29、褒美と、お気に入りのコーディネート。
本日1話目。
――ぴちっ。ふぁさっ。
魔王の居室。
少し距離を空けて背を向けた俺の向こう。天蓋のカーテンで締め切ったベッドの奥から、衣服を身につける衣擦れの音が薄らと漏れ聞こえてくる。
「……むぅ。ジュドさまのいけずめ。この我のような愛らしい生娘がなけなしの勇気を振り絞ってこのような強硬手段に出たのじゃから、その意を汲んで手を出してくれてもよいじゃろうに」
「……いままた淑女らしくない随分と破廉恥なもの言いが聞こえてきた気がしたが、俺の気のせいでいいか? デスニア。それより、先ほどまでのような俺の貸したマント一枚とかではなく、ちゃんとまともな服を着たんだろうな?」
「も、もちろんじゃ! ちゃんと下着も履いたし、服も着ておる! いまのこの我お気に入りのコーディネートじゃ! こ、これ以上は、いくらジュドさまとて譲らぬぞ!」
慌てた様子で言い繕うデスニアに、俺は「はぁ」と嘆息すると、カーテンの閉まったベッドの前でくるりと振り返った。
「臣下の好みにいちいち文句をつけるほど、俺は狭量な主人ではないつもりだ。いいから、着替え終えたのなら、さっさとそこから出ろ」
「ほ、本当じゃな! その言葉、絶対に撤回はさせぬぞ!」
そうして、シャッと天蓋つきカーテンが開かれベッドから下り現れたデスニアの格好は、先ほど謁見の間で前魔王として俺と相対したときとほぼ同じもの。
曲がった黒の角が冠のように美しく彩る波がかった長い銀の髪とその雪白の肌によく似合う、体のラインにぴったりと添った所々の生地が薄くなった黒のミニドレス。
だがいまはなぜかその上に貸した片側留めの夜の闇を写した俺の藍色のマントを羽織る。
「む…………」
訝しむように眉を潜める俺を見て、すぐに慌てたようにデスニアは言い訳を始めた。
「きょ、居室と同じじゃ! このマントは四天王時代のジュドさまが使っていたもの! じゃが魔王となったジュドさまには、も、もっとふさわしいものを着てもらわねばならぬ! だ、だから、いらなくなったこれは、か、代わりにこの我が――」
マントの留め金の辺りをぎゅっと握り、上目遣いにその宝石のような揺れる紫の瞳で俺を見上げる少女。
大事な大切な宝物を取り上げられまいとするかのようなその態度は、まさに見た目相応、いやそれよりも歳が下の幼子そのもののような愛らしい姿。
だから、俺は――
「ふ。そういえば、先ほどは言葉で褒めただけで、与える褒美がまだだったな」
「え……?」
「デスニア。そのマントは先ほど俺の命令に従い大逆者を処断した褒美としておまえにくれてやる。それに確かにおまえの言うとおり、魔王としてのこの俺の品格も大事だ。だから、おまえが俺に用意してくれないか? 前魔王として、俺の信頼する右腕として、真なる魔王となったいまのこの俺にふさわしい、権威と畏怖の象徴ともなる新たなマントを」
「も、もちろんじゃ! す、すぐに用意するから待っておれ! ジュドさまの信頼する右腕たるこの我がっ! 永久に仕えし愛する主君、真なる魔王ジュドさまのためにっ!」
そうして、魔王の居室の奥。衣装部屋へとはずむように小走りに駆けていく幼子のような小さな背中を俺はふ、と目を細めて見送るのだった。




