人国 牢屋の中の出会い
一般の生徒には知られていない事だけれど、王族貴族の学び舎であるアカデミアには何故か地下牢が完備されている。
「地図であるのは知っていたけど、入るの初めて」
第二王女アルティナ様を怒らせてしまい、牢屋に放り込まれた私は、とりあえず周囲を見回し、確認した後は手近な壁に背を預け、目を閉じた。
別に暗闇も、虫も地下牢も怖くはないけれど、これでも年頃の娘だし、牢屋に入るというのはあまり嬉しい事でもないし、今の状況では脱出に繋がる何もできはしない。
レアクラス『サクシャ』持ち、だと言ってみても私には、現実を物理的に変える力や能力は無いのだ。
ウォルは先行して魔国に戻っている筈。
このような状況になって牢屋に入れられてしまった以上、私にできるのは、下手な体力を使わず。ただ、助けが来るのを待つ事、それだけだ。
「きっとこの牢屋は長い間、色々と昏いものを見続けてきたんだろうなあ」
表向きは良家の子弟を狙う不届き者の襲撃が在った時に捕らえて尋問などを行う為、とされているけれど、苛めもどきや、上位者からのイビりなどにも使われることがあるらしい。
詳しい事はよく解らない。私が小説で使うことは無かったからね。
固く温度の無い石の床。かび臭い敷布と掛布がかかった寝台以外の家具は殆どなく、当然ほぼ真っ暗だ。
うっかり寝たりしたら、ダニやノミが身体に移って来そうで怖いので私は壁に背を預けたまま目を閉じた。
「リュドミラ様は、無事助けること、できたかな?」
一番心配なのはその点だ。おそらく、彼女は今頃『魔宮』人国で言う所の『神の塔』に単身放り込まれていることだろう。小説の中では、僅かな食料や資材と共に封じられたことになっている。
『神の塔』『魔宮』は魔物が無数に存在する迷宮。
狂暴な魔物を退治しながらの探索は困難な上、迷宮から一度完全に人がいなくなってしまうとマップそのものも自動生成型で形を変えてしまうので長期にわたり少しずつ、という攻略法がしにくい。魔物を倒してもアイテムをドロップするわけでもなく、迷宮内に宝箱があるわけでもないので、表向き、実入りの少ない『魔宮』を積極的に人国は攻略していないことが解る。
でも、実は『魔宮探索』は『神』から与えられた試練。
真面目に行うと実はいいことがあるのだ。
魔国は、人国よりも少し先行して『魔宮』探索を行っている。
私が魔国に行って、色々とアドバイスできるようになってからはさらに力を入れて探索したので、『魔宮』探索の御褒美もいくつか手に入れている。
だから。
本来ならば人国の『魔宮』に封じられ、孤独と絶望の中、単身先に進み続けたリュドミラ様を救出することはできず、孤独のまま魔女王にさせてしまうしかないのだけれど。
今の魔国には彼女を救出する方法が存在する。
国に戻り、魔王様にお願いしてその手段をお願いする予定だったのに。
上手くいけば、今頃はリュドミラ様と合流さえできていたかもしれないのに。
まったくアルティナ様のせいで計画が大幅に狂ってしまった。
私は息を吐きだしながら膝を抱える。
我ながら難儀な世界を作ってしまったものだ。
考えずにはいられない。ようやく始まりを迎えた物語の辿り着くべき先をサクシャとして。
人国と魔国、対照的な二つの国。
この国が創られたのには理由がある。
中世ファンタジーに見せかけたどんでん返しとして仕掛けた理由が。
まあ、ありとあらゆるアイデアが溢れていた向こうの世界、地球世界ではそう珍しい展開ではないのだけれど。
私は『ヴィッヘントルクの昏き迷宮』を、色々と考えた設定を、育て上げ、最後まで書き込むことはできなかったけれど、この世界の容も、そして最終的なゴールも同じなのだろうか?
同じだとすれば、魔宮探索の最後には大きな試練が待つ筈だ。
作品の中では、人国と魔国の最高戦力が命を賭しても覆すことが叶わず、なんとか希望を残すのが精一杯だったラスボスとヴィッヘントルク誕生の秘密が。
中ボスにあたるリュドミラ様は、後に、圧倒的な力を持って魔国人国を、滅亡寸前までに追い込むけれど、結局は『彼ら』に利用された哀れな道具に過ぎなかった。
『私も……皆の為に生きたかった。誰かを、愛したかった……』
そう言い遺して、弟の腕の中で息絶えるのが唯一の救いだなんていうのはやるせなさすぎる。そんな設定を作った私には言う権利も無い事かもしれないけれど。
とりあえず、リュドミラ王女を助け出し、魔王にしないことが第一。
それから、できるなら人国の在り方も変えたい。
現在の人国は、王族がいろいろとやらかしているせいか、貧富の差も激しいし、人間の質も……上から目線で言うのは偉そうだと解っているけれど……良いとは言えない。クラスとして最適な職業が解る分、敷かれたレール以外を歩く事は滅多に許されない。
生れて来る子ども達も可能性が封じられ、摘まれ、若しくは管理され驚くような才能の持ち主も情熱も、滅多に生まれてこないからだ。
そして……最終決戦で人国は『失敗作』と断じられ、魔国よりも先に滅ぶ。
いろいろと歪み、最初に選ばれ、託された指導者としての使命や、国民を愛することを忘れ、陰謀に溺れた王族が滅ぼされるのは別に構わないけれど、何の関係も無い一般人や、残っているまともな人たちが巻き添えを食うのは気の毒だから。
「一番の希望は、シャルル様かな? 後は……う~ん。望み薄、というか解んない」
私は『サクシャ』としての記憶で思い返してみた。この世界の設定、特に王族のこと。
でも、なんだかはっきり思い出せないというか、靄がかかっているような気がして願った通りの成果は導き出せなかった。一部の既に出会っているネームド脇役のことは解るのだけれど。
第一王子エルンクルスは、この世界における様々な、歪みの結晶のような人物だ。
自信家で自己顕示欲が高い。思い込みも激しく、自分の考えに反論されたり、否定されることを強く嫌がる。第一王子として甘やかされたこともあり、自分よりも優れた人物は叩き落として上に立とうとする。王族としての能力は勿論有しているし、知識もあるけれど他人の諫言などは耳に入れようとしない。
典型的な『婚約解消を宣言する馬鹿王子』タイプにしてあった。
第二王女は彼の同腹で一番可愛がられていて、一番近い性格をしている。リュドミラをイジメ、悪役令嬢に仕立て上げる役目だった筈だ。
リュドミラは学園では『魔女』のクラスとは裏腹に穏やかで優しい、誰からも好かれる王女だった。私と知り合ったのも、学園に勤務し始めて間もなく、道に迷って困っていた所に手を差し伸べてくれたのがきっかけだったくらい。
そんな彼女が絶望に落ちないように、悪役令嬢にされないように、側にいて助けたかったけれどできなかった。要望の通り、侍女として仕えていたらもう少しできることもあったのかもしれないけれど、そうすると逆にできないことも多くなる。
やっぱり、どう考えても今の容がベストだ。
「失敗やできないことをいつまでも悔やんでいても仕方ないよね。
大事なのはここから、どう挽回するか」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
助けは来る。間違いなく。
ウィルは先に戻したから、既に魔王様とリュドミラ王女救出の為に動いてくれている筈だ。作戦に一緒に参加してリュドミラ王女の警戒を解く役割の私がいつまでも戻らなければ不審に思い、ヴィクトール様や魔王様が捜索に動いてくれる筈だ。
私が休暇申請を出していたことも、第二王女アルティナ様に呼ばれていたことも、職員の多くは知っているから、私が牢に閉じ込められていることも気付いていると思う。
王女の怒りに怯えて隠ぺいしたとしても、アインツ商会が問い合わせればいつまでも隠しおおせることはできないと信じたい。
そうなると今、牢屋の中にいる私にできるのは、やっぱり皆を信じて待つ事だけという結論に達する。
「仕方ない。寝よ。助けが来るまで自分のパフォーマンスを下げないように気を付けなくっちゃ」
敷布を手に取り立ち上がろうとした、その時。
私は思ったよりも早く救出の手が届いた事を知る。
「セイラ! 君がセイラだね?」
「え?」
「大丈夫かい?」
「シャルル……王子様?」
思いもかけない、金の輝きと共に。