学生警備隊
角田は三階から四階に移動した時、廊下に警報音がなり始めた。
「火災? じゃないな」
火災ならもっと派手に金属系のベルがなるだろう。
流れ続ける警報音に、人の声が入る。
『侵入者だ。学生警備隊はすぐに侵入者を探し出せ、繰り返す……』
依田先生の声だ、と角田は思う。
角田は自分の前方の教室の扉、続いて、後方の扉が、開場する音を聞いた。
扉から学生が出てくると、金属の警棒を取り出し、構えた。
特殊警棒と呼ばれるものだ。
「君たちが警備隊ってわけか」
学生は無線式のヘッドセットをつけている。
「四階、侵入者、発見しました」
「俺もちょっと前から臨戦態勢なんだ。二対一になる前に、倒させてもらうよ」
角田は、前方と後方の学生の体格を見てから、前方の学生なら勝てると、判断した。
おおきく振りかぶって、顔面を打つふりをする。
その学生は角田の拳を迎え撃つように、警棒を振り下ろす。
顔面を打つのはフリなので、警棒に当たらないよう腕を引き直すと、素早く踏み込んで学生の腹に拳を叩き込んだ。
学生は激痛に耐え切れず、思わず床に手をついてしまう。
「おい、大丈夫か?」
学生が警棒を手に取ろうとすると、角田が踏んで押さえ込む。
「本当に大丈夫か」
角田は問いかける。角田は警棒を踏んでいる訳で、警棒を通じて角田の体重が指に掛かっているのと同じなのだ。
「ほら、痛いだろう?」
後ろからもう一人の学生が近づいてくる。
角田は目で牽制する。
あまり時間を掛けてられない。
人数が増えれば、いずれ捕まってしまう。
角田はヘッドセットの向こうにいる二人に話しかける。
「おい、やばいぞ」
俺は白い塔の地下にある小さな警備室で、角田の声を聞いた。
『おい、やばいぞ』
各々に渡してあるスマフォを通じて音声が共有されていた。
「わかるが、監視カメラが見つからない」
そう言えば、しばらく前から高橋の姿も見失っている。
『とにかく何とかしろ』
近くの部屋は学生が入っている。見つかっている状態から、そこに隠れても無意味だ。
監視カメラで警備隊がやってくる状況を見て、角田が逃げられる確率が高い逃げ道を指示するくらいだ。
「とにかく場所を移動しろ。囲まれるぞ」
『だから、どっちだ』
「こっちだって全部見えてる訳じゃない。そこがどこかも探せてない」
『うっ!』
「角田、どうした!」
『マイクに叫ぶな、うるさい』
高橋の声だ。
「高橋か、高橋は今どこにいる」
応答がない。
俺はハッキングした履歴が残らないように、ログを消去していた。
作戦の終了時間はとっくに過ぎている。
「聞こえてるか? 塔の入り口で落ち合おう」
そう言って広げていた機材をまとめると、警備室をでた。
「貴方が塔に侵入したネズミさんの指揮官という訳ですか」
俺は嫌な予感がして、咄嗟にスマフォのカメラで録画を始めた。
通路の角から、声の主が現れる。
「依田先生……」
「お仲間は、警備隊が捕まえてしまいましたよ」
さっきの声はそういうことだったのだろうか。
俺は疑心暗鬼に陥っていた。
「つまり、抵抗するだけ無駄ですからね」
いや、少なくとも高橋は捕まっていないはず。
スマフォを胸ポケットに入れ、カメラを先生へ向けた。
実際の依田は、Webで予習した姿よりずっと大きく見える。
角刈りで、体にピッタリのスーツを着て、今時珍しくネクタイまでキッチリ決めている。そのキッチリした格好が、却って反社とか、悪い印象を与えていた。
「録画しても無駄ですよ。そんなものアップロードさせませんから」
「ライブ配信に決まってるだろ」
そう言うと、依田の口調が少し変わった。
「これはシナリオのあるお芝居ですから、ライブ配信と言って事実だと受け止める人はいませんよ」
ライブ配信はハッタリだったが、行動を少し躊躇させる効果はありそうだ、と俺は思った。
「わざわざ塔に入ってきて、何をしていたんですか?」
俺は距離を一定に保とうと、依田が進んでくる分だけ、後ずさる。
「何か欲しいものがありますか? 渡せるとは限りませんが、例えば『僕も特別教室に入りたい』というなら、貴方も特別に参加を許可します。ただし、勝手に侵入して何をしていたか、すべて話してもらうことが条件です」
依田は階段からこっちに向かってきた。
俺が塔を出るための方法はその道しかない。
「何か言ったらどうですか。力ずくでされるのが好きなら、初めからそう言ってください。始めますので」
依田は片手だけだったが、相撲の立合いのように、拳を床へと下げながら、前傾姿勢をとった。
この巨漢が、突進してきたら、俺は……
「待って!」
依田は二メートル、二百キロ。手を伸ばせば、この通路幅は完全に封鎖できる。
運動自体が不得意で、胸の病気もある俺が、立合いをかわし、脇を抜けて逃げ切ることは出来ないだろう。
事前に入手した塔の図面をもう一度思い出す。
俺の後ろ側に何があったか。
メンテナンス用の小さな扉。
その奥にはパイプスペースがあるだけ……
詰んだか。
しかし、進む道はそこしかない。
俺は依田に背を向けて走り出した。