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人国 転生作者は決意する。

本日より新作公開いたします。

初日8話まで。

後は1~2話ずつ毎日更新していく予定です。

 夢を見る。

 何度も、何度も。

 こんな筈じゃなかった。

 こんなつもりじゃなかった。

 生の欠片も無い、見渡す限りの屍山血河。

 ほんの少し前まで知っていた者達が、今は物言わぬ躯となって転がる地獄。


 こんな風景が見たいわけでは無かった。

 絶対に。

 私は、ただ。

 自分が読みたかった物語を描きたかっただけなのに。


 突きつけられた地獄のようなこの光景は、私の未熟と、間違いの結果。


 でも。

 私は、今、ここにいる。

 運命の日の前。

 物語はまだ始まっていない。

 だから、やり直せる可能性はある。


 やり直そう。

 いや、書き直そう。

 できるだけ、多くの人達が幸せになれるハッピーエンドを作り直すのだ。

 異世界 ヴィッヘントルク。

 私が描いた小説の世界で。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 教育学府 ラヴォラーレ・アカデミア。

 白亜の宮は人国連合 フォルトリックに住む者達の憧れ。

 ここで学ぶことができれば、その将来は安泰と、誰もが思い、確信する輝ける殿堂だ。


 各国の王族さえも入学は義務。

『儀式』の後は必ず学ぶこの最高学舎に、私 異世界転生者 西尾星羅。

 もとい。セイラ・ヴィクトワールは在籍している。

 間諜。

 つまり情報を集めるスパイとしての任と目的を帯びて。


 とはいえ、ここに入学し、学べるのは王族や貴族の最上流。

 もしくは『儀式』で良い『クラス』を引き当てた上澄みだけ。

 だから残念ながら教師や生徒として、ではなく


「セイラ。明日、昼の授業までにこの書類、三十枚の複写よろしく」

「こっちが先だ。明日の早朝に授業を行う予定の実習に教材が足りん。

 直ぐに街に買いに行って来てくれ」

「明日の昼の授業に来て欲しいと頼んだ件は? 話を聞けずじっとしていない子が多いんだ。セイラに付き添ってもらいたいんだが……」

「頼んでおいた魔国の種族図鑑は見つかったのか?」

「おい、頼んでおいたテストの採点は終わっているか? 今日の授業で返却しなければならないのだ」

「はあい、ただいま!」


 いいようにこき使われる、ただの便利な雑用係として、だけれどね。

 10歳になるやならずの子どもにこんなに仕事(けっこう重要なもの込み)を押し付けるのはどうかと思う。私が異世界転生者でない、普通の子どもだったら絶対に無理だったよ。

 まあ、それを言ったら普通の子どもは、敵国の学校に潜入なんてしないと思うけれど。

 敵にも味方にも信用されているということで、ひとつ。


「授業の教材については、先ほどウォルが気付いて用意してくれたので揃っております。採点の方は、もう終わっていますので、先生の方で最終確認の上、配布をお願いします。

 資料はこちらに。貸出制限のある本ですので取り扱いは慎重にお願いします。

 複写の方はこれから行いますので。休憩後、一刻程お待ち下さい。

 授業への付き添いは了解しました。後で授業計画の提出をお願いいたします」


 私は瓶底眼鏡をくい、っと押し上げて先生達からの仕事を一つ一つ処理していく。


 人に教える前に、アポイントとか、事前連絡とかそういう地球世界のビジネスマナーを学んだ方がいいんじゃない? っていつも思う知識と身分だけが自慢の先生方は、それでも仕事をちゃんとこなしていれば黙って戻ってくれるだけありがたい。

 解るよ。せっかくの昼休みなのにいつまでも仕事に手を取られていたくないもんね。

 仕事っていうのは熟せば熟しただけ増えて行くもの。だけどこれくらいなら向こうのブラック職場に比べればずっとマシだ。

 前世で学んだ知識とマルチタスク処理の技能がありがたいと思う。


 っていうか、昼休みって言う時間は、職員や先生にとっても大事で貴重な時間なんだ、ってみんな、もっと理解した方がいいと思う。


「セイラ~。実習で髪の毛が乱れてしまったの。結い直してくれる?」


 やっと一息ついて、伸びをして。

 ウォルももうじき帰ってくるだろうし、一緒にお昼ご飯でも食べようかな、と思ったらそれより早くまたお客? がやってきた。

 実習の為に一つ縛りにされた金髪、碧眼。

 実習用の運動着も華やかで。自信に満ち、誰も自分を簡単には阻めないと解っている生まれながらの典型的な人国貴族。

 格下の相手の都合や時間なんて、絶対に考慮なんかしてくれない我儘令嬢の襲撃だ。


「ソフィア様……。私のような事務職員の元に侯爵令嬢がいらっしゃるのは……。それに本当に乱れた髪の結い直しだけ、ですか?」

「解ってるじゃない? 聞いているでしょ?

 今夜は、懇親会なの。完璧で麗しい夜会用の髪結いを頼むわ。

 代金は払うわよ」


 やっぱり。

 思わず嘆息する。


 最初っから、私の昼休みを潰させるつもりでやってきたのだ。この人は。


「セイラの方が侍女達よりも結い直しや化粧の腕がいいのですもの。仕方ないわ。

 今日の夜の為にまた第三王女様の所に呼ばれているのでしょう?

 お前は何かと忙しそうにしているし、タイミングを見計らって来ないと他の者達も狙っているから」


 まあ、その通りではある。

 懇親会の前に王女様の所に来るように言われているし、その後も前も予約と仕事はびっちり。


「それは、そうですけれど……。せめて予約を頂きたく……。今は休憩中なんですよ」

「だって少し話をするのが遅れたら仕事が忙しくて今日の時間はどこも空いていない、無理だと断ったのは貴女でしょう? 

 ならば予約も仕事も無い休憩時間に来るしかないわ。

 ほら、早くお願い。でないと困るのは貴女よ。この後の予定がどんどん遅れていくのではなくって?」

「解りました。そこの椅子にお座りになってどうぞ後ろを」

「商会秘伝の髪の艶出し薬をよこせとまでは言わないわ。今から洗って乾かすのは手間だし。でも、他の人にはできない結い方でお願い。それから花の香りも纏わせなさい」

「御命令のままに」


 ウォルが帰ってきたのが見えるけれど、軽く手を振って私は令嬢を手近な椅子に招き座らせる。彼女はこの学院でも王族を除けば指折りで身分が高い。

 本気で怒らせると色々と煩いのだ。

 昼休みと食事はもう諦めるしかないだろう。

 なんの躊躇いも無しに私に背中と首を預ける侯爵令嬢。

 ここは学園の中、しかも職員室だから、護衛も侍女も外で待っている。

 仕方がない。

 机の中にしまっておいた櫛と髪結いの紐、それから香り水を取り出して彼女の背後に立つと準備を整え髪の毛を梳かし始めた。


「ああ、これこれ。

 この爽やかな花の香りが欲しかったのよ。アインツ商会はまだこれを正式に売り出すつもりはないの?」

「季節限定品ですので、花の入手経路がしっかりできればいずれ」


 ブラシに薄布を噛ませその布に花の香りの液を纏わせる。

 異世界知識で作った様々な品は私の所属するアインツ商会の主力商品だ。

 敵国で生き抜く為にも安売りはできない。


「セイラは凄いわね。私より小さいのに何でもできて羨ましいわ。

 私の侍女達も見習ってくれるといいのだけれど」


 頑丈な木箱を踏み台にして私よりも5つは年上の女の子の後ろに立つ。


「単に器用貧乏なだけですよ」

「セイラの『クラス』は何? 事務作業? それとも髪結いかしら」


『クラス』


 それはこの世界における人権の全て。


 大地の上に生まれる全ての知的人型種が一人一つ持って生まれるとされる『天職』のことだ。地上世界に生まれた者は誰も、王族貴族さえも『クラス』の縛りから逃れることはできない。

 まともな『クラス』を持たないと貴族社会の一員になることさえ許されず放逐されることだって少なくないという。逆に良い『クラス』を引き当てさえすれば一生安泰。最下層からだって這い上がれることもある。

 ちなみに私が髪を梳く我が儘令嬢の『クラス』は『貴族』だって。

『貴族』もしくはそれに準じる『スキル』が無い人間はどんなに有能でも助手どまり。政治に携われない。逆にあれば、多少おバカ(失礼)でも国を動かせるなんて。将来のこの国が思いやられる。まあ、それはそれで好都合とも言えるけど。


「侯爵令嬢のお耳に入れるような立派なものではありませんから」

「ああ。もう、ホントに! セイラを私のものにできたら良かったのに。

 何度でも言うけれど、いくらでも出すから私の所に来なさいよ!」

「私も何度でも申しますがお断りさせて頂きます。私はアインツ商会の子飼いですし、今の立場に満足もしておりますので」

「まったく。お前がアインツ商会のヴィクトワール(商会長の娘)でなければ無理にでも私の物にする所なのに。貴重産品を扱うアインツ商会だけは敵に回せないのよね」


 いつも思う。

 義父様&魔王様グッジョブ。

 艶やかなプラチナブロンドをそっと持ち上げ櫛を通す。

 その白く、細い首筋を見ながら私は思う。


(人国の上層部の人間って、本当に警戒心がないなあ。

 私が、その気になればこんな細い首、きゅって一ひねりだよ)


 しないけど。

 無防備な子どもの背中を襲うなんて私の前世と仕事と記憶。

 その誇りに賭けて絶対にしない。

 ただ 


「素敵に結ってね。王子様のお目に留まるように」


 一瞬、私の手が止まったことに令嬢は気付いただろうか?


「どうかした? セイラ」

「いえ、なんでもありません。ソフィア様」


 微かな動揺はポーカーフェイスに隠す。

 大丈夫。感情を表に出さないのは得意だ。

 二度の人生、どちらでもきっちり叩き込まれている。

 ウォルに軽く目くばせ。彼は耳と目が『いい』から、ここからでも私達の話が聞こえる筈。


 冷静に、平静に。

 バレてはいけない。気付かれてはいけない。


「今日の懇親会には王子様もいらっしゃるんですか?」

「ええ。そうよ。第二王女様の御機嫌伺いと、今年の卒業が決まった第三王女様の激励の為ですって。第一王子 エルンクルス様でいらっしゃるけど」


 さりげなく情報収集。表向き、裏向き。

 両方の目的の為にも欠かすことはできない。

 でも……そうか。

 今日なのかもしれない。

『運命の日』

 は。


「そうですか。第一王子様は私が来る前に卒業なされたのでお会いするのは初めてです」

「タイミングが悪かったわね。第二王子様も、第三王子様も既に卒業なされていて、今ここにおいで王子様は年下の第四王子 シャルル様だけ、ですもの。

 私達には年下すぎるけれど、お前には丁度良いのではなくって?」

「私のような者が王子様の御尊顔を拝する事など勿体ない事でございますから。

 丁度良いなど、とてもとても……」

「その為にお前、アインツ商会から派遣されたのでしょう?

 ひっ詰め結いをしているけれど、キレイな金髪だし、黒い瞳も珍しいし。

 眼鏡をかけていなければ、そこそこ整った顔立ちをしているのだからアプローチしてみれば? 私は止めないわよ」

「別に夫探しに学園に来た訳ではございません。

 魔国と魔物の脅威が高まっているので、父は安全なところに私達を置きたかったからだと言っており……」

「大丈夫よ。下賤で薄汚れた魔国の民など、大いなる創世神『リーヴルヴェルク』から地上と太陽を預かる私達、人間の敵ではないわ。

『神の塔』の攻略の新しい手も始まるというし。

 輝かしくも優しい王家の方々がお父様達貴族と共に、人国の民が幸せに暮らせるようにいつも努力して下さっているのですから」


 無垢にして無知な『貴族の言い分』に嘆息し、口角が上がる。

 何も知らない『子ども』というのは本当に残酷だ。

 本当に輝かしくて優しい上位者は、ゴミのように捨てたりしない。

 ……殺したりしない。

 まあ、『悪役として』そう設定されていたからだと言われれば、彼らだけを責めきれないけれど。


「そうですね。

 ……もしよろしければ、お化粧も少しお直ししましょうか?」

「ホント! 嬉しいわ。 アインツ商会の御化粧品はとても貴重で、私達貴族でもなかなか手に入らないのですから」

「父が預けてくれた試作品ですので、できればご内密に」


 適当に相槌をうって誤魔化しておく。

 知らなくていい。

 知らせなくていい。

 いずれ解る事だけど。

 解らせるけれど。


 人国の平和など、この見てくれだけは立派な学園と同じく上辺だけで。

 実際には立場の弱い者達に仕事を押し付け、体裁だけ整えている。

 歪み、穢れたものであることも。

 地上の人々、人国の人間達が魔国と蔑む地下の国の方が、地上よりも慈愛に満ちていることも。

 そうあれかしと最初から設定されていたとしても、気付こうとも直そうともしないのは彼らの罪だから。


 一番の罪人は多分、私だけど。


 机の中に鍵をかけてしまってある箱の中から、小さな貝殻を一つ取り出した。

 少しをカマをかけてみようか。

 ふたを開ければ口紅用の色油が、花びらのような鮮やかな色を輝かせる。


「素敵な色ね。こんな綺麗な赤、なかなか見かけないわ」

「すみません。間違えました。

 これは特別な鉱石から色を練り出したものなんです。商会の中でも特別な方にしかお売りしていませんから。アカデミアだと第三王女 リュドミラ様だけ、ですね。今、別の色を……」

「いいわ。それを寄越しなさい。第二王女様なら同じ色なんて恐れ多いけれど、リュドミラ様はもうじき貴族社会からいなくなるのだし」

「え?」

「……一応忠告しておくわよ。セイラ。リュドミラ王女にあまり入れ込まないいことね。でないと、巻き込まれるわよ」


 やっぱり。

 今日なのだ。

 これから、何が起きるか、私は良く知っている。

 顔を上げ、ウォルに頷きを送った。

 知らないフリをして。驚くフリをして。


「それはどういう意味で……」

「いいから。これは命令! 私としてはお前の失脚は本当は望むところなのよ」

「は、はい。ではせめて少し薄紅を混ぜて色身を変えましょう。その方が肌の色にも合いますから」


 煮えたぎる怒りや恨み、後悔は隠しておこう。

 私は紅筆を持って静かに紅を引く。


 便利屋のように重宝され、信用されている私が。

 今は、人国を亡ぼす為にやってきた魔国所属の諜報員であることも。


『クラス サクシャ』


 ある意味、創世神『リーヴルヴェルク』を超えるこの世界の創造主であることも。


 今はまだ、誰も知らない方がいい。


もし、興味を持って頂けたらブックマーク、評価を頂けると泣いて喜びます。

完結済み代表作にも足をお運び頂ければ嬉しいです。

(4年間 毎日連載 1477話で完結させました)

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