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人国 断罪の悪役令嬢と救いの手

 本来なら、見ることができない筈の光景を私達は、今、見ている。

 三眼族の特殊能力。

 一種の透視だ。勿論、どこであろうと見える、という訳ではないけれど。

 今回の場合は、第三王女リュドミラ様の髪にこっそり編み込んだウォルの髪の毛を媒介にしているだけ。別に危害を与える術じゃないし、危機感の無い人国の者達には察知は多分できない筈だ。それどころではない状況だし。


「第三王女 リュドミラ!

 兄で在り、次期家長である第一王子 エルンクルスの名において、ここにレイラント侯爵家 ウェズレーとの婚約解消、ならびに王籍の剥奪と追放を宣言する!」


 ああ、やっぱり。と、何故かそう思った。

 私は多分、知っている。

 一見、中世異世界のようなこの国がこの先どうなるかを。


 魔国と人国。

 二つに分かたれた世界ヴィッヘントルクは間もなく大いなる戦乱の時を迎える。

 今は、薄氷の上を歩くような平和が保たれているけれど。間もなく。

 屍山血河としかいいようのない戦いが何年も続き、何千、何万もの民が命を落とす。

 そして魔国も人間もほぼ死滅するのだ。


 目の前で行われているのは、その物語のプロローグ。

 魔国も人国もその怒りで滅ぼす『暗黒の魔女』

 誕生の瞬間の一幕。


「兄上! 何故、いきなりそのようなことをおっしゃるのですか!」

「黙れ。シャルル! お前のような子どもが出る幕ではない!」

「黙りません! リュドミラ姉上に一体何の瑕疵があって、このような酷い仕打ちを!」


 彼女の前に立ちはだかり、庇うのは私と同じ年頃の幼い少年王子 シャルル。

 この追放時まだ十歳。私達と同じ年。


 国内でも三人しかいない『勇者』のクラスを持つ王子は妾腹ながらも、輝かしい金髪と美しい笑顔で人々から、今は、愛されている。

 一方で床に臥すように押さえつけられている黒髪の王女 リュドミラに皆が向ける眼差しは冷ややかだ。王族、貴族としてのクラスを持たない『魔女』。現王の第三王女。

 知性と魔力は国随一と呼ばれ、優しさと美貌を昨日まで讃えていた者達。

 彼らはもう、誰一人として王女に手を差し伸べようとしない。

 本来であるなら真っ先に彼女に寄り添い守るべき婚約者も、王子の横で氷のような冷え切った眼差しで涙ぐむ少女を見下ろしている。


 ここに集うのは王侯貴族の卵たち。

 未来の人国を支える人材達は、いつか来るその時の為に、疑似体験をし、学んでいる筈なのに。


「瑕疵はある。この者は王族に紛れ込んだ魔族なのだ!」

「! まさか?」「そんな筈が有る訳は……」

「正確には、こ奴の母、ファリヴィエーラが魔族である。

 その美貌と魔力で王を誑かして王家に取り入ったあげく、姦通の果て王以外の子を身籠ったのだ」

「お母様が? そんなことがあろう筈はありません!」


『そんな話、あったっけ? ウォル?』

『俺は聞いてない。もしホントにそうだったらヴィクトール様や魔王様は教えてくれているんじゃないか?』

『だよね?』


 そもそも、人国の人間に魔族を本気で見分ける技術があるかどうかかなり怪しい。

 魔国は子どもが生まれにくいので、人国の外れの森でこっそりと隠れ住み、子を作ろうとする者は少なくない。最近はその事に人間も気付き始め、定期的に森や洞窟などを調べているという。

 ただ、親方とか奥様とか、魔国の人達の9割は外見が異形だから解りやすいけれど、人とほぼ同じ形態の1割は見つかりにくい、とヴィクトール様は言っていた。


 三眼族や長耳族などは目立つ特徴を隠していれば人に紛れやすいし、人族には外見以外で魔族を見分ける方法がほぼ無いらしい。その辺はウォルのトラウマでもあるから今は話題に出さないでおくけど。


 つまり、リュドミラ様にかけられた容疑は冤罪。

 最初から結末の決まったワンサイドゲーム。

 加え多分、昼休みのソフィア様の様子からして、上層部には知らされている可能性が高いかな。

 それでも。

 リュドミラ様は付きつけられた衝撃に壊れかけた心を、必死に奮い立たせて抗おうとする。

 自分ではなく、母と弟の為に。


「そんな……。証拠は、あるのですか?」

「お前は『王族』に相応しきスキルを持って生まれなかった。其方の弟も同じ。先日の洗礼で『獣使い』と出た。一人ならともかく二人続けて『王族』が出なかった。

 これ以上の証拠はあるまい!」

「そんな……それだけで……」

「さらに、お前は『聖女』として学園の特待生、そして 王家の養女となったとなったこの娘ミアが、ウェズレーと親しくなったことを妬み害していたという証言もある」


 第一王子の背後から、おずおずと一人の少女が進み出てくる。

 輝くプラチナブロンド。サファイアのようなブルーアイ。

 眩しいまでに美しい子だけど。

 うわっ。

 思わず口を押えてしまう。

 あの子、私と一緒の儀式の時に『聖女』と判定された子だ。

 まさか、こんな所に出て来るとは。


「私は、ミアと積極的に関わった事はありません!

 そもそもミアは学園に来たばかりでしょう?

年齢も学年も違うのに! ウェズレー様と親しいなどと知ったのすら初めてです!」

「ミアは、お前に幾度となく、悪行を仕掛けられ、謂れのない悪口雑言を浴びせかけられたと言っている。この幼い少女が嘘をついている、とでも?」

「嘘です! 私はそのようなことをしてはおりません!」

「厚顔な! 証言者も山ほど存在するのだぞ!」


 リュドミラ王女のその言葉を待っていたように

 証言者が次から次へと出てくる。

 王女の護衛や、侍女。学友たちも次々、彼女の存在しない『悪行』を連ねて行った。

 彼らの多くに一様に浮かぶのは罪悪感。

 でも上位者の命令と言葉には逆らない、とその瞳が雄弁に語っていた。


「ウェズレー様は……私の言葉を、信じては下さらないのですか?」

「………」


 ミアという少女は、スッと前に進み出ると躊躇いなくウェズレー様、と呼ばれた王女の婚約者の胸にその身を寄せる。微かに躊躇いながらも第一王子の視線を受けた彼は首を横に振り、少女を抱き寄せていた。

 おそらく、全てこのシナリオは最初から定められていたことなのだろう。

 酷い話だ。リュドミラ様を悪役令嬢に仕立て上げ、追放と婚約破棄は仕方ない事だと貴族達に知らしめる為。リュドミラ様と、おそらくシャルル様以外に舞台に上ったものは全て役者の茶番劇。だ。

 脅されたのか、他の理由があったのか。

 婚約者であった令息が微かに哀し気で、申し訳なさげな瞳をしていたと感じる。

 それが彼女を裏切った罪の償いには、絶対にならないけれど。


「既に罪状は明白。

 断罪は済み、ファリヴィエーラは王都で監禁されている。お前の弟も王籍を剥奪され、幽閉の身だ」

「お母様とラウレイオンに一体何をするおつもりですか!」


 慟哭するリュドミラ様に、欠片たりとも気をかけず、留めず『第一王子』は言い放つ。


「本来であるならば、貴様も連座として捕らえられ、処罰されるべきところを、父王の格別の慈悲により学園と王都よりの追放と『神の迷宮』の番人となることによって贖いの機会とするとの命が下った。連れていけ!」

「待って下さい! 話を聞いて!お兄様! シャルル!」

「兄などと呼ぶな! 汚らわしい魔女が!」

「お姉さま!」


 ……酷い。

 いや、違う。バカな話だ。

 向こうの世界でもいつも思っていたのだけれど、悪役令嬢追放ってする側は、どうしていつも頭が悪いのだろう。追放される側の気持ちや心を少し考える頭があれば、相手を傷つけ追い出しても何も意味はない。むしろ憎しみを買うだけだと解るのに。

 今、目の前の光景を見ているのは眼球ではないけれど、眦が熱い。


 魔封じの枷をかけられたリュドミラ王女はまるで罪人のように引き立てられていく。

 必死に伸ばしたシャルル王子の手は、リュドミラ王女には届くことはなかった。


 異母でありながら仲が良かった姉弟は引き離され、この後、5年以上の年を隔てるまで再会することは無い。本来であるのならば。

「セイラ……」

「……ウォル。お父様達に連絡して向こうをお願い。

 私も、こっちの手配が終わり次第、追うから」

「了解」

「任せておいて」


 勿論、『サクシャ』がここにいる以上、そんなことはさせない。

 ここからが物語の始まり。書き直しの第一歩。

 絶対に。

 彼女は、絶対に助けて見せるから!

 悪役令嬢なんかには絶対にしないから!

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