55、"負"よ満ちよ……! 確定した勝利と芳醇な赤。
本日1話目。
――結局の所、ここに至るまでの全ては、たった一つの誤算から始まったのだ。
いや、確かにこの老人、エリミタリア永世帝国最高幹部にして最強戦略の四大将帝の一人たる魔導将帝ジャクムの力は、この俺の想定を遥かに上回っていた。
ひいては、この俺が仮にもこの世界最大の侵略軍事超大国であるエリミタリア永世帝国自体を過小評価し過ぎていたことも間違いないだろう。
だが前提として、そもそも最初にして最大の誤算がなければ、その事実すら俺は知ることはなかったのだ。
そう。結局の所、全てはたった一つ。
ストーリー上のボス、魔王デスニアを遥かに超える力を持つ邪神たちが使うチート級最強最悪スキルの一つ。
――理不尽一歩手前のその恐るべき力を俺がいまだ見誤っていなければ。
「クリアランス」
「は………………?」
全くの検討違いのありもしない勝利の確信に酔う愚かで哀れな老人。
いまだ状況を全く理解していないその心底間の抜けた声が響く中、白い浄化の光が俺を包んだ。
それにより、いま逃げ回る間にかいた汗や衣服に付着した土や泥などの汚れが全て浄化され、完全な状態に。
――まさにいずれ世界の全てを手中に収める魔王に相応しい堂々たる姿へと回帰する。
「じょ、浄化魔法……じゃと? だ、だが何故いま……!? ま、魔王殿は、状態異常になど陥ってはおらぬはず……!?」
「くくく……! 何故なのか、そんなに気になるか? 老害。なぁに、大したことではない。これから最後通告をするというのに、その張本人がああも薄汚れていては、少々格好がつかないというだけのことだ……!」
「さ、最後……通告……?」
そこで俺は――前々魔王たるデスニアの父君より継承した魔王のあかしたる漆黒のマントをバサリと翻した。
そして、前言どおりに右手を前にかざしながらまっすぐにその老人を見つめ、宣告する。
「いますぐにこの俺の軍門に降るがいい。老害。さもなくば、これより俺は一切の抵抗を許すことなく、おまえを完膚なきまでに徹底的に蹂躙する……!」
だが、その俺の心からの慈悲から発した最後通告に――
「は…………? ぷ、くく……! ぶはぁっはっはっ! はーはっはっはっはっはっはっ!」
――度し難き老害。魔導将帝ジャクムは、嘲るような凶笑で応える。
「ぷ、くく……! いやはや、これは失礼……! ですが、当然降伏はいたしませぬ! さあ! では、見せていただきましょうぞ! つい先ほどまで、この儂の苛烈な魔法攻撃の前にただ逃げ回ることしかできなかった魔王殿が! 一体どのようにこの魔導将帝ジャクムを完膚なきまでに徹底的に蹂躙するのか!」
「ふ。言われずとも。我が軍門に降らなかったことを心の底から後悔するがいい! 老害! 我が切り札! このチート級最強最悪スキルの一つを受けて! さあ、朽ちよ満ちよ呪われ染め上げよ! 死穢ノ呪界!」
「なっ…………!?」
瞬間――――満ちる。
穢、澱、埃、災、禍、厄、難、凶、破、呪、患、惨、腐、病、爛、朽、蝕、屍――死。
約十万。もしいまそこに存在したならば、それだけの人間をそこに収容し得る超広域空間をぬるりと生温い風が吹き――ありとあらゆる"負"が染め上げた。
もちろんいま、その"場"に居合わせたのは、たった一人。
その老人は――
「く、くか……は、は…………!? い、一体なな何をしたかと思えばばば……!? な何もも起きぬぬではないかかか……!?」
――舌、歯、目、汗、汗、汗、蒼白。
噛み合わず、回らず。このほんの一瞬の間に滝のように脂汗を流し、血色を失った屍人のような青白い顔で常軌を逸したようにその瞳孔まで白い目をぐるぐると彷徨わせながらも。
半ば本能的な恐怖で、自分がすでに何か得体の知れない、取り返しのつかない事態に陥っていると気づいていながらも。
「とと、とんだ虚仮威ししですななな……! もも、もうこれ以上は付き合っていられませせぬ……! いいますぐこここの魔導将帝ジャクムのの最大の切り札だ、よ四連続大魔法ににて屠ってて差し上げましょうう……!」
それを認められず、振り払うように、自分に言い聞かせるように。
歯の根をかちかちと噛み合わせながら、己の杖へと一息に魔力を込め始める。
俺はそれを確認し、薄く笑みを浮かべると――
「さて」
……トクトクトク。
「な、なんじゃっ!? そ、それはっ!? なな何のつもりじゃっ!?」
「何のつもり、だと? ふ。見てのとおり、すでに確定した勝利の美酒を一足先に愉しんでいるだけだが?」
ゲームの時と同じ収納空間から取り出したのは、簡易的な謁見セット。
持ち運びできる簡易な玉座に悠々と腰を下ろし、傍らの小テーブルの上にはラベル付きの瓶。
そこからワイングラスに注いだ芳醇な香りのする赤い液体をこれ見よがしに、わなわなと震える老人の前で、ゆっくりと優雅に口に含む。
――だが無論、俺は伊達や酔狂でこんな真似をしているわけではない。
さて。これであとは仕上げを残すのみだ。では、折らせてもらおうか。
エリミタリア永世帝国の最高幹部にして最強戦力たる四大将帝の一人、魔導将帝ジャクム。
その傲岸なる自尊心と俺への敵愾心を、二度と反抗し牙を向けようと欠片も思えないように、完膚なきまでに徹底的に……!
くく……! この俺にはもはやおまえなど、この片手間で処理できるのだから……!
――薄く口の端を上げながら、再び俺はグラスの中の見た目完璧に赤ワイン(葡萄ジュース)をこれ見よがしにゆっくりと傾けた。
……いや、仮にも戦闘中に酒精はちょっと。




