。
けど、知らんぷり。
何度か、私とキスをすると『転移術』が使えるようになるのかとやんわり聞かれたけど、そんなことはないので!
お義母様との実験の後、実はロキシム様とだけ、試したのだ。
お義父様の断れない命令でどーしようもなく。
でも転移術は移らなかった。『視力』は上がった、と言っていたけれど。
以降、金に糸目は付けないから試させて欲しいと何度か要請はあったけれど全て、全力でお断りさせて頂いている。
「残るはプルネシアとシャンカールか。
魔王の狙いが我らへの嫌がらせ、基『神の試練』であるのなら、全ての国に災いの種を撒くとも限らんが、注意はしておいた方が良いな」
「シャンカール……」
「グリム。お前の気持ちも解るが、私怨はなるべく捨てろよ」
国の名前を聞いただけで嫌悪の表情を隠しもしないグリームハルト様の様子に、私はとっさに横を見やる。
私の隣で静かに頭を振るのはフェレイラ様。
以前、グリームハルト様と第三王妃様は八公国の一つシャンカールと、同じ空を仰げないくらい、仲が悪いと聞いたけれどその流れの話だろうか?
「解っています。そのくらいは弁えていますよ」
実は。
私は遺恨についてもまったく、理由や話は聞かせてもらっていない。
明らかに言いたくない類の事であろうから。
「個人的にはシャンカールなど滅んでしまえと思うのですが、民には罪はありませんからね。その時には全力を尽くします」
シャンカールは南国。
サトウキビの生産地で、アインツ商会ができるまで、砂糖と言えばシャンカールのものだった。魔国の躍進の元となった砂糖の言わば既得権益。
砂糖だけでなく、他の香辛料などもお持ちなのでそこまで大ダメージという訳でもない感じだと思うけれど、魔国の砂糖販売や、お菓子の展開をあまり良く思っていないようだ。
アインツ商会が来るまで、かなり強気でつけていた砂糖の値段を今なお下げないので砂糖は相当な在庫過多になっているだろうし、お菓子類もあまり売れていない。
今はアインツ商会の主品目を砂糖から化粧品と宝飾品に絞って、菓子類の委託をカイネリウスに委託しているのだけれど、グリームハルト様と仲が悪い=カイネリウスと仲が悪い、だからね。
私とも距離を置かれている感じだ。
なんとなく機会が無くて先延ばしにしてきてしまったけれど、聞いたら教えて頂けるだろうか?
「解っています。ただ、今の魔王エルンクルスは頭が回るので、各国一度ずつ、とは限らないかもしれません。既に仕掛けた国にもう一度、ということも有りえます。十分な警戒を各国に指示しましょう」
人国、自分を捨てた王家への怒りと憎しみが行動動機の全てであり、ほぼ『魔宮』から出て来なかった小説の中の『魔女王 リュドミラ』よりも『魔王エルンクルス』はずっとアクティブでやっかい。
もっとも、強大で共通の巨悪『魔王』がいるから、魔国と人国が手を結んで、協力体制を築いていられるのだけれど。
ふと、私に宣戦布告してきた時のエルンクルスの、知的でどこか哀しい眼差しが瞼の裏に浮かんで心臓がきゅっと痛くなる。
…………私のせいだ。
「どうなされた? 王女?」
「なんでもありません、お気になさらず」
「左様であるか。王女はもはや、魔国、人国を国王とは違う意味で支える柱でおられる。
無理はなさらぬよう」
少し怪訝そうに国王陛下が問いかけて来たので 私は頭に浮かんだ思いを打ち消すように首を振った。思う所は御有りだとおもうけれど、陛下が何も聞かないで下さったのはありがたい。
「魔宮探索の方はどうなっておられる?」
「魔国側は魔宮90階に到達致しました。
ここから、おそらく最奥となる100階までは同位相となっている可能性が高いので現在人国の到着を待っている所ですね」
「こちらは、82階です。多分二週間ほどで追いつくと思います」
私の返事に今度は、シャルル王子が応えて下さった。
「あと二回のフロアボス戦を残しているので、少しお待たせしてしまうかもしれませんが」
三年の時がヴィッヘントルクに齎した変化は、街の中だけではない。
世界のある意味中心たる『魔宮』にも大きく。
そして確信に近づく最後の変化が齎されようとしていた。