対決
角田は、塔内を歩いていた教師に見つかったが、誤魔化そうとしていた。
『俺はここですよ。さっきまでいたんだから』
監視カメラ映像が探せていないが、俺は角田がさっき調査した個別教室だと判断して遠隔で解錠した。
『えっとIDカードは…… っと』
角田のマイクを通じて、先生の声も小さく聞こえる。
『個々の教室の出入りにはカードを使うはずだ。今、どうやって教室の扉を開けた?』
『施錠しろ』
『ナニッ!?』
という先生の声が聞こえる。
角田は先生に言っているんじゃない、俺に言っているのだ。
『いいから施錠しろ!』
角田に言われるまま、俺は該当扉を施錠した。
角田は拳にタオルを巻いた。
「なんのつもりだ?」
と教師は言った。
「どうやって塔に入ってきた」
「山口先生。申し訳ない」
危険を察知した教師は、退出しようと自分のIDカードに手をかける。
「!」
山口はカードをかざす間もなく、羽交い締めにされてしまった。
「抵抗すると、痛い目にあいますよ」
「暴力は犯罪だぞ、学校内だって、外の社会と同じだぞ」
「俺。覚悟を決めてやってることなんで」
体を振って角田を引き剥がそうとする山口の脇腹に、角田がタオルを巻いた拳を叩き込む。
「おとなしくしてください」
「離せっ!」
「まだまだ元気ですね」
二発、三発、とづつけていくうち、山口の抵抗する力が下がっていく。
角田が手を離すと、山口は立っておれずに床に転がってしまった。
尻のポケットから縄を取り出すと、角田は手際良く山口の手足を縛った。
「解錠」
そう言うと扉が解錠し、角田は教師を転がしたまま教室を後にした。
警備室にいる俺は、角田がでた教室を施錠すると、サーバーへのアクセスを始めた。
もう授業は終わる。
佐川が職員室に戻り、趣味の監視カメラを確認すれば、俺たち三人が授業を抜け出したことに気づかれる。後はそう時間がかからず、この塔内に警告が発せられるだろう。
俺はサーバーに入るが、ファイルらしいファイルがない。
保管しているファイルがない、空のNASなのだろうか。
時間がない……
これはダミー、あるいは使用していないものだと判断して、俺は別のサーバーの探査に移る。
「まさかネットワーク自体がダミー?」
俺はもう一度WiーFiを探査しなおした。
一つ、やたらに電波の弱いネットワークがある。
まさか、この位置からでは届かないのか。
俺はノートPCを必死に動かすが、全く捉えられなくなった。
『落ち着いて』
高橋の声が聞こえてきた。
『あなたなら解けるはず』
俺は目を閉じた。
この警備室は何かがおかしい。
空調も寒すぎる。
音も……
「!」
この入退室用のオフラインのPCはやたら音が大きい。
そのせいで気づかなかった。
俺は椅子を回して、後ろを向いた。
部屋を仕切るように天井から下がるカーテン。
俺は立ち上がってそれを開けた。
「これかっ!」
俺はテンションが上がっていた。
一本、ラックが立っていた。
網目になっている前面扉から中を確認する。
監視カメラのレコーダーがいくつか、無線ルーター、L3スイッチ、非常用電源装置……
「あった」
サーバーなのか、NASなのかはわからない。いくつかそれらしい機器がある。
ラックの扉には上下に伸びるクレモンボルトがあり、それがラック側に固定されている。
扉のレバーには鍵穴がある。
鍵を回して、このばね仕掛けで引っ込んでいるレバーを出し、レバーを回すことでこの上下のボルトを引っ込めて扉を開ける仕組みだ。
警備の机に戻り、引き出しを順番に開ける。
管理がいい加減な場合、こういった場所に予備鍵を入れてしまっている。
探しても鍵らしいものは見つからない。
こうなったら物理的に開けるか。
俺はポケットに入れていた十徳ナイフを取り出して、機能を確認する。
この鉄製のクレモンボルトを削ったり、鍵でラッチしている部分に力を入れて外すことは無理そうだった。
一度、ナイフ部分を突き立てて、テコの原理で跳ね上がるか試してみる。
手が痛くなるばかりで、全く動かない。
もう少し、俺に腕力があればこの十得ナイフでも開けれたかもしれない。
だが、ダメだ。
俺は、絶望した。
自分の能力を過信して、こんな無謀な計画をたて、二人を巻き込んでしまった。
その時、警備室が暗くなった。
どうやら無操作でディスプレイがOFFになったのだ。
俺はもう一度、デスクに戻って入退室管理用パソコンのマウスを動かした。
ディスプレイがパッと明るくなる。
「ん!?」
俺は入退室管理パソコンの画面をじっと見つめていた。
手足を縛られ、床に転がっていた山口は、体を捩りながら体を震わせると、スーツの胸ポケットに入れていたスマフォを出した。
芋虫よりも不自由な動きで床で回転し、スマフォに顔を近づけると唇で触れる。
スマフォに顔が映るようにして認証すると、再び唇を使って操作する。
通常の操作より五倍も十倍もかかって、ようやく音声が繋がる。
『山口先生。何ですか、授業中ですよ』
「依田先生! 緊急事態です。塔に侵入者が」
『それはどこですか?』
「三階です」
『分かりました』
会話が終われば切ると思っていた依田は、自ら通話を終了しない。
そして山口もいつもなら切るのだが、唇を使って通話を終了することが困難なため、通話が終了できない。
『ちょうどいい。学生警備を向かわせるか…… ん? まだ山口繋いでいるのか?』
『手足を縛られてて操作が思うように出来ないんです』
『すぐに警備を向かわせる』
通話が切れた。