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人国 波乱の式典前

 人国フォイエルシュタイン 王宮前。

 友好条約締結の為にやってきた魔国王女を出迎えに来たのは、意外にも第一王子エルンクルスだった。


「疾く、降りて来るがいい。魔国王女。

 もう既に、皆が集まっている。後は主役たる我々の登場を待つばかりだ」


 鷹揚に馬車を見上げ、手を差し伸べる王子エルンクルスと人国の意図は不明だけれど、ここで変に事を荒立てる訳にはいかない。


「お迎えを賜りましてありがとうございます。第一王子エルンクルス様」


 第一王子をマスク下から冷ややかな眼差しで見るロキシム様に目で合図して入り口を開けて貰い、私は馬車のタラップをゆっくりと、注意深く降りた。


 そして同じ大地の上に立つ者として、目線を合わせ優雅に一礼。

 この変化の指輪は、身体が大きくなるわけではなく視覚を騙すものだから、私の感覚ではいつもと変わらない上から目線で弱い者を見下ろす傲慢王子が見える。

 ホント。ブレないなこの人。清々しいまでに変わらないや。


「王子がわざわざ私を出迎えに来て下さるという話は聞いておらず、少し、戸惑ってしまいました。先ほどの御冗談にも」


 私は、深く、丁重に。

 優美な礼で頭を下げて見せる。

 その間に馬車から他の皆も降りて来る。

 大丈夫。

 私は、一人じゃない。


「人国ではまた違うのかどうか解りませんが魔国においては、公式の場で護衛騎士以外のエスコートによって式典や舞踏会の場に入る、ということはその人物が婚約者、もしくはそれに準じる後見人にのみ許されることでございます。

 私のような『魔国の獣』と同行され、関係を揶揄されますのは誉れ高き人国の第一王子にとりましては不名誉になるかと存じます」

「冗談ではないぞ。

 人国も同じで私とてやや不本意ではあるが、今の其方であればまあ、許容できない範囲でもないからな。お前は私の妻となる。

 人国と魔国の歴史に残る通商友好条約締結の場において、両国の友好を示すには、両国の婚姻が一番良い。其方も王族であるのなら理解できるだろう?」


 ドヤ顔の決定事項みたいな顔で言うけれど、これ、本当に人国の総意による決定だったらとんでもないことだよ。

 魔国に対する侮辱で交渉決裂、なんてことになっても不思議はないくらい。


「それは理解できますし、王子との婚約をどうか、と言う話も頂いております。ですが私はこれでも魔国の次期魔王第一候補でございますし、人国の次期国王の可能性がある方を夫にはできませんわ」


 私は知っている。

 現在エルンクルス王子は魔国侵攻の失敗で、王位継承戦から脱落一歩手前なのだ。

 だから巻き返しに私の獲得に動き出したのだろう。


「それにまだ決定もしていませんのに、そのような断定命令口調は、お相手の気持ちも王子の評価も傷つけてしまいますわよ」

「私が、お前を妻にしてやる、と言っているのに断るつもりなのか?」

「エルンクルス王子のお相手など、私には役不足でございますので」

「ふん、解っているではないか」


 おや。ドヤ顔。嫌味が通じていないようだ。

 やっぱり、こういう点でも育ち、というか学習の差が出るよね。


「お前には私の相手はもったいないが、格別の慈悲をもって迎えてやるのだ。

 次期国王。その妻として。なに、魔国の王位など別に大したものではない。

 適当な誰かに任せておけばいいだろう。

 なんなら私が両方統治してやる。だからお前は黙って私の妻として……」

「エルンクルス!!!」


 朗々と自分の理想、と言う名の妄想を語り続ける王子に、もう少しでアドラール様の、ついでに私の我慢の糸が切れるかな、と思いかけていた丁度その時。

 まるで敵を射抜く矢のような鋭く強い、意思の籠った言葉が王子を撃つ。


「国王陛下!」


 正門の大扉が開き、出てきたのは国王陛下だ。

 明らかに焦り顔。まさか走って来たのかな?


「父上? 何故、こちらに。今は式典の準備と大公たちの相手でお忙しい筈」

「ああ、忙しいとも。ウィシュトバーンもグリームハルトもな。

 今日は、魔国と人国の大事な式典の日。

 誰もがその役割を果たす為に全力を尽くしているというのに。

 一瞬とはいえお前から目を離してしまった。その間に、まさかこんなことをしでかすとは」

「……こんなこと、とは? 私は第一王子。この城の警備担当として来賓の迎えに出て来ただけですが?」

「迎えに出た、だけではないだろう?

 姫君に対し、無礼を申し結婚を迫ったのではないか?」

「聞いていたのですか?」

「聞かずともお前の思考の中でやらかしかねない最悪を予想すれば解る。まさか、本当にそうだったとは。……姫君」


 大きく嘆息すると陛下はもうエルンクルス王子に視線を向ける事さえせず、私に向かって首を垂れる。一国の国王陛下としてはかなり思い切った行動だ。


「息子のしでかした無礼をどうかお許し頂きたい。

 後程、無礼の謝罪と後始末は致しますので、この場は収め式典会場に足をお運び頂きたく。エスコートはどうかグリームハルトに」


 気が付けば、陛下の後ろにグリームハルト様もいる。

 かなり焦った顔つきは陛下と同じだ。心配して来てくれたのだとしたらちょっと嬉しいかも。


「かしこまりました。何か、誤解と手違いがお有りだったと理解しております。

 このまま、予定通り進めましょう。グリームハルト様。よろしくお願い致します」

「不安にさせてしまい申し訳ありません。まさか、兄がここまでのことをしでかして来ようとは」


 スッと、私の隣に寄り添い手を差し伸べて来るグリームハルト様。

 私は躊躇わずその手を取り、微笑を返す。


「いえ、単なる子どもの暴走ですわ。人国の誠実を、基本私は信じておりますので」

「ありがとうございます。

 今日のドレスも素晴らしいですね。魔国の技術とプライド。その極みを感じます。

 その頂点は勿論、貴女ですが」

「お褒め下さって嬉しいです。国の皆も喜びますわ」

「何だ! 貴様! さっきと言っていることと態度が違うではないか! 婚約者以外には手を預けない、ではなかったのか?」


 私とグリームハルト様が睦まじく微笑み合う様子を見て、完全に話と場の外に追いやられた形のエルンクルス王子が悲鳴じみた声を上げる。

 あ~、子どもの癇癪、めんどくさい。


「婚約者ですから、私と姫君は」

「は?」

「人国から、魔国との友好の為に打診された婚約者はグリームハルト様ですわ。

 こちらも前向きに魔国へのお迎えを検討している所です」

「グリームハルト。貴様、つい先日アインツ商会のセイラと正式に婚約した。正妻に迎えると偉そうに私に告げたばかりではないか!」


 グリームハルト様は、がなり立てるエルンクルス王子の言葉をガン無視。

 国王陛下も相手にしない。


「行くぞ。グリームハルト。姫君を任せた」

「かしこまりました。行きましょうか? 姫君」

「はい」

「お前! そいつは誠実そうな顔をして、幼い娘に欲の為に言い寄り、言葉巧みに心を奪っておきながら簡単に捨て去るような男だ。

 甘い言葉と態度に騙されるな! 後悔するぞ!」


 おまえが言う? とか、鏡見れば、とか言いたくなるけれどとりあえずは無視。

 もう時間も無いし。


「私を無視するな! 父上も! 私をないがしろにするなら、どうなっても知りませんよ!」

「もうお前には何も期待してはおらぬ。

 その愚か者は、調印式が終わるまで部屋に閉じ込めて頭を冷やさせろ。

 侯爵や王妃達には私から告げておく」

「はっ!」


 第一王子は国王陛下の護衛兵さん達に取り押さえられているので先に進む。

 典型的な悪役、叩き台王子ムーブだ。ちょっと哀れ。

 時間と余裕が在ればカウンセリングとかしてあげてもいいんだけれど、今はそんな余裕も義理も無いしね。

 後で考えよう。

 私はとりあえず、第一王子の存在を脳内から消去し前を向いた。

 今は、目の前のミッションに全力集中だ。



 

「おい! こら! 放せ! 王子で有る私にこんなことをして許されると思っているのか!」


 成人した男性が本気で暴れるのを止めるのは、なかなか困難なことである。

 屈強な騎士が二人がかりで背後から抱え、控えの間に引きずって行こうとしたその時。

 ぱたぱた。

 重い音をして何かが倒れた。


「……お助けに参りました。エルンクルス様」

「ミア!」


 拘束から解放されて、安堵と歓喜の笑みを浮かべたエルンクルスは自分を助けに来たであろう少女に駆け寄っていった。


「やはり、頼りになるのはお前だけだ! もう父上の顔色を伺うのも止める。

 やるぞ」

「準備は整ってございます。御心のままに。

『神』も王子の決断をお喜び下さるでしょう」


 そう微笑む『聖女』は慈愛の眼差しで見ている。

 最初から悪役に設定され、サクシャの救いの手も届かない。

 捧げられた哀れで新しい、生贄の仔羊を。


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