29 思い出
─虎の刻。
良い子はそろそろお家に帰る時間帯。大通りの店は閉める支度をしており、子供達は両親が待つ家へ帰っている。大空を飛ぶ小鳥達も戯れながら、鳴き声が遠退いていく。
秒針のように庭の鹿おどしもリズムよく音を立てていた。穏やかな時を進む中、思季と廿吉爺はゆっくりと茶を飲む。すると、ほとんどの餅を平らげ満足した呑心が口を開く。
「もうこんな時間か。楽しい時間はあっという間におわるな!思季!」
笑顔を見せる呑心に、思季は微笑みを返す。昼から空天邸を抜け出している2人は自分達の状況を思い出した。
「呑心は良いとして、思季様がここにおるんじゃ。今頃、空天邸は大騒ぎじゃないのかの?」
「え、俺は良いとしてって言った??じっちゃん???」
そう。空天家の公子様が昼から行方が分からないことは、一大事にすぎない。ついでに、いつものことだが優秀な神力修である呑心も、だ。きっと、空天邸の従者や神力修が探し回っているだろう。
「どうせ今回は、このバカに無理矢理連れてこられたんじゃろうがのぉ~。」
「バカ??」
髭をさわりながら言う廿吉爺は、じろりと呑心を見る。そんな彼は自分を指差し、口があんぐりと開いていた。
「今回もです」
「思季!?」
横目で見ていた思季は、目を閉じ言った。あまりにも想像していなかった答えに呑心は驚き、トホホと悲しむ。その様子に笑う廿吉爺。だが、思季の言葉には続きがあり、2人は再び目を向けた。
「でも呑心は、いろいろな街を、民達を見せてくれる。邸では、外に出ることがあまり許されないので、感謝をしています。」
突然の“ありがとう“に、なぜか心を打たれた呑心は思季に抱きつこうと両手を広げ突進した。むろん、思季は顔を赤くし、必死に抵抗している。そんな様子に呆れるばかりであった。
「さぁもう帰れ。今は秋、夜は寒くなるころじゃ。……なに、そんな顔をするでない。もうここへ来れないというわけではないじゃろ?お主達がよければ、また遊びに来なされ。呑心!お主は少し修行に集中じゃっ!」
「か、考えとく…。」
悲しげな顔だった2人に廿吉爺はそう告げた。修行の話を持ち出された呑心は固まり、視線をぎこちなく剃らす。
しばらくして、甘味処から外に出た。空は薄くオレンジ色になっており、どことなく静けさを感じさせた。竹林の入り口の方へと歩きだそうとした呑心と思季は一旦振り向く。玄関まで出て廿吉爺も2人を見送ろうとする。
「それでは、またいつの日か…。」
「達者でな。次会えるのを心待しとくよ。」
「じっちゃん!修行頑張ったご褒美、期待しとくからな!」
「…はいよ。」
しぶしぶ返事をした廿吉爺。見つめる先には、だんだんと遠退いていく呑心と思季の背中だ。2人はなにか話しているようで、こちらまで話の内容が分かりそうなほど、微笑ましかった。
2人の姿が見えなくなり、ようやく家の中へ入る。そして、片付けとして机を拭こうと3人いた机へ向かった。ふと、その場に“ある物“が置いてあることに廿吉爺は気づく。その上には、和菓子代といえるお金が2人分置いてあったのだ。『やっと気づいたな』と言うかのように『チャラッ』と、お金独特の音が聞こえた。廿吉爺は水を掬う感じで代金を手に取った。
「あの坊達、それぞれ代金を置いて去るとは…。やりよるのぉ…。」
すると穏やかな風が吹き、窓から落ち葉と共に緑色に光る水滴が入ってきては、文字が浮かび上がってきた。
【奥様との思い出であろう和菓子を
お金で償ってしまうことにお許しください。】
時間が経つと儚く消えていく水滴に、廿吉爺はあの子達なりの感謝なのだろうと感じた。
「少々わるい気持ちもするが……。よし、しゃあない。次あやつらが来たときのために、特性の和菓子を用意しとくとするかの。」
そう決心する廿吉爺であった。
◇◇◇
竹林の中を歩いて帰っている呑心と思季は何気ない日常の会話をしていた。その最中に突然、ピタッと呑心は立ち止まる。歩いてきた道を振り返り、顔をニヤつかせた。そのことに思季も感づいた。
「…お!じっちゃん気づいたな。」
「本当にあんな感じで伝わっただろうか…?」
虫の知らせこと風の知らせでビビッと呑心は感じた。一方、思季は冷静に考えている。
「じっちゃんの和菓子は、奥さんと一緒に作った思い出の宝物だ。ま、もともと和菓子なんかに興味がなかったじっちゃんが、興味を持つようになった理由が奥さんだったからなぁ。」
「興味がなかった?」
「あぁ。じっちゃん、前職はすごいところだったらしいけど突然やめて、奥さんの得意な和菓子を一緒にやり始めたんだ。」
呑心は廿吉爺のことを話す。その顔や声はどことなく真剣さを出していた。少し廿吉爺のことを知れた思季は、落ち葉を拾う。
「思い出の宝物は、お金だけで絶対に償えることではない。ならば、一言伝えておかなければ…。」
「…そうだな!」
思季は拾った落ち葉を指と指の間に挟み、フッと息を吹き掛けた。
──【水伝】
〈奥様との思い出であろう和菓子をお金で
償ってしまうことにお許しください。〉──
落ち葉を離すと周りに水滴が集まり、風に運ばれていった。
「この土地特有の水滴で、相手に伝える術。結構便利だなよな。」
「そうだな。これで伝わるだろう。」
運ばれた落ち葉を見送り、再び歩き出した。夕日の頭部分だけがでている。
「思季!一緒に帰ろう。」
「当たり前だ。呑心。」
夕日に照らされながら、2人は笑った。




