58、魔王の右腕 対 破軍将帝。……なんでこの我の相手、こんなのばかりなのかのう。
本日1話目。
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「わ、わかったのじゃ! ジュドさま! ご武運を!」
戦場に巨大隕石の欠片が降り注ぐ中。
この我がそう言って、愛する主君たる魔王ジュドさまから別たれてから、直後。
「オオオオオオオォォォォッッ! 鳴動ッッ 地割撃ィィィィィィィィィィッ!」
「なっ!?」
――ドォォォンッ!
感傷に浸る間もなく、逃れたばかりの巨大隕石と見紛うほどの威力と衝撃をもって、一人になったこの我目がけて、男が拳を振り上げ降ってきた。
遥か高空より、人間とは思えぬほどの巨躯の男が。
「くっ……!」
大急ぎで白銀の髪を振り乱し飛び退ったこの我の眼前では、衝撃と共に巨大な穴が大地に穿たれていた。
その大穴の中心で男がゆらりと身を起こす。
かつてこの我が屠った、暴魔将軍バーオネラルをも超える体躯を持つ、まさに巨人のごとき男が天に向かって雄叫びを上げる。
「オオオオオオオォォォォォッ! 避けたなァ! 小娘ェッ! オレさまのッ! 栄えあるエリミタリア永世帝国の最高幹部にして最強戦力たる四大将帝の一人ッ! この破軍将帝ヴァザヴォーザさまのォォッ! 必殺の一撃をォォォォォッ! ならばァッ! 貴様は紛れもなく強者ァァッ! オオオォォッ! 小娘ェェッ! 決めたぞォォッ! 貴様はァァッ! このオレさまが喰らうゥゥゥッッ!」
大穴から飛び出た巨大男がこの我の前に着地すると、ズズン……! と地響きが起きた。
動きを阻害しない程度にその巨躯の要所を鎧う鈍く赤く光る装甲。
その中で最も印象的な拳先から肩口まで伸びる攻防一体の装備。
巨大な戦手甲に覆われた両拳をドォン! と打ち鳴らし、再び男が――破軍将帝ヴァザヴォーザが叫んだ。
「オオオオオオオォォォォォッ! 悦べェェッ! 小娘ェェッ! その髪も肉も骨も血もォッ! 性も精も生もォッ! 全てこの破軍将帝ヴァザヴォーザさまがァァッ! 嬲り舐り啜り犯しィィッ! そして喰らい尽くしてやるゥゥッ!」
ちょん、とつま先立ちになってようやく腰のあたりに届くかという、縦には優にこの我の倍以上はある。
すぐ間近で見上げるのは、この我の首が痛くなりそうでちょっと遠慮したくなる巨躯。
怒髪のように赤い髪を天に逆立てた、はち切れんばかりの全身筋肉の塊。
偉丈夫と言っていい、けれどその本性に相応しい獣じみた相貌の男。
その巨躯を上から下、右から左まで見回してから、この我は、「はあ………」と、深く深くため息を吐いた。
「なんでジュドさまに任されるこの我の相手、こんな獣欲脳筋ばっかりなのかのう……」
脳裏を過ぎるのは、かつて前魔王であるこの我がこの細腕で貫いた元四天王の図体ばかりの身の程知らずの木偶。
この我を文字どおりに、その圧倒的な力と度量と魅力で心から屈服させた、敬愛し親愛し思慕し愛する偉大なる魔王ジュドさまの足指一本の爪の先にも及ばない。
この我に抗する程度の意思すらも持たぬ、軽い威圧にあっさりと屈する口先だけ威勢のいい思い出す価値もないその他の有象無象。
実際、もはやすでに名前はまだしも、その顔貌すらも朧げだ。
その代わりに、決して忘れえぬ、色褪せぬ記憶。
その直後。ジュドさまに魔王の座を明け渡し、その傍らに侍り、傅き、永久の愛を誓った蕩けるような記憶を思い出し、この我は濡れた唇をじゅんと甘く噛む。
そして、慌てて飛び退ったことで、汚れの付着しなかったことを確認してから、バサリとジュドさまから賜った贈り物。
魔王ジュドさまの右腕のあかし、夜の闇を写したような藍色のマントをこの我は翻した。
「ふん! 小娘、小娘と……! たかが百年と少ししか生きておらぬような人間を外れたもどき風情が随分と鼻息の荒いことじゃ……!」
それから、まっすぐに指を前に差し、宣言する。
「この我はデスニア! 偉大なる魔族の頂点、魔王ジュドさまの傍らにて永久に侍り傅く右腕! そして、いずれはその王配の地位を手に入れるもの! 勇者アリューシャなどには、負けてはおれぬ! 破軍将帝ヴァザヴォーザとか言ったか? 貴様のような頭まで筋肉が詰まった獣が多少弱らせたところで素直に説得に耳を傾けるとも思えぬが……他ならぬ愛するジュドさまの命令じゃ! ジュドさまの右腕であるこの我直々に貴様という獣を躾けつくしてやろうぞ!」
「オオオオオオオォォォォォッ! 喰らうゥゥゥッッ!」
そして、再びの獣じみた雄叫びと共に、この我と見上げるばかりの巨躯の男との戦いは幕を開けた。
――開戦前。主人たる魔王ジュドさまが描いた三つの大局的戦局の絵図、その一つのとおりに。




