5 藍冀家
呑心は柱の影からこっそり様子を伺っていた。
◇◇◇
「藍冀夫人、今回の依頼はこの場にとどまっている怨念の退治でしたね。」
「そうなんですよ!毎年毎年生け贄を捧げているというのに、なかなかおさまらなくて困ってるんです…。今回、有名賛家の㯥舞月神である神力修様方が来てくださって、本当に頼もしいですわ!」
「こちらこそ、我々も最善をつくしましょう。」
「心から感謝いたします。そうだわ!私達の一族は有名賛家の末裔ですの!よければ、私の娘と見合いでも…」
藍冀家の客の間では、薄黄色の衣をきた2人の青年が、御簾越しに藍冀家の夫人らしき人と話をしている。青年達は祓いに来たのはいいが、いきなり見合いの件をだされ苦笑いをしていた。
(どっかで見たことある色だと思ったら、㯥舞月神の神力修か!)
月のように美しく礼儀ありの㯥舞月神。だから、否定したくても苦笑いだけですませる人が多い。
「もっと感情表現すればいいのに、もったいない!」
㯥舞月神は東領土。つまり藍冀家は㯥舞月神の傘下にあたいする。そして㯥舞月神は前世の呑心の賛家 冀魄空神とも仲がいい。
「今回来たのがお子様の神力修でよかったな。まったく。」
すると、後ろからズカズカと音をたてながら「おい!無能!やっと来たのか!」と声が聞こえた。
「無能のあげく、のろまなのか!?今回お前を呼んだのは、この仕事はしてもらうためだ!」
声の持ち主は藍冀家の公子、藍冀利道。そうして渡されたのは中くらいの袋に入った白い粉だった。
「公子様。こ、これは…?」
「あ?ふっ。これは亜鉛の粉末だ。母上からもらったのさっ!」
誇らしげに言う藍冀公子。
(誇らしげに言うことはではないぞ。それにしても亜鉛の粉末か…。)
体内に亜鉛が回ると嘔吐や頭痛、巾着くらいの量だと精神にも影響がでる。
「な、なぜこのようなものを…俺に…?」
「なんでって…当たり前だろ!お前があいつら、神力修達の茶湯にこれを入れて置いてくるだよ!それを神力修達が飲もうとするところに、俺が阻止する!俺は命の恩人になり有名賛家へと仲間入りさ!」
藍冀公子は、にやけながら盛大に笑った。
神力修で依頼を完了しに来るということは、実力があるやつらが来るということ。茶に毒が入れられたどころで気づかないはずがない。
(なんてお花畑な頭だ…。呆れるぞ。それに俺は2度も処刑にされるなんてごめんだ!ならば俺は、俺のやりたいようにする。)
呑心は亜鉛が入った袋を袖の中に入れ、片手を目の上に、もう片手を腰に持っていき、上を向いて笑った。
「はは…あははは!」
「何がおかしい!」
「へっ!そんな役この俺がやるわけないだろ!!」
「おっまえ!!なんだその口の聞き方は!?」
おどおどしい性格から変わりすぎたかなと感じたが、悪いことをするわけにはいけない。そう思いながら、呑心は藍冀公子を殴った。
「い、痛いっ!?おい無能!何をする!」
「何って、お前が正常になるよう戻す助けをしてやったのさ。」
「くそっ!おい兵士達!」
藍冀公子が叫ぶと、たちまち大勢の兵士達がぞろぞろと来る。
「やっちまえ!」
藍冀公子が命令すると大勢の兵士達が声を上げながら一斉によってたかってきた。
────バカめ
呑心が目を細め、少し「ふっ」と微笑むと兵士達の武器がすべて曲がった。そのときの目の色は赤色に変わり、猫のような瞳孔になっていた。
鉄でできている武器が触れられてもいないのに、曲がったことに驚きを隠せない兵士達。
「どうした?武器がすべて…。ガラクタになってしまったな。」
バカにしたように笑うと、怒った兵士達は素手で殴りに来る。呑心はすべて避けるだけで、兵士達はお互いぶつかり合って倒れたり、こけたりするだけだった。
「使えないやつらめ!」
そうして大勢いた兵士達はなぜか全員倒れており、「うっ」と言うだけでなかなか立ち上がれそうにない。とうとう1人になった藍冀公子は驚き、後ろに倒れ腰が抜けたように座ってしまった。
「ひっ!化け物だ…!」
「で?お前は?どうするんだ?」
呑心はパンパンと手をはたき藍冀公子をチラッと横目で見た。
「む、無能のくせに!は、母上~!!」
「え?あ、おい!待ちやがれ!あはは!」