37、解けた誤解と、凪の青い瞳。
本日1話目。
「なるほろー。あたしが寝てたり、頭がぽーっとしてふわふわとろとろしてる間に、そんなすごいことがあったんだねー」
新魔王である俺の居室のリビング。
俺の説明を一とおり聞き終えたソファに座る勇者アリューシャはそう言うと、戦闘メイドたちが用意したコップに入ったオレンジジュースを麦ストローでちゅーと飲み始めた。
――ふむ。どうやら大分落ち着いてくれたようだ。先ほどはひどい取り乱しようだったからな。
まあ、無理もないが。勇者である自分を下したとはいえ、四天王の一人に過ぎなかったはずの男が自分が寝ているたった一日にも満たないわずかの間に世紀の下剋上を果たし、新魔王に戴冠しているのだから。
しかもだ。下剋上した相手である前魔王デスニアはある意味では孤独から救ってもらったとこの俺にいまやこのとおり全力で懐き心酔している始末。正直、経緯を知らなければ意味がわからないだろう。
……いや、知っていたとしても、だろうか?
それと、落ち着いたといえば、ラベンダたち戦闘メイドもだ。
勇者アリューシャを連れてこの部屋に転移した直後、俺はダンジョンマスターとしての権能を用いてラベンダたちに念話を入れた。
てっきり寝ているところを叩き起こすことになるとばかり思っていたが、俺の予想に反し戦闘メイドたちは総出で酒宴に興じていた。
……それも『視認』の権能でちらりと視たところ、詳しく説明するのがはばかられるほどの、部屋やら着衣やら転がる酒瓶やら、メイドたち同士での百合百合ゆりん気味な組んず解れつやら何やら、いろんな意味での乱れっぷりで。
だが、さすがはプロ。主人である俺の念話を受けると即座に全員忠実な戦闘メイドの顔に戻り、疾く俺の命令を遂行してくれた。
全員で役割分担し連携して、俺の状態回復魔法で正気に戻って、自らの破廉恥極まりない格好に羞恥に激しく取り乱す勇者アリューシャの世話をするもの。
桃色の靄に満ちた元俺の居室をその痕跡に至るまで綺麗さっぱり見事にあと片づけをするもの。
もちろんその際には、俺が新魔王となった経緯を戦闘メイドたちにも伝え、全力の賞賛の言葉と変わらぬ忠愛を捧げる旨を丁寧な揃ったお辞儀とともに受け取っている。
……ただ、俺が捕虜である勇者アリューシャにその…………そういう奉仕をさせようとしているという誤解が解けたときのほうがむしろ喜んでいたように見えたのは、やはり俺の気のせいだろうか?
戦闘メイドたち皆で一様にハイタッチして喜びあい、中には「これで私たちにもまだ記念すべきジュドさまの初めてを頂戴するチャンスが……!」などと言い涙腺を緩めるものまでいた。
まあおそらくは、ふとした拍子に気が緩み思わず痛飲による悪酔い的な影響が表に出てしまっただけのことだとは思うが。
……しかし、今回はとんだ迷惑をいまここに座る勇者アリューシャにも、ラベンダを初めとする戦闘メイドたちにもかけてしまった。
さらに、いまの俺は魔王。より多くのものの上に立つことになった主人として配下への指示には誤解がないように努め、より一層気を引き締めねばなるまい。
魔族と魔物双方に関する全ての決定権を持ち、同時に全ての責任を負うことになる新たな魔王として。
そこまでを考えていた俺が戦闘メイドたちが淹れたコーヒーを一口。
ほう……と息を吐くと、対面に座るメイド服を着た勇者アリューシャが思いつめたような表情で見つめていた。
――俺ではなく、その隣に侍るように座るデスニアを。
「デスニアちゃん。……ううん。前魔王デスニア。あたしどうしても、あなたに教えてほしいことがあるのー」
「む? この我に教えてほしいことだと? 何じゃ? 勇者の小娘。よいぞ? この我が貴様とは比べものにならぬほどに、いかにジュドさまに心酔し、敬愛し、思慕し、恋情をということなら、いくらでも――」
「ねえ。どーしてあなたたち魔族や魔物は、あたしたち人間を先にいじめて……侵略しよーとしたのー? 答えて」
その穢れのない青い瞳は、驚くほどに凪いでいた。
――まるで、内に秘める激情その全てを無理やりに押し殺したように。




