白い塔
放課後、俺と高橋、角田の三人は、B棟の端にある教室から外を眺めていた。
高橋、というのは高橋の『影武者』のことだ。俺は本当の名前も知っているが、角田の前で言うわけにはいかない。だから、便宜上、影武者を『高橋ひかり』としている。
三人がいる教室からは、学校の敷地内にある白い塔がよく見える。
「塔は、カードを使った入退室管理システムで管理されている。入退室管理システム自体にアクセスしようと思ったが、どうやらオフラインで、塔内で独立したネットワークになっているようだ」
俺がそう言うと、角田が言った。
「最近、授業も放課後だけじゃなくなっているな」
「そうね。主要な科目の時も、あっちで授業を受けているみたいね」
また一人、生徒が白い塔の入り口で、カードを操作した。
「図面はあるぞ。二重扉になっていて、内側には生体認証システムが入っているらしい」
「『ようだ』とか『らしい』とか。なんではっきり分からないのよ。生体認証ってなによ、虹彩? 指紋、静脈?」
高橋は責め立てるようにそう言った。
「そうとしか書かれてないんだ」
「ハッキングにも限界はあるってか」
そう言うと角田は双眼鏡を取り出して、覗き込む。
「なんだろうあれ」
俺は双眼鏡を奪い取るようにして覗き込む。
次の生徒が入って、手前のドアが開いた瞬間に奥を覗き込む。
「あれは、指静脈だな。どこかのデータセンターで見たことがある」
と、ドアが開く音がした。
「何が分かったって?」
俺は高橋の気配で、その声が『敵』だと分かった。
ゆっくりと、見られないように角田に双眼鏡を返す。
「住山、お前に言っているつもりなんだが」
俺は振り返る。
佐川先生が教室の中を進んで、こっちに向かっている。
「あ、俺ですか? 特に何も」
「横の二人は耳を塞いでくれないか。住山と話がしたいんだ」
「だから何も」
「学校の何が知りたい? 答えられることなら先生に聞け」
佐川は、自身の細い目を指さして、そう言った。
「佐川先生の手を煩わせるまでもないじゃないですか」
「答えられないことはダメだ。開ける方法を知っているからとか、扉が開いているから、とかそう言うのは、他人の部屋に入ったことを正当化出来ないんだぞ。他人の部屋に『無断で』入れば犯罪だ」
佐川は学生の机に腰掛け、足を組んだ。
「そうですよね。けど証拠がないのに他人の家に入った、みたいに罪を被せるのはどうなんでしょう」
「誰が罪を被せたって?」
「例えばの話です。俺は、何も身に覚えのないことを、今、先生から咎められている気がしたんです。そういうつもりじゃなかったら、謝ります」
先生の、その細く開いた瞼の中で、目線が動いた。
佐川は、ハッキングについて何かを感じていて、俺に探りを入れているのだ。
「学校について知りたいわけじゃないなら、別にそれでいい。それより、ほら、こんなところでたむろってないで、早く帰れ。みんな三年生なのだからそれぞれの目標に向かってやることがあるだろう」
「私、CMの撮影があるんでした」
高橋が、小さい声でそう言うと、さっさと教室を出て行った。
「予備校の時間か」
と言って角田が追うように出ていく。
「俺も」
角田に続いて行こうとすると、佐川が言う。
「絶対に尻尾を捕まえてやる」
俺は聞こえないフリをして教室をでた。
角田に追いつくと、後ろを確認しながら訊く。
「あのネカフェかな?」
知るか、という感じの表情をしたまま答えは返ってこない。
学校からスマフォの返却を受けると、電源が入るのを待って、画面を開く。
「いつもの場所」
とだけ、高橋からのメッセージが入っている。
俺たちはネカフェに入ると、受付のところに高橋が出てきた。
店員が納得したように頷くと、俺たちを通した。
部屋に入ると、高橋が切り出した。
「佐川に目をつけられたのは痛いわ」
角田が付け加える。
「スネーク佐川って言われてるくらいだからな」
「お前ら、何でそんなに先生の情報を持ってるんだ」
「全然教師の情報を持っていない方がおかしいとは思わないのか? 俺たちは三年生なんだぞ。先生の性格とかも把握していてもおかしくない」
「佐川は『ねちっこい』上に、授業が毎年、一字一句同じ授業をするほどの奴なの。つまり、暇人なのよ。監視カメラ映像を見るのが趣味だし」
いや、高橋のこの細かい情報は、俺たちが三年だから、と言うのが理由にならないだろう。明らかに学校の教師を調べ上げた結果に違いない。
角田が意見を言う。
「固まって行動せず、一人ずつ行動するか? それなら佐川は誰を追うか決められないだろう」
「住山はドローンとかは持ってないの?」
「持ってない」
「メガネかけてるし、表情も暗い。顔的には持ってそうだが」
「暗いのは認めるが、顔でドローンを持っている持ってないを判断するのかよ。大体、本人が持ってないって言ってるだろ」
「角田はわかってないわね。このメガネは伊達メガネよ。度が入ってないでしょ」
「はぁ? おしゃれメガネかよ。舐めんな」
「伊達メガネを責められるの初めてだ」
「外してみろよ」
そう言って角田が俺のメガネに手を伸ばしてくる。
「やめろ」
俺はその手を素早く払い除ける。
「ふふ、トラウマに触れたみたいね」
高橋が笑った。
事務所側が入れ知恵したか、本人が自主的に調べたのかはわからないが、俺の情報を探ったとみえる。
「何がおかしい」
角田が俺と高橋の肩に手を置いて、距離を作るように押し広げた。
「ふざけるのはおしまいにしよう」
どの口がそんなこと言うのか。
俺は頭に血が昇っていた。
「俺は松田の家に言って、俊平の母親から遺書を預かった。何度見ても、遺書というにはおかしい。断片的な内容をくっつけたような気がする」
松田が三人の真ん中に紙を置いた。
人の手で書いた文字だった。
俺は言った。
「確かに、今時、手書きするかな」
「スマフォやPCで遺書を書くのは、住山だけだろ」
「というかこの、バラバラな文を並べたような印象を受けるのは、筆跡を真似ようとした結果なのかも」
高橋はそう言った。
俺はノリでそれに応えた。
「つまり、本当の遺書はスマフォかPCに残って……」
「バカ。そんなことが言いたいんじゃないわ。松田くんが自殺じゃないってことよ。第三者が筆跡を真似るために、松田くんが書いた字をピックアップして文を作った。だから長文は書けなかったのよ」
「それなら納得がいく。俊平が、わざわざ駐車場に停めてある放置自動車で自殺するだろうかって、ずっと考えてた」
「まあ、それは推測だな」
角田が俺の襟首を掴んできた。
「自殺じゃないことを裏付ける要素はまだある」
俺に向かって角田はノートを開き、見せてきた。
「『偏った思想』、『宗教的、どうして文句言わないのか』それとなんだ? 『調べる方法があるはずだ』って、これは?」
「松田のノートだよ。自殺する前の」
高橋が奪うようにそのノートを見て、端に書いてあるその文字を見る。
「松田くんが『特別教室』のことを調べていた、とか?」
「俺にはそうとしか思えないんだ」
「住山は松田くんのこと、何か調べてきた?」
松田の話はほとんどネット記事になってない。その点はいくら調べてもダメだった。
「車のドアをどうやって開けたか、って話を調べたんだが」
「それがどうした」
「何だよ、角田、お前もさっき言ってたじゃないか。わざわざ放置自動車で自殺した理由がわからないって。俺はその前に、どうやって車に侵入したか知りたかったんだ。車のドアを開けるには、ちょっと昔なら、窓ガラスに沿って金属で出来たハンガーのようなものを突っ込んでピッキングできたらしい。だが、今はその隙間がなくなって、簡単には開けられないんだそうだ」
「そうだ。やっぱり、松田がそんなことをするわけない」
「その結論は早いだろ。じゃあ、どうやってインロックした時に開けるのか」
「結論から言いなさいよ。インロックしたら、どうするの?」
「JRI(JidoshaRenmeI:自動車連盟)を呼ぶんだよ」
角田がそれ聞いて怒ったように吐き捨てる。
「くだらん。そんなことをもったいぶって言うな」
「……」
高橋は、何か気づいたように持っていたスマフォで検索をした。
そしてスマフォの内容を見ながら、ボソリとつぶやく。
「依田先生」
俺はニヤリと笑った。
「それがどうした」
「角田、お前、依田先生の前の職業知ってるか?」
「まさか!?」