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第六十二話 1月3日②

 動画が再生され、冒頭の自分の情けない挨拶が耳に飛び込んできた瞬間、僕は全身が凍り付いたように感じた。


 まさか、本当に自分がこんな動画をアップロードしていたとは。


 酔っていたとはいえ、正気の沙汰ではない。


 画面の中の自分は、呂律の回らない舌でまくし立てている。


『皆さんこんばんは。株式会社●●●●で働く童貞木毛尾拓です。いや〜、ついにやっちゃいましたよ。35年間守り抜いた童貞を、この歳でカミングアウトするというね……もう隠すの疲れちゃった…僕ちん。』


 隣に座る鈴木君は、苦笑いを浮かべながらもカメラに向かって手を振っている。


『皆さん、こんばんは。たっくんの長年の悩みが、ついに白日の下に晒されましたね(笑)友人の鈴木京です。』


 コメント欄はすでに阿鼻叫喚の様相を呈している。


 『童貞w』『キモ!』『ドンビキ…』『放送事故乙』といった辛辣な言葉が容赦なく並んでいる。


 中には、顔出ししたことを心配するコメントや、鈴木君との関係を訝しむ声もあった。


 動画が進むにつれ僕の顔は青ざめていった。


 自分の口から、飯野さんの名前が出たのだ。


『鈴木君は知ってるんだけど。』


『うん…』


『僕は好きな人がいて…飯野尋さんっていう若手女優さんなんだけど……可愛くて、演技も一生懸命でさ……でも、俺みたいな童貞のおじさんじゃ、絶対相手にされないよな……』


 酔いの勢いとはいえ、憧れの飯野さんの名前をこんな形で公表してしまうなんて。    


 恥ずかしさと申し訳なさで、頭を抱えたくなった。


 そして、鈴木君とのあの衝撃的なやり取りへと続く。


『僕ちん……このまま死ぬまで童貞か……虚しい…ぴえん…1回ぐらい誰かとヤリたかったな……』

 

『たっくん…かわいそう……僕が童貞をもらってあげようか?』


『え…悪いよ…流石に。』


『他の人は無理だけどたっくんならアナルバージンあけていいよ。』


『ホント?イケメンな鈴木君が僕の童貞をもらってくれるの?』


『もちろん。』


『嬉しい……不慣れだから痛くしたらごめんね。』


『大丈夫さ…だから来て……』


『うん……』


 この辺りの記憶は全く覚えていない。


 だが映像の中の自分は満更でもなさそうだ。


 そして、唇を重ねた瞬間動画は途切れ、音声だけが生々しい音を拾い始める。


「うああああああ!」


 僕は耐えきれず、スマホを床に投げつけた。


 画面が割れる鈍い音が部屋に響く。


「何やってんだ、僕は……」


 頭を抱え、床にうずくまる。


 YouTubeのアカウントは一時期料理にはまって、作る過程を撮って、アップする程度のもので登録者数もそれほど多くはなかった。


 しかし、こんな衝撃的な内容の動画が公開されてしまえば、瞬く間に拡散されるだろう。


 会社に、そして何より飯野さんに、どう釈明すればいいのか。


 考えれば考えるほど、絶望的な気持ちが押し寄せてくる。


 その時、投げつけたスマホがブルブルと震えた。


 画面は割れて見にくいが、会社からの着信表示が出ている。

 

 恐る恐る電話に出ると、案の定、上司の怒号が飛んできた。


「木毛尾!一体どういうことだ!!あの動画は一体何なんなんだ!会社には問い合わせが殺到しているぞ。」


「す……すみません……」


「すみませんじゃ済まないぞ!お前のせいで、会社の信用が地に落ちるんだ。一体何を考えているんだ!後で弁明しに来い!!」


「はい…」


 電話を切ると、今度はLINEの通知が鳴り止まない。

 

 会社の同僚と後輩からのメッセージ、友人たちからのからかいや心配の言葉、そして、飯野さんからのメッセージが目に飛び込んできた。


『木毛尾さん、動画見ました。あの……大丈夫ですか?心配です。何かあったら、いつでも連絡してください。』


 飯野さんの優しい言葉が、今の僕には痛すぎる。


 自分の愚かな行動で、彼女に心配までかけてしまった。 


「もう、本当に終わりだ……」


 打ちひしがれ、床に崩れ落ちた。


 目の前には、割れたスマホの画面が、まるで自分の未来を暗示しているかのように、暗く光っていた。


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