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人国 通商条約締結会議 その後 魔国Side

「ふああっ! 緊張したあ!」


 会談を無事終え、一通りの役割を終えた私は、用意された高級宿の奥の奥で、顔のベールを脱ぎ取り指輪を外すと大きく息を吐きだした。


「こら、セイラ。ここは敵地だぞ。あまり気を抜くな」

「あたっ!」


 お高そうなソファに身を投げ出し、お行儀悪く寝そべってぐったりする私の頭に拳骨を落とすのはアドラール様。

 痛くないし。本気ではないのは解っているけれど一応抗議&拗ねてみせる


「そうですが、私、けっこう頑張りましたよね。苦手なハイヒール履いてドレス着て。

 子どもだって甘く見る人達に負けずにヴィッヘントルクの歴史上初めての通商条約を大筋で纏めて」


 今日は人国首脳部との会談だった。

 私は一度魔国に戻り、親善の使者として赴き、概ねの通商と今後の国交樹立に合意を得る所までもっていったのだ。

 頑張ったと思う。凄く、頑張ったと思う。


「後は、明日の舞踏会で正式調印と挨拶と『お披露目』をすれば終了。

 少しくらいだらけちゃダメです?」

「ダメだ。魔国に戻るまではシャンとしてろ」

「だって、ここにいるのは身内だけですし本当に疲れたんですよ~」

「まあ、この周囲には魔国奴隷や盗聴の術式は無さそうですから、少しくらいは大丈夫だと思いますが」

「うん。セイラは良くやったと思う」

「甘やかすな。ロキシム。ウォル。ここは敵地だ。

 セイラは慣れているとしても、少しの油断が命取りになるんだぞ」


 ロキシム様が私に同情するように笑いかけ、ウォルも同意してくれたけれど、アドラール様の態度は変わらない。

 ロキシム様は魔眼族と言っても攻撃タイプだから索敵や調査は苦手だそうだけれど、数日前からここに滞在しているグラールさんや他の人達が事前に変な仕掛けなどが無いかどうかは見て下さっている。

 盗聴をされていることは無い筈だ。でもアドラール様の言動が私を心配してのことであることは解っている。


「俺は陛下からセイラを任された以上、こいつを守り無事に連れ帰る義務がある。

 武力で押してくる敵ならどうとでもできるが、策略で仕掛けてくる相手には後手に回ることもあるからな。一瞬たりとも油断は禁物だぞ」

「はーい。申し訳ありませんでした」


 だから、ここは素直に負けてソファに座り直した。

 まあ、まだ本当に終わったわけでもないしね。

 そうして私が態度を改めた途端、


「と、言っても今日のお前は確かによく頑張った。

 難しい会談を良く纏め調印まで持って行ったのは流石だ。偉いぞ」


 アドラール様は私の頭をわしゃわしゃと撫でて褒めて下さる。こういうのズルいと思う。

 さっきまで怒られていたのに、嬉しくなっちゃうよ。

 私は自分からアドラール様の手に頭を向ける。親猫に甘える子猫の気分だ。

 ごろにゃん。


「確かに根回し済みであったとはいえ、会談は思った以上に順調に進みました。

 魔国を対等の文化を持つ相手として認めさせ、不可侵と通商の条約を結ぶというところまで合意させたのは大したものです。並み居る貴族達も、ほぼ口出しできませんでしたからね」


 ヴィクトール様からもとりあえず合格点。ホッとする。

 事実上の王女としての初公務。しかも魔国の未来を背負った会談だったからプレッシャーは半端ない。


「ただ、セイラもさっき告げた通り、明日行われる、貴族諸国王族の前での調印が終わるまでは安心できません。

 魔国王陛下には概ね報告し、こちらの判断に任せるとの言質を取っていますので、検討すべき点などを洗い出していきましょうか?

 ゆっくりするのはそれからで」

「解りました」


 概ね上手くいったとはいえ課題は少なくない。

 という訳で反省会の開始である。


 今回の会談に参加したのはフォイエルシュタインの王族と最上位の貴族だった。

 こちらから参加したのは私、側仕え兼護衛待遇のウォルとアリーシャ様。

 仲介役のヴィクトール様とグラールさん。

 そして護衛と後見役のアドラール様とロキシム様だ。

 あと少し、一般の護衛兵さんもいたけれど。

 今回は使者なので、あんまり華やかな装飾のドレスではなく、シンプルな飾り気のない修道女のような黒いカソック風ドレス。それに頭全体を隠すレースのフードと、目元だけ出したフェイスヴェールで顔を隠した。

 そして一番のポイントとしてアリーシャ様の変化の指輪をお借りしていた。認識阻害を 与えるものなので 私には自分の姿は普通に見えるのだけれど、周囲の人には大人(16歳くらいの美女?)に見えたらしい。

 ウィシュトバーン様やグリームハルト様、ずいぶん驚いた顔していたっけ。どう見えたんだろう?


「麗しの姫君。輝かしき(かんばせ)を拝見することは叶いませんでしょうか?」


 と、なんだか熱っぽい眼差しで言われはしたけれど


「私も魔国の民ですので。外見の印象に驚き、交渉が左右されるのは望ましくありませんのでできればこのままでお願いいたします。

 交渉が成立し、人国の皆さんと正式な国交樹立が成った暁には顔を明かすとお約束いたします」


 一度断れば強制はされなかった。人国でも男性避けに外に出る女性が顔を隠すことは無い事では無いし。


 実は今回の交渉。事前に根回しができていた。

 国王陛下にはこちらの希望は伝えてあり、概ねの合意も得ている。

 第二、第三王子も援護に回ってくれていたしね。

 完全な初見の敵と言えそうなのは、第一王子の祖父にあたる老侯爵だけで、その彼も意外に魔国に対して踏み込んだ敵意を表しはしなかった。


「魔国には若い頃、一度足を踏み入れたことが在る。

 あの頃は、私も血気盛んで、周りを見ることができぬ愚か者であった」


 それだけ言って、宰相閣下と顔を見合わせ、以降は完全沈黙。一切の口出しをしてこなかったのだ。だからスムーズに交渉は進めることができた。


「やっぱり、貴金属や宝石の力は大きいと思います。

 地上では纏まった量がなかなか出ないということですし、食料品と引き換えにそれらが手に入るなら通商を結ぶ価値がある、と思って下さったのなら両者両得、ということですからね」

「心配だったのは、人国側が財宝に目が眩み、私を人質に魔国を従わせようとすることでしたが、そこは事前にグリームハルト様が釘を刺して下さったみたいですね。

 私を取られても捨て駒として見捨てられ、逆に王女を人質に取った悪漢という汚名を着せて大義名分を取られる、と」

「現れた『王女』の美しさに見惚れさせ、気を抜き、そこから一気に踏み込んだ条約交渉は流石でした」


 人国では 女性の地位がめっぽう低い。

 政治交渉が本気でできるなんて思ってなかったらしい。


「魔国は地下で日照などに難がある為、自給自足は成っているものの作物の種類や質が良くないのです。実り豊かな地上の作物を、魔国の豊富な地下資源と交換して頂きたいのです」

 

 実利もしっかり与えて見せる。

 挨拶として魔国王陛下が用意した宝の五割を献上、輸出品目として金や銀のインゴット。宝石も原石、加工品込みで用意した。

 最初は獣の国と微かな侮りが見えた貴族達も、それを見て息を呑み油断し、機嫌を損ねてはならない交渉相手として真剣に取り組んでくれたようだ。

 あちら的には農産物で金銀宝石が手に入るなら安いものだという計算もあるのだろう。


「こちらとしては、ダージホーグ国の麦、プルネシアの果実などを特に求めています。カイネリウスの海産物も魅力的ですね。魔国は地下水に恵まれ、水質はいいのですが主に淡水なので海の魚介類などは手に入らないので」


 名指しして各国の産品を希望した時には顔色が変わっていたっけ。

 地下国の獣が地上国の国々の情報を、特産品や地形込みで知っているとは思わなかったのだろう。

 足元を見られるので魔国奴隷の開放その他については今回触れていないけれど。


「人国の皆様には色々と魔国に対して誤解もあるようですが、魔国は人国の動向に常に関心をもっております。

 魔国に戻った同胞達からも色々と話を聞いて悲しく思う事もございました。

 ですが、今後はそれらの誤解を解き、同じ創造神の作りたもうた友として歩んでいければと願っております」


 可愛らしく、甘いソプラノで。

 でもそっちの情報は入っているんだぞ。ってしっかりと圧力もかけてきたつもり。

 傍らにはヴィクトール様がいて


「私は、魔国王直々に姫君の護衛と、商売の仲立ちの依頼を賜りました。

 魔国に足を踏み入れ、命を奪われても仕方ない状況で、大切な姫君と商品を託された。信頼に応えないと義に反します」


 と、アインツ商会が魔国との仲介に立つことを示し、そこから情報が流れていることも暗示させた。

 何より。

 武器の所有が禁じられていた会談で、私の後ろに仁王立つタイガーマスク。

 アドラール様の威光は偉大だった。正に虎の威を借る子ウサギだけれど、場の人間が一斉に襲い掛かっても太刀打ちできないぞ。と思わせる迫力に人々は完全に気圧されていたようだ。


「やっぱり、情報と暴力が正義、ってことですかね?」


 私は一応褒めたつもりだったんだけれど、なんだかアドラール様は不満げにしている。


「暴力言うな。俺はなにもしていない」

「じゃあ、力ですね? 私だけだったら、多分、子どもだと侮られてたと思います。

『魔国の力』を示せたんじゃないでしょうか?」

「……セイラ。お前、自分で気づいて無いのか?」

「へ? 何が、です?」


 私が小首を傾げて聞いた問いに答えが返るより早く、ノックの音が外から響いた。。


「セイラ……様」

「どうしたの? リサ」

「第三王子グリームハルト様からの通信石連絡です」


 差し出される白木の箱。中に入っている蒼い石をそっと手に取って『力』を籠める。


「お待たせ……しました」

『やあ、セイラ。今日はご苦労様』


 暖かいテノール。

 第三王子の声が、石の向こうから静かに優しく室内に。そして私の胸に響いてきた。


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