65、決着。破軍将帝ヴァザヴォーザ。……あたたかくやわらかく優しく包みこむもの。
本日2話目。
「ガッ…………! ゴアアアアァァァギィィィィィィィガァァァァァァァッッッ!」
この我に両腕を跡形もなく吹き飛ばされた破軍将帝ヴァザヴォーザ。
直後。その断末魔のような悲鳴を上げ仰け反っていた獣のごとき相貌がまるで生存本能に突き動かされるように、叫びと共に、ぶぢぃぃっっ! と目の前の空間を荒々しく喰い千切る。
だが――
「うむ。これで確信したのじゃ。やはり、貴様のような獣以下をどれだけ痛めつけ躾けてやったところで、説得は到底不可能。無意味じゃな。そして何よりも、この後に及んでそのような態度をとる貴様のような傲岸不遜な獣以下が愛する主人たるジュドさまの前に立つことを、この我が許さぬ……!」
――もうこの我はそこにはいない。
膨大な魔力を凝縮した蒼炎をまとうこの我は、すでにその遥か頭上の中空へと再び飛翔。待機していた。
そして。
「なればっ! 今度こそ、これで終わりじゃっ! 破軍将帝ヴァザヴォーザっ!」
グッ、とあえて薬指と小指を食いちぎられた右手を握り、蒼炎をその一点にまとい、巨大な拳となす。
「魔王の鉄槌ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」
「ゴガッ………ァッ……………………!?」
そして、天から地へと一直線に飛翔したこの我の一撃。
すれ違いざまに獣以下の首をその上半身、断末魔ごと抉り抜き吹き飛ばす。
最後に夜空に咲くは、大輪の赤い血の華。
タンっと地へと降り立ち、この我は紫炎を解いた。
振り返ると、首と上半身が欠けた骸がぐらりと空中で傾き、ちょうど地面へと落ちていくところだった。
「く、ぅっ……! はぁ、はぁっ……!」
それを見届けると同時。全身の力ががっくりと抜けひざをつき、そのまま地べたに、ぺたりと座り込む。
荒く息を吐くこの我を、全身が軋む痛みと筆舌に尽くし難い疲労感が襲っていた。
言うまでもなく先ほどの戦闘に加え、それ以上にスキル〈神核・解放〉の代償によるものだろう。
本来到底扱いきれない膨大な魔力を無理やり引き出すのに加え、本来到底不可能な中空を自在に舞うような超精密な魔力制御まで行ったのだ。
その心身の疲労たるや、もはや虚脱と言って差し支えない。
もしいまここにこの我をやわらかく優しく受けとめてくれるベッドがあれば、恥も外聞もなく倒れこむであろう。
もはや、この状態では治癒魔法程度であっても魔力を行使しないほうがよさそうじゃった。
これ以上無理をして、一応は戦場であるこの場でもし昏倒などしては目も当てられぬ。
よって、まだしばらくはこのままにせざるを得なさそうなこの傷。
指二本を失った右手を見つめながら、ようやく息を整え終えたこの我は、乾いた笑みをこぼす。
「ふふ。正直、辛くも……と言ったところじゃが、それでも、この我はちゃんと生き残った。勝ったぞ。ジュドさま」
そう。いまのこの我を本当に受けとめてほしいのは――
「ああ。よくやったぞ。デスニア。さすがはこの俺の右腕だ」
――その、この場で聞こえるはずのない声に、心から聞きたかった声に、後ろから聞こえてきた声に、この我は一も二もなく振り向いた。
「ジュドさまぁっ……!」
「おっと」
ぽろぽろと涙をこぼし、もつれかけた足で数歩の距離をどうにか詰めたこの我をジュドさまがあたたかく、やわらかく、優しく受けとめる。
「ジュドさまっ……!」
ジュドさまの胸にぎゅうっとすがりつくと、この我は、愛する人の温もりを、死闘を越えいま生きている喜びを存分に噛み締めた。
「む…………?」
と、眉を顰めるような気配がしたかと思うと、ジュドさまの右手がこの我の背中に回され、左手がそっと欠けたこの我の右手を包み込む。
「……随分と無茶をさせてしまったようだな。フルヒール」
「ん、ぁっ…………!」
いつかと同じ、あたたかな白の光がこの我を包み、細かな体の傷、そして無惨にちぎれた指も元どおりに癒されていく。
「よくやった。デスニア。せめていまは、ゆっくりと休め」
「う、ん…………。ジュ……ド……さ………………」
ジュドさまの両手が背中に回される。ほぼ虚脱状態にあったこの我への外部からの急激な魔力干渉。
その反動で心地良い微睡みに落ちる刹那、愛する人の温もりを確かめる。
この我は心から安心すると、ジュドさまの胸にその身を委ねた。
*
――俺は、どれくらいの間。そうしていただろうか。
「ラベンダ」
「はい。ジュドさま」
無事に戦闘を終えたらしく、少し前から気配を殺し俺の後ろに控えていた戦闘メイドたち。
それを代表して俺の呼びかけに、筆頭のラベンダが返事を返す。
「おまえたちにデスニアを預ける。丁重に扱え。傷は全て癒したが、心身の疲労に加え、強力なスキルの影響で、一時的に体内の魔力循環に至るまでおかしくなっているはずだ」
「はい。確と承りました。ジュドさまの大切な右腕、デスニアさまのことは、どうぞ私たちにおまかせください」
くるりと振り返り、手渡すと、ラベンダは丁重にその腕の中に心地良さそうに眠るデスニアを抱えた。
他の戦闘メイドたちがいろいろと取り出して、簡易的とはいえ、デスニアを休ませるための準備を始める。
「ああ。頼む」
「ん…………」
心地よさそうに眠るデスニアの雪白の頬に一度だけそっと触れてから、俺はバサリと魔王のあかしたる漆黒のマントを翻す。
「アリューシャ……!」
そして、いまもなお続いているはずの、この会戦最大最後の戦場へと逸る心のままに、俺は足早に歩き始めた。




