人国 少年『勇者』の深慮遠謀
第三王女リュドミラ様の婚約解消、追放劇から始まる突然の投獄は、思いもかけない出会いを私に齎した。
第四王子シャルル様。
私の前で微笑む彼は私が書いた小説における主役の一人だ。
この世界の歪み、魔宮の秘密などは彼の目線から主に語られる。
クラス「勇者」を持つ王族。
人国の王族の祖先は戦士の中でも最高位である『勇者』のクラス持ちであり、その力を持って魔物達を抑え、人々を守り、導いたとされる為『王族』を持たなくてもリュドミラ様のように下に見られる事はないのだという。
『勇者』のクラスそのものは、一般人からもごく稀に出るというけれど『王族』であり、『勇者』であるシャルル様は多分、最高位の筈だ。
後の魔宮探索の時も、配下にしてパーティの仲間と共に困難な探索を成し遂げ、リュドミラ様に続く二人目の踏破者となる。
「僕には、いや、僕らには目指しているものがあるんだ。
今は、口に出すことはできないけれど、その思いは今回の姉上追放で、より強くなった」
静かな口調には、深い思慮が感じられる。感情と思い付きで私に迫り、投獄した第二王女とは雲泥の差だ。
「目指しているもの、ですか?」
「うん。その為に、できるならアインツ商会は敵でいて欲しくない。可能なら味方に。
ウォルと好を繋ぎ、君を助けたことにはそんな思惑もある。だから、引け目を感じる必要はないよ」
『今は口に出すことはできない』とはっきり先にくぎを刺されてしまっているので彼の真意を聞きだすことは多分、難しいだろう。
「牢から救い出したことに恩義を感じてくれるなら、報復は個人に収めてくれればそれでいい。王国全てに連座させるのはあまりにも忍びないから」
「解りました。父にもそう申し伝えます。……窓口はシャルル様でよろしいですか?」
「話が早くて助かる。
流石商人だね。
そうして貰えれば、少し、兄上達の頭を冷やし、暴走を抑えられるかもしれない。僕が一人勝つようで申し訳ないが、そうでもしないと兄上、姉上達はきっと懲りないから」
「……」
やっぱりこの王子様、流石主役。風格が感じられる。
王国の上澄みにして良心、初代の生まれ変わりとの呼び名は伊達じゃない。
十歳にしてこの才覚は怖くもあるけれど第一王子や第二王女にマウントとられるよりはずっといい。
「アインツ商会の、近年扱う商品はどれも素晴らしいね。姉上達、女性は皆、化粧品に夢中だけれど、僕は特に砂糖の安定供給を成し遂げた功績が大きいと思う」
「今まで、見過ごされていたものを見つけただけですので、それほどの事では……」
「植物から採取されると聞くけれど細かいことはやはり企業秘密?」
「はい。申し訳ありませんが……」
「いや、いいよ。その辺は当然だ。ただ現物を扱うだけではなく、より魅力的な商品にして販売している所に、アインツ商会の力量を感じる。僕は『キャンディー』もだけれど、『クッキー』が好きでね。あれがあれば戦場などで、有効活用ができるのではないかと思っているんだ」
「御慧眼だと思います」
「作り方を売ってもらうのは難しいかな?」
「助けて頂いた恩もございますので、後程父と相談いたします」
「前向きな検討を頼むよ」
せっかくウォルが繋いでくれた重要なコネクションは切らず、大事に。敵に回さないのが正解だと思う。魔国の目的の為にも、書き直しの為にも。
その後、暫く商売や貿易について当たり障りのない話をしていると、扉がノックされて一人の人物が入ってくる。王子の耳元で何やらこそこそ。
「良かった。姉上ではなくこちらの方に来て頂けた、ということは連絡が間に合った、ということだ。すぐにお通してくれ」
「かしこまりました」
どうやら来客が来たようだ、と思って暫し
「セイラ!」
「お義父様!」
現れた人物に私は、正直に目を見開き駆け寄った。
アインツ商会代表、ヴィクトール。私の義父という名目の魔国情報部の統括だ。
「投獄された、と聞いて心配した。無事で何よりだ」
「助けに来て下さったのですか?」
「当然だ。まさかこんなことになるとは思わなかったが、大事な娘を見捨てなどするものか!」
そうしてヴィクトール様は私を抱きしめてくれた。
勿論、娘と父の、俗ないやらしさの無いものだけれど。
なんだかんだと強がっていた私。でもやっぱり子どもで投獄で心身ともに弱っていたようだ。義父と娘の関係は演技だけれども、私をすっぽりと包み込む大人の大きさと、暖かさ。優しい抱擁と保護者の登場に身体の強張りがほどけて行く気がして、無意識に眦から雫が零れた。
「お義父様……」
「無理をさせたな」
「ヴィクトール殿。大事なご息女に対する家族の無体をどうか許して欲しい」
「いえ、こちらこそ、王族たる方に救われながらご挨拶と御礼が遅れ、申し訳ありませんでした。我が商会の娘を救って下さり、御礼申し上げます」
一通りの説明の後、膝を付き、上位者への完璧な礼で感謝を述べるヴィクトール様にシャルル王子はどこか苦く笑って手を横に振った。
「先にも言ったが、悪いのは騒動を引き起こした兄上と、どさくさに紛れてアインツ商会の娘と望むモノを手に入れようとした強欲な姉上だ。セイラは巻き込まれたに過ぎないからね」
「……セイラを言いくるめて恩を着せ、懐の中に入れ、アインツ商会と深く繋がりたかった、という意図が見えますな」
騎士として、商人として広い視野と視点、そして考察能力を持つが故に敵国への情報収集を任された魔王の右腕。
勿論、そんなことは知らないだろうけれど、ヴィクトール様の言葉に王子は静かで確かな頷きを返した。
「うん。だから、色々と今は騒がしい事になっているので二人は一旦商会に引き取った方がいいと思う。学園長には内々に話を通してある」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます。お気遣いに心からの感謝を」
「王都にも希少な品を入手するルートを失って、姉上や、女性陣が暫く騒ぐだろうけれど、自業自得と言うものだ」
「ですが無論、恩には恩で報いるのが商人の習い。王子に置かれましては今後とも良しなに」
「ありがとう。ぜひ、そうして貰えると嬉しい。
僕のこれからの目的に君達の協力は、おそらく不可欠になる。出来る限りのことはするからね」
そうして、ヴィクトール様に連れ出され、私達は一時的な休職と言う形で手続きを行ってアカデミアを後にした。
再び戻るのは、予想より長い数か月の後。
シャルル王子とアルティナ様の間に勃発した壮絶なバトルと、ざまぁ展開を耳にするのもまだ先の話となる。