8 霊魂
その夜──
藍冀公子と従者2人が廊下を歩いていた。
「ふわぁ~…。 坊っちゃま、こんな夜に何をするんです?」
「決まってるだろ。 あの無能に誰が上か分からせてやるんだ!」
「しかし、神力修様方から夜中は出歩かないようにと…」
「知るか! どうせ、たいした怨念じゃないだろ? お前、俺の言うことを逆らうのか?!」
「め、めっそうもない…!」
藍冀公子たちは藍冀魁杜つまり、空鬼呑心がいる空き部屋へと向かおうとする。
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(はぁ。まったく聞こえてるっつーの!昼間のことを恨んで、真夜中に襲おうとするなんて男として恥ずかしくないのか?)
呑心はこの話を"奏呪術【聞】"を使って聞いていた。奏呪術【聞】は、紙か葉などを使って聞きたい人の首の後ろに貼り、相手の会話、周りの声が聞こえる呪術だ。貼った紙か葉は神力者でないと見れず、一般の民が見れることはない。解くとそれは自然と消滅する。
そして、近くまで声が聞こえてきたので呪術を解くと、さっきまで藍冀公子の声がしていたのにいきなり静かになった。
(変だなぁ。さっきまで声が聞こえていたのに。)
不思議に思っていると、しばらくして「うわぁ!!だ、誰か!」と藍冀公子の叫び声が聞こえてきた。呑心は急いは部屋のドアを開けた。
着いたそこには、神力修の2人はひもにおり、空を指差して怯えている藍冀公子の姿が。指差している方を見ると、空には黒い煙がまとわりついた霊魂がいくつも浮いていたのだ。
「まずいな。これほどまで多いとは…。」
さっきの藍冀公子の声で藍冀夫婦や姫君、ましてや兵士達もでてきた。
「皆さん。あまり大きな声を出さないでこちらに避難を……」
「兄様!うるさいですわ!こんな夜中に!」
(あちゃ~。だめだ。そんな大声を出してしまったら…)
呑心は手をおでこにあてながら、思った。次の瞬間!空に浮いていた3つの霊魂が藍冀の姫君へ向かっていったのだ。
「危ない!」
神力修の声が響く。しかし、もう遅い。藍冀の姫君へと向かった3つの霊魂は、姫様の口から体内へと入っていった。霊魂が入ってしまった霊力がない人間は、生きている人でも屍になり、襲ってくるのだ。この事を神力者達の間では〔人死魂〕と呼んでいる。人死魂は神力者、神力修がなることは滅多にない。なってしまったときは屍より強い、"鬼"となってしまう。
屍になった藍冀の姫君は、華やかなお姫様の姿と違って、髪はボサボサで長く、牙がはえ、肌色も悪く、目は白目をしており、ガリガリと言うほど痩せ細った恐ろしい姿になっていた。
「うがぁぁぁぁ!!!!!!」
耳がちぎれそうなほどの叫び声。変わり果てた姫君に藍冀夫婦は声も出ず、その場に座ってしまう。他の兵士達は怖くなり、声を上げ逃げ回るやつらがでてきた。霊魂は次々と兵士達の中へ入っていき、屍が増えていく。
「こんなに声を上げるとまずい!」
「皆さん静かに!」
神力修が呼び掛けるが、兵士達は言うことを聞かない。
(人間は恐怖を感じると視野が狭くなる。はぁ。
!? 待てよ。一番始めに声を上げた藍冀公子はどこだ?)
呑心は藍冀公子の方を見た。
「あ…あ…うがぁぁぁぁぁ!!!!」
藍冀公子は呑心が思った通り、屍へとなっていたのだ。
「屍になった、か…。」
屍になった藍冀公子は鋭く長い爪で兵士達を次々と殺していった。
(ん?様子がおかしい…!屍はあんな一斉に殺すことなんてない!)
呑心は兵士達を殺している人死魂になった藍冀公子を見ていた。すると、おでこに小さな角が2本はえていることに気づいたのだ。
(あの角は…鬼!?なぜ!?藍冀公子《利道》は霊力がない。まさか、中に入った霊魂の霊力が強かったのか…!)
顎に手をあてながら考える。
「鬼が出るとなると話は別だ。俺が操ってもいいが、他の屍が邪魔だ。」
呑心は鬼神。その名の通り"鬼の神"。鬼神は鬼を操ることができ、鬼の王様だ。
(どうしたものか。)
神力修はと言うと、1人は藍冀夫婦のところへ。もう1人は兵士達が集まっているところへ行って守っていた。
(俺は襲ってくる屍を避けながら、神力修の近くへ行った。お子様な神力修達は始めてのことだろうな。)
「少し手伝うとしよう。」
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「おい!お子様神力修達!」
「「!?」」
2人の神力修は呑心を見た。
「誰がお子様ですか!」
「そんなこと今はいい!結界をひくことはできないのか!?」
すると、頭がよさそうで優しそうな神力修の1人が「そうか!」と言い俺がいた空き部屋へ結界の陣をひいた。
「皆さん!こちらへ!」
神力修の声を聞いた、藍冀夫婦や兵士達が空き部屋へと急いで入り、呑心も入る。最後は神力修が全員は行ったのを確認し、ドアを閉め、文字が書かれた札をドアへと張り付けた。