56、勝利の美酒の片手間に。――無様に地べたに這いつくばるがいい。
本日2話目。
――基本的に俺は、戦いにおいて心を折ることを目的にしている。
少数の手勢しか率いず、わざわざ雑兵相手にも魔王である俺自らが対峙し多くを威圧により屈服させているのも、全てそのため。
それは、かつて勇者アリューシャに言った「最も犠牲が少なく済む道を、たとえどれほど困難であろうと常に模索し続ける」という大切な誓いのためであり。
いずれこの世界の全てを手に入れる俺にとって、結果的には人的損耗を減らすためであり。
――そして何よりも、この俺の真なる目的。
いまだその兆候すら欠片も見えはしない。だが元プレイヤーである俺が知る必ず訪れるその時のために。
この俺が選び得る全ての可能性から最善を選ぶため。そして、この世界で集め得る最大の戦力をもって挑むため。
――そう。ゲームのときで言う勇者パーティーを遥かに超える、世界を制覇する王となった俺の選ぶ真なる最強のパーティーを。
「ああ。そうだ。これを言っていないのは、公平ではないな」
ワイングラスの中に再び注いだ芳醇な赤い液体を手の中で揺らし弄びながら、俺は視界の先、いまも大量の脂汗を流す青白い顔の老人に話しかけた。
精神で制御する力である魔力は、当然ながら多分に精神の影響を受ける。
先ほど俺から受けたチート級最強最悪スキルの一つ、〈死穢ノ呪界〉。
もちろん何をされたかは、いまだ老人は理解できていないだろう。
だがその、いまの俺ですら受ければ抗いようのないすでに発揮された致命的な効果。
その本能的な恐怖の前に、その老人の精神はすでに
千々に乱れていた。
――それは、先ほどからずっと焦りに満ちた顔でご自慢の研究成果の魔導杖とやらに魔力を込め続けているにもかかわらず。
俺がこうして二杯目をトクトクとグラスに注いでもいまだ切り札の大魔法が遅々として象を成さないほどに。
そんな老人に向けて、優雅に芳醇な赤い液体を傾けながら俺は教えてやった。
「老害。おまえに残された可能性は、たった一つ。いますぐにその無駄な大魔法の詠唱を止め……そうだな。俺の耐性からすれば、一万分の一程度の確率に賭けることだ。……いや、自分で言っていてなんだが、これでは賭けとしてあまりに低いか。ならば、いまなら百発までなら撃たせてやろう。これで百分の一。どうだ? 賭けてみるか? 賭けてみるなら、具体的な手順を教えてや――」
だが、その俺のおまえにも勝利の可能性を与えてやろうという心からの助言と提案に――
「げひっ! げひひゃっ! げひひひひゃひゃひゃひゃっ!」
――救い難き老害。魔導将帝ジャクムは、その下衆そのものの本性を現した、先ほどまで以上の耳障りな凶笑で応える。
「そ、それが貴様の本音かかかっ!? ま魔王っ! な、ならば先ほどのはは、た、ただのハッタリりりっ! 虚仮けけ威ししっ! 口先三寸でで! 儂に大魔法をを止めめさせようとっ! そ、そそうじゃっ! この儂ののっ! 四大将帝がが一人り、魔導将帝ジャクムさまのだだ大魔法にっ! 撃ち破れれぬものなどどあるはずががないっ! げひゃひゃひゃひゃっ!」
そしてそのありもしない都合のいい希望に縋る。
最早哀れを通り越して滑稽極まりない老人は唾を撒き散らしながらいまだ舌の根も合わず、簡易な玉座に座る俺に輝く杖先を向けた。
「げひひひゃひゃっ! さささあ死ねっ! 魔王! 滅びびよ! 跡形ももなく! こここの儂、魔導将帝ジャクムさままこそがぁぁっ! この世界のの魔導の頂点じじゃぁぁぁぁぁっっ!」
欠伸が出るほどの長い長い時間をかけて、ようやく完成したらしい老人の大魔法。
向けられた杖先がさらに輝きを増し、いままさに発動する瞬間。
俺は、空になったグラスを小テーブルの上にことりと置き――手すらかざさず、ただ告げる。
「サイレンス」
――その瞬間。老人の杖の輝きが、消えた。
「インフェルノっ! ダイヤモンドダストっ! テンペストっ! ガイアクラッシュっ! …………な、ななな、なぜじゃっ!? なぜぜ発動せせぬぅぅぅぅっっっ!?」
すでに杖の輝きが消えたことにすら、いまだ自らがふわりと浮いていたその足を地につけたことにすら気づかないほどの混乱の極みにある老人に、俺はさらなる追い討ちをかける。
「ポイズン」
「ぐぼっ……!? が、はっ……!? な、なん……じゃ……!? これ……は……!? とと、吐血……!? ど、どど毒……!? ばば、馬鹿なっ……!? にに、人間を……!? とと、とうに超越した……こ、この儂……がべぼおぉぉっっ!?」
体を蝕み、さらに急速に悪化する死毒の苦しみに耐えられず、大量の血泡を吹きながら、どさりと地面に倒れ伏した老人。
「ぜぇっ……! ぜぇっ……! ごべ、ばっ……! い、いま……!? ぶ、げっ……! こ、この儂にっ……!? い、一体……何をしたっ……!? ごぶ、ごっ……! 魔王っ……!?」
「……ほう? いま俺が何をしたか、そんなに気になるか? 老害。くく。せっかくだ。ならば勝利の美酒の肴として教えてやる。そのまま無様に地べたに這いつくばり苦しみながら聞くがいい。その体中に死毒が回りきる、ほんの残りわずかな死ぬまでの間、な」
大量に血を吐き、息も絶え絶えに這いつくばりながらも、恐怖と憎悪と怒り、ありとあらゆる『負』の感情を内包した目で俺を見つめる老人。
玉座に座りながらそれを睥睨する俺は、並々と注いだ三度目の赤い液体を片手に揺らし、余裕たっぶりにゆっくりと口の端をつり上げた。




