人国 魔国との交流
魔国と人国が友好条約を結び、早三年。
この三年はとても密度濃く、進歩の早い期間だった。
ヴィッヘントルク世界の今までの歴史五十年に匹敵すると言われる程に。
まず、今まで冷戦状態であった人国と魔国との国交が回復し、通商と友好条約が締結された。これは一年の期間限定だけれど、今まで二回更新されている。今年、明日から行われる会議で更新されれば三度目だ。この日は『魔国祭』と呼ばれてちょっとしたイベントになる。
私は魔国王女。王の名代として招かれているのだ。
「ようこそいらっしゃった。美しき魔国の薔薇よ。
貴女がいらっしゃらない間の人国は星と月の煌めきの無い夜のようであった」
人国 王都。フォイエルシュタイン王城。
謁見の間。
私は満面の笑顔(?)で迎えてくれる国王陛下に丁寧なカーテシーで礼を向けた。
「お久しぶりでござます。フォイエルシュタイン国王陛下。
人国よりの友好を賜りましたおかげで魔国は、子どもを始めとする数多の笑い声が街に零れ増え人々の食生活も充実し、より良い日々を送れるようになりました。心から感謝申し上げます。
父からも良しなにと、お伝えするようにとのことです」
「うむ、こちらこそ、魔国の技術、知識供与のおかげで生活が大いに向上した。礼を言う。とはいえ、得れば欲が出る。まだまだ要望は尽きぬが詳しくは明日以降の会議で改めて話すとしよう」
「かしこまりました」
「とりあえず、今宵は細やかな宴を用意した。
身内のみだがゆるりと、魔国の知恵と人国の恵みの合わさった料理を堪能され、明日以降の英気を養って頂きたい」
「ありがとうございます。私もフェレイラ様やエルネリア様とお会いできるのを楽しみにしております」
「うむ、積もる話や報告はその時に」
「はい。では失礼いたします」
ご挨拶をした後、第三王妃様の館へ。
私が人国に滞在する時にはこちらの一室を控室代わりにお借りしている。
「ご無沙汰しております。エルネリア様」
「いらっしゃい。セイラ! また、随分と背が伸びたのではなくて?」
「それほどではないですけれど、一年ぶりですし、成長期なので少しは伸びたかもしれません」
グリームハルト様のお母様。第三妃エルネリア様が玄関まで出てきて迎えて下さった。
私の事をいつも娘のように可愛がって下さる。
魔国のお義母様とは違うベクトルで大好きで、大切な方だ。
身長が低め(145cmくらいかなあ)いらっしゃるので、実はもう追い越した。
とは言っても私の身長は150cmくらいなので同じくらいの目線。
暖かく優しい眼差しは本当に「おかあさん」だ。
「毎年、貴女にも少しずつサイズを上げたドレスを作らせているけれど、今年は合わないかしらね」
「いつもお心遣いありがとうございます。
滞在中はいつものようにお世話になります。
会議と調印式、その後の舞踏会用のドレスは魔国のものを用意してきたのですが、もしできれば今日の晩餐会には、ご用意して頂いたドレスをお借りしてもいでしょうか?」
「ええ、勿論よ。嬉しいわ。一緒に行きましょうね」
三年前、最初にここに来た日服を汚してしまい、着替えにお借りした子ども部屋が、今は私用の客間になっている。
「実は、幼くして死んだ妹の部屋になる筈だったんだ。
一度も、誰も使ってない。もし、イヤなら別の部屋を用意するけれど」
とグリームハルト様に言われたのは婚約して一年目の魔国祭の時だった。
一年ぶりの再会が嬉しかったし、エルネリア様やグリームハルト様と少しでも一緒にいたかったから受け入れてお借りしている。
幼い頃、火事で亡くなったという妹姫がいた。その話を聞いて色々と腑に落ちたのだ。
最初の頃、エルネリア様や、グリームハルト様が私にどことなく、誰かの影を見ていたことには気づいていたから。
昔、『大切な存在を守れなかった』『また、喪ってしまう』とグリームハルト様が零していた時があったけれど、それがきっと妹姫だったのだろう。まだ、詳しい話は聞いていない。いつか、話して下さる日が来たらちゃんと向かい合いたいと思っている。
「この薄紅色のドレスがいいかな?
リサ、着替え手伝ってくれる?」
「うん。任せて」
夕刻。
「では、一年ぶりに地上に咲き戻った黄金の薔薇に」
「そして人国と魔国、両国の友好が永く続くことを願って」
「乾杯!」
国王陛下の約束どおり、小規模だけれど王族の揃った晩餐会が開かれた。
杯を掲げ、隣の席の者と合わせる。
向こうの世界と同じような乾杯があるんだな、最初に魔国で宴席のお手伝いをした時には思ったけれど、この世界と向こうの世界は間違いなく関係があるのだから今更だろう。
私の右隣はグリームハルト様。反対の隣は第一王女のフェレイラ様だ。
多分、気を遣って下さったのかな。
長方形の卓の短辺には国王陛下が座っていらして、隣は第一王妃ウルスラ様。
長辺の手前、一番最初がエルネリア様で、反対側の手前が第二妃様だ。お隣にウィシュトバーン様が座っていらっしゃる。
シャルル王子も同席していて、ウィシュトバーン様の隣、私の真ん前だ。
お母様は御身分が低いとのことで、公式の場には滅多に出て来られない。
厳密に上座とか下座とか気にしだすとめんどくさいのは向こうもこちらも一緒。
私は気にしない。
美味しいご馳走を前にした食卓だけれど、皆様国のトップに立つ方達だから話題は自然と政治や商業の話になっていく。
「セイラ様。いつも素晴らしい魔国の品をお贈り下さいましてありがとうございます。
今や魔国産の宝石やアクセサリー、そして化粧品が流行の中心ですわ」
三年間の間に王妃様達とも顔を繋いだ。
第一妃ウルスラ様。第二妃セシリア様とも幸い、表向きだけかもしれないけれど、小娘と侮ったりせずに応じて下さっている。
それが化粧品とアクセサリーという女性垂涎の品を抱えているからだとしても。
ウルスラ様はシルバーブロンドに蒼い瞳。髪を結い上げたキリリとした風貌は正しく国の母。王妃といった感じだ。セシリア様はブルネットにハシバミ色の瞳、華やかさはウルスラ様に一歩引く印象だけれど、瞳に宿る頑強な眼差しは一歩も引いていない。
こういうパワー強めの方に囲まれ圧せられて来たのならエルネリア様のような可愛いタイプに惹かれるのも解る。
ちなみに、第三王女様のお母様や、第四王子のお母様とは一度ずつしかお会いしていない。どちらも貴族ではないから、とのことだけれど、リュドミラ様のお母様は無事をお伝えしたらとても喜んで下さった。シャルル王子のお母様は、今も女性騎士を束ねておられるのだそうだ。キャリアウーマン。
っと話がそれた。
「第一位妃様にお気に召して頂けたのでしたら細工師や研究者達も喜ぶ事でしょう。
人国の流行を作り出す皆様方が、価値を理解し、魔国の品を進んで取り入れて下さいますからこその人気、ですから」
「特にガラスビーズは今、良質のものは宝石と変わらぬ値段で取引されておりますの。
増産や技術の伝授は難しいものでしょうか?」
「作り方だけお知らせしても、珪砂や色付け用の染料などの入手問題もございますから」
「そうですわね。ダージホークも近年買い取らせて頂いた白粉の調合と生産に取り組んでおりますが雲母や宝石粉の入手が困難で魔国産のような質や色合いにするのは難しいそうですわ」
「恵まれた農地をお持ちなので、葛粉などの質はむしろ良いと存じます。セレナイトやマイカなどは必要に応じて輸出致しますので」
お互いに技術供与と資源交換をしあって三年。生活のレベルはどちらもそれまでとは比較にならないくらいに向上した。化粧品は特に需要が大きい分野なので、作り方を売却して葛粉などを人国で栽培し作って貰うようにしたが、まだ魔国の質には及ばないだろう。
こんな雑談からも情報や有利な交渉を引き出そうとしているのが解る。
「魔国産のものだけでは人国全体の需要を賄うのは困難ですので、最終的には技術供与を行い広めていく事に問題はござません。
ただ、お互いの国に得手、不得手とする分野がございますから、それを理解し、認め補いあっていければと存じます」
「こらこら、せっかくの歓迎の宴に仕事の話ばかりでは姫君も御心が休まるまい、少しは控えないか」
国王陛下は質問攻め、会話攻めの御婦人達を諫めるけれど、素直に黙るようでは国王妃は務まらないんだろうな。
「だって、このような機会でも無いと、私達女はゆっくりと姫君と話をする機会はないのです。食後も、殿方に取られてしまいますし」
「エルネリアは、時間があるからいいでしょうけれど」
「私だって久しぶりの娘との時間を楽しむ事など殆どできません。たった三日間なのに予定がみっちりなのですもの」
「女性同士、忌憚なしに情報交換できる場を作って頂きたいものですわ」
美姫(美魔女)三人に責め立てられて陛下もちょっと気の毒かも。
その後も、結構、質問攻めだった。
疲れるけど有意義ではあったと思う。
「私にとっても、生の声を聴ける貴重な機会です。
今回の訪問では難しいかもしれませんが、次の機会にはそのような時間をとりたいと思います」
「楽しみにしておりますわ」
食事の後は、別室の応接間に移動しての政務の話。
女性陣は一礼して去って行った。
「やれやれ。姫君にはご面倒をおかけする」
「いえ。魔国の品を受け入れご愛用頂けるのは有難い事です」
「しかし、よくどんな質問にもスラスラと答えが返りますね」
「父王から、魔国の特産品、とくに輸出品目については材料から製造工程、在庫に至るまで叩き込まれていますから」
「だそうだぞ。ウィシュトバーン。少しは見習え」
「文官仕事を手伝ってくれる王子がいないのです! コレットは頑張ってくれていますが……」
「今は、魔王対策が最優先です。兄上にはお世話をおかけします」
「開き直るな! グリム!」
親子、兄弟の微笑ましい(?)会話のうちにお茶や茶菓子も用意され。
部屋に残る女性は私と、護衛であるアリーシャ様と、オブザーバー待遇の聖女フェレイラ様だけになった。
「さて、ではそろそろ本題にはいるとしようか」
侍従を下がらせて、室内は護衛と王族のみ。
そして国王陛下は静かに切り出す。
場に集う私達の背も伸びた。
「議題は勿論、魔王エルンクルス対策と魔宮捜索について。だ」