89、フェストア聖教国事変・4。――粛正対象。ふわりと、翻る。
「よいしょ、っと!」
潜入した辺境の教会であてがわれた狭苦しい部屋の中。
愛しのマスター、イクチノさまとの朝の挨拶と心温まるひとときに一度区切りをつけ、ボクは掛け声と共にベッドから降りる。
ふわりと広がった寝間着の裾を抑えながら、寝ているボクのベッドの足側へと駆け寄り。
「…………うえぇ。あー。やっぱり」
仰向けに倒れ、ひどく驚いたような形相のまま、胸を一突きにされた男の死体に目をやった。
――ペドロス聖司教。白髪の好々爺然とした老人。
寝ているはずのボクの部屋に忍びこんで何をするつもりだったのかは、まあ、あえてはっきりとは言わないけど……。
ベルトが外され、半分ずれ落ちた白の法衣のズボンという生々しい格好からも明らかだ。
……うえぇ。予想はしてたけど、やっぱり気持ち悪。
「……………………現行犯。……………………未遂」
いつものとおりイクチノさまが最小限の言葉で。
――司祭見習いへの疑惑はたくさんあったけど、眠らせて犯行に及んだあとは回復させて証拠隠滅って卑怯かつ狡猾な手口から、いままでは証拠がなくて手が出せなかったけど。
ニノハが囮になったおかげで、ついに現行犯! ってところをサクッと私が暗殺! あ、もちろん未遂だから安心してね! ……大丈夫? 私のおっぱい揉む?
――最後のは、もちろんボクが勝手に付け加えた単なる妄想だけど!
でも、イクチノさまが多分ボク以外には伝わらないかも? な優しさを込めて、そう精一杯労わってくれた。
「……ありがとうございます。イクチノさま。大丈夫ですよ。ボク、イクチノさまを心から信じてますから」
「…………………………………………ん」
また、口元から垂れた黒の布の向こう。ほんの少しだけイクチノさまが唇の端を上げる。
それを心からうれしく思い、目を細めてから。ボクは仰向けに倒れた、口を大きく開けた死体に向き直った。
……それにしてもこの人、あんなに自信満々だったのに。
黒いお金に関わっていない自分は、粛正の対象外だと本気で思っていただけだったんだ。
「馬鹿だなぁ。ボクたちの主君たる魔王ジュドさまといまのフェストア聖教国にとって、弱者を虐げる屑は等しく粛正対象なのに。……それにしても、なんかすごい顔で死んでるよね?」
「……………………驚き。……………………叫び。……………………始末」
――何かに驚いて叫び声を上げられそうになったけど、その前に始末した、ですか。イクチノさま。
「一体何に驚いたんだか。まあ、このクズが部屋に忍び込んだ目的から考えて、どうせ掛けた毛布をめくって見ちゃったボクのこの寝間着とかなんだろうけどさ。失礼しちゃうよね! お気に入りなのに!」
もの言わなくなった死体にそう吐き捨てつつ、その場でくるりと一回転。
ボクのお気に入りの寝間着――少女然とした薄桃のレースのネグリジェの裾がふわりと花のように翻る。
「…………………………………………可愛い」
「あはっ! ありがとうございます! イクチノさま!」
ほんのりと、ほんのわずか頬を染めたイクチノさまの感嘆のようなその褒め言葉に、ボクは心から満足する。
――さっきまで感じていた言いようのない気持ち悪さなんて、もうすっかりどこかに消えていた。




