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人国 第三王子家の誘い

 安息日。

 私は指示通りにアインツ商会にやってきた迎えの馬車に乗った。

 馬車には第三王子グリームハルト様が乗っておられて


「やあ。今日はよろしく頼むよ」


 と、微笑んで下さった。


「母上は君に会うのをとても楽しみにしているって、何度も言っていた。

 化粧品についてもだけど、北国でも育つという砂糖の植物について興味があるのだって。それって企業秘密かな?」

「秘密って程のことではないので大丈夫です。お菓子と一緒に頼まれた現物の砂糖と、種も持ってきているのでお話できます」


 広くてスプリングの効いた馬車は六人が乗っても割と余裕がある。

 御者の側にグリームハルト王子が一人で乗っておられて、私の横には、護衛のアリーシャ様と、侍女のリサ。

 リサが持ってきたトランクは、王子の横に陣取っている。

 中身は半分化粧品、半分がお菓子と砂糖だ。

 砂糖は買取するから、少し多めに持って来てくれという依頼を受けていたから、かなりたくさんあるけれど。

 隙間に甜菜の種やメイプルシロップも入れておいて良かった。


「流石だね。助かるよ。フォイエルシュタインに嫁いだのに、と言われるかもしれないけれど、カイネリウスの事は今も気になるみたいだ。僕も、時々里帰りについて行っているから他人事じゃないしね」

「故郷や民を慈しむ公女と王子に恵まれて、カイネリウスは幸せですね」

「……ありがとう」


 軽い雑談のつもりだったのにお礼を言われてしまった。

 照れるように微笑む王子はなんだかかわいくて、見ている私の方が照れる。

 でも、この辺は本心だから。


「アインツ商会のお菓子はどれも素晴らしいのだけれど、あれは誰が考えているのかな?」

「基本的には商会長である父と、私が考えています。それをお抱えの料理人や細工師に作って貰ったりして」

「君が? 君も料理をするの?」

「それほど上手ではないですが、一応は」

「そんなに小さいのに凄いね」

「私は、アインツ商会に拾われるまでは孤児院育ちの廃棄児でしたので、料理も他の家事も全般やります」

「君が、廃棄児?」

「はい。第一王女様もご存じです」


 少し目を見開いた王子は、でも少し優し気に微笑んで


「そうか。不用意に変な事を言わせてしまってすまない」


 そう、謝罪して下さった。


「いえ、黙っていたのはこちらですから。経歴を申し上げなかったという理由で婚約を破棄されるのでしたら、それでもかまいませんが」

「しないよ。そんなことで。

 君の兄弟分である魔国の子も養子だったんだから、考慮に入れておくべきだったと反省しただけさ。それに……」

「それに、何です?」

「君が、あのお菓子の考案者である、というのならむしろありがたくさえある」

「ありがたい? どうしてです?」

「それは、後で。

 どうやら僕は、本当にいい縁を引き当てたようだ」

「?」


 そんな話をしているうちに馬車は、貴族区画を抜け王宮の一角に入った。

 フォイエルシュタインの王都は大きな円形の城壁に囲まれていて、中心部に王宮、王宮を取り巻くように貴族街が作られている。貴族街と高い城壁を隔てて一般市民街がある割とファンタジーの基本みたいな構造だね。

 神殿は貴族街と一般市民街の間にあり、両方から入れる仕組み。

 アカデミアは貴族街にあって、選ばれた者だけが通行証を持って通える。

 私はアカデミアに行っていた頃は職員寮だったり、学生寮だったりで住み込みだったけれど。


 で、貴族街、特に王宮付近には周囲を森? って感じの木々が植わっていて緑豊かだ。

 石畳は見た目は綺麗だけれど、ガタついてちょっと揺れる。これだと下が地面の方が感触が柔らかくていい気がするけれど、そこは色々あるんだろうな、としみじみ思う。


 馬車は暫く緑豊かな森の中を走っていく。そして見えてくる巨大なお城。

 魔国の大理石で作られた白亜の城、というのとは少し違う。

 薄茶色のレンガ造り。でも、全体的に優美で、屋根のブルータイルが空の蒼さを吸い取る様に眩しいくらいに輝いている。


「うわあ、大きいですね~」

「フォイルシュタインの王城 ホーエンツォルレオン城だよ。

 来た事無かった?」

「第一王子から呼び出された時に確か、来たような。でも、緊張していて周囲を見る余裕ございませんでしたから」

「多分、君が呼び出されたのは離宮だろうね。本城の外側に、いくつか離宮と呼ばれる小さな館がある。主に各王子と母親が住んでいるんだ。

 本城に住めるのは王と正妃。そして王太子のみ。

 兄上は十六歳までは本城に住んでいたけれど、今は離宮の一つを与えられてそこで居住している。

 君を今日、招くのも第三王妃の離宮だ」


 う~ん、やっぱり第三王子の婚約者とはいえ、簡単に王の居城には入れないか。

 とりあえず、今回は顔繋ぎに徹しよう。

 それに冷静に考えれば、私達が招かれたあの城が第一王子の離宮なら、私は彼の喉元にいつでも入り込める訳だし。


 多分、私がそんな物騒な事を考えているとは知らず王子は外を指さして教えて下さる。


「ほら、あそこが僕と母上の離宮だよ」


 王城の足元。指さされれば、本城に向かう道の両脇に可愛らしい館がいくつも並んで立っていた。その一つに馬車は吸い込まれるように進んでいく。

 レンガ造りの温かみのある館の前に辿り着くと馬車は止まり、王子は私をエスコートして降ろして下さった。

 見れば扉の前に誰かがいる?


「母上? どうして玄関先まで?」


 母上?

 グリームハルト様の驚きの声に改めて、私は出迎えに出て来て下さっていたらしい人物を改めて見やる。淡いクリームブロンド、新緑の瞳。

 今まで見てきた貴族の中では、比較的シンプルで、飾りの少ないエメラルドグリーンのドレス。きっと瞳の色に合わせておられるのだろう。動きやすくて知的な大人の雰囲気がする。

 でも


「始めまして。可愛らしいお嬢さん」


 ふわりと、春風が躍るような優しいソプラノが耳に届く。

 確かに成人女性ではあるのだけれど、甘やかな笑みと優雅で、見惚れるような美しいカーテシーを向ける仕草は少女のように愛らしい。なんて私が言うのは失礼だけれど。

 ドレスと可愛らしさが微妙にアンバランス。

 でもそれゆえに目が離せない感じだ。


「私はエルネリア。エルネリア・コンスタンツェと申します。

 これでも、正真正銘グリームハルトの母親ですよ」


 私が母親に見えない、と。

 心の中で呟いた言葉を読み取ったようにエルネリア様は、微笑む。

 小柄で、身長はグリームハルト様の方が圧倒的に高い。

 私は子どもで身長130cmくらいしかないから身長170cmのグリームハルト様とは頭一つ違うけれど、お母様であるエルネリア様とも20cmくらいの身長差がある。

 でも。母親に見えない可愛らしさ、というだけで親子にはしっかり見える。

 全体的な雰囲気や、優しさなどはとても似ていらっしゃるのだ。

 と、いけないけない。ご挨拶。


「フォイエルシュタインと、カイネリウスを導く尊き御方の御前に参じる喜びを胸に抱き、謹んでご挨拶を申し上げます」


 できるだけ優雅にお辞儀をする。さっき見せられた王妃のカーテシーにはとても及ばないけれど。指先その他に至るまで気を配って。


「このたび、グリームハルト殿下と婚約の縁を得ました、アインツ商会 ヴィクトールが娘。

 セイラと申します。

 貴き光輝を仰ぎ見つつ、深き敬意をもってグリームハルト様と、お母上様にお仕えする所存でございます。王家の恩寵に感謝を捧げ、誠心誠意務めますゆえ、何卒よろしくお導きのほどお願い申し上げます」

「まあ、なんて美しい挨拶でしょう。

 きっと一生懸命練習して下さったのね。ありがとう。

 王宮の貴族でさえもなかなか、ここまでの挨拶ができる者も、やろうとしてくれる者もいないから、とても嬉しいわ」


 とりあえず、褒めて、認めて貰えたようだ。


「立ち話もなんだから、中に入って下さいな。

 お茶を入れましょう。私達は、貴女が来るのをとても楽しみにしていたの。

 アインツ商会のお嬢さん」

「はい、ありがとうございます」

「グリームハルト。荷物を持って差し上げなさい」

「はい。母上」

「あ、私共が」

「気にしないで。僕は結構力持ちなんだ」


 馬車から降ろされたお土産トランクを持って、スタスタと中に進んでいく王子を私達は追いかけるように館の中に導かれる。

 そして、後ろで扉が閉まったと同時。


「ようやく、手に入れたわね」

「ええ。待ちに待っていた時間がやってきましたよ」


 前の二人が、立ち止まり顔を見合わせてにんまりと、楽し気に笑う。


「母上。彼女は料理が得意、なのだそうですよ。なんでもアインツ商会のお菓子の発案者は彼女なのだとか」

「まあ、なんてステキ。グリームハルト、貴方は本当に良い選択をしたわね」

「え? な、何でしょうか?」

「アインツ商会のお嬢さん。お願いがあるのだけれど。

 これから見せる事、話すことは外では内緒にして下さる?」

「あ、はい。言ってはいけないことであれば、決して語りません。

 天の太陽が、夜の星が、仰ぐ空にある限り」

「ありがとう。では、ね。これを着てくれるかしら?」

「着る? ってこれは……」

「護衛の方達、貴方達の主に決して危害は加えないから、黙って見ていてね」

「セイラ様に、一体何を?」


 状況が解らず、呆然とする私より流石に少し早く立ち直って、問いかけてくれたアリーシャ様に王子は最高の。輝くような、女の子を魅了するような眩しい笑顔と共に応える。


「心配しないで。一緒に〇〇をするだけだから」


 私は、その言葉に耳を疑って、ただただ立ちつくし、お二人に手を取られ、引きづられていった。

 館の奥、その奥へ、と。


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