73、『御使い』と、一閃。――その切り札をあたしの切り札で。
すでに、さっきまでのまるで身動きのとれないような異様な圧迫感は、消失していた。
あの暴発すれば辺り一帯を吹き飛ばしかねない膨大な魔力は、すでに完全に安定したからだ。
――束ねられ、指向性を持って、スキルとして。
そして、その膨大な魔力でスキルを使った英雄。
天技将帝キルシュアーツがその場で宙に浮き上がり、地に立つあたしを睥睨する。
いまや全身が眩い輝きを放つその背には、まるで七枚の光の羽――に模した光の大剣が七本伸ばされていた。
「『御使い』……」
勇者として見出されるまでの、物心つくまでの本当に本当に小さい頃だけだけど、孤児院で生まれ育ったあたし。
その頃に何度も聞かされた聖なる女神のお話。そんなあたしがその姿にその言葉を連想し、思わずそう口に出したのは、そんなにおかしなことじゃなかったと思う。
物語の英雄と同じく、あたしが大嫌いな、いつか来て人々を救ってくれるという聖なる女神の遣わすという『御使い』。
――そう。それに酷似していた。いまあたしの前に浮かぶ大嫌いな英雄のその姿は。
「『御使い』? ほう。このスキルを使ったいまの私の荘厳なる光り輝く姿をそう称するか……! くははは! 強ち間違いではあるまい! そう……! 何故なら、堕ちた勇者アリューシャ……! いまからおまえは、この私にこの『光』でなすすべなく断罪されるのだから! さあ、覚悟せよ!」
光り輝く英雄がその右手の儀礼的な装飾の施された剣を掲げ、千の軍勢への号令のごとく振り下ろす。
「この天技将帝キルシュアーツがかつて単身で万軍を下せし切り札! 七聖永世天下を照らす栄光! の前に! ひれ伏すがいい!」
そして、英雄の背に負う七つの光の大剣が次々とその背を離れ、軌道を描き、巨大な剣閃を放ち――
「ああ。やっぱり、斬撃なんだー」
――その当たれば確実に必死必殺の一撃を。あたしは、あっさりと足運びだけでかわす。
「なっ……!? 何だっ……とぉっ!?」
浮かび、高い所から唾を撒き散らし、驚愕の声を上げる天技将帝キルシュアーツには、わる……ううん。全然悪くないけど、なんてことはない。
――だって。
遅い。鈍い。ぬるい。甘い。足りない。足りない。足りないー!
いつぶりに使ったかとか本人が言うほどに錆びついたスキル。
それが放つ、当然、左手の『光』よりもさらに劣る練度の剣閃なんて、どれだけ大きかろうと、威力があろうと。
たとえ万の兵士さんたちをいとも容易く蹴散らせても、あたしに掠りもするわけが、ない。
だって、あたしは世界最強の剣士を名乗るあなたの最強の右と互角に十全に打ち合える、魔勇者アリューシャなのだから。
「そっ、そんなはずはっ! 堕ちた……いや、魔勇者アリューシャぁっ! 貴様はっ! 一体どこまでぇぇっっ!」
――もし、これが。
七本の光の大剣の先から、いっぱいいーっぱい縦横無尽に魔力閃を放つとか、小さな剣に分裂して無数に襲ってくるとかなら、もっとあたしは危なかった。
でも、それはないとも思っていた。
だって、天技将帝キルシュアーツは、この英雄は――剣にこだわっている。
どこまでも世界最強の剣士という、その称号にこだわっている。
だから、剣士として自分の技の研鑽にこだわり、そのくせ勝算が薄いと見れば、世界最強の称号を守るために、〈命石〉の犠牲前提なしでは成り立たない強力な、本当に自分の力と言えるか怪しいスキルを使うことも躊躇わない。
そして、そのくせ普段はそのスキルを使うことを嫌い、ゆえに鍛えることすらしないのだ。
剣士としての自分にこだわっているから。
本当に、どこまでも物語の中の英雄。
閉じた自分の世界の中だけで生き、自分の絶対の正義を疑うこともない――大嫌いで、吐き気が、する……!
「馬鹿なっ! バカなっ! ばかなバカな馬鹿なぁぁっっ!」
錯乱と共に、今度は降り注ぐように一度にあたしに襲いくる七本の光の大剣。
広範囲に破壊とついでに粉塵を撒き散らすその全てから、ほんの一歩逃れ得る位置で、あたしは両手の剣を天へと振り上げる。
「勇輝の――」
告げる。煌々と輝く、闇を照らす一段と大きな『光』を右手のあたしの愛剣がまとう。
「傲魔の――」
告げる。どこまでも光を塗り潰す一段と大きな『闇』を左手のジュドーからもらった黒の短剣が宿す。
「世界最強の剣士はっ! この天技将帝キルシュアーツだあぁぁっっ!」
そして、立ちこめる粉塵を破り、宙空から英雄が大きく右手を振りかぶり高速で飛び込んできたその瞬間。
「――天・列・一閃っー!」
天から地へ。これ以上ない刹那を超えるタイミングで、二列の剣閃が縦に奔り、『光』が消える。
「ぁ…………?」
そして、両肩から血飛沫を上げ、光り輝く英雄は、その身を地に堕とした。
――いまだ何が起こったか、おそらくはあたしに斬られた現実すら、認識できないままに。




