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それぞれの謎

 角田(つのだ)はネカフェを出ると、松田の家に向かっていた。

 松田は学校から家に帰る途中、駐車場に停めてある車の中で『練炭』自殺していた。

 松田の家の車ではないし、駐車場にあるレンタカーでもない。

 長期に渡り放置されていた車で、駐車場のオーナーも認識していた車両だったらしい。

 そこで外から車のドアロックを開け、練炭を持ち込んで自殺した。

 それが表向き(・・・・・)自殺と言われている松田の死だった。

 角田は横目で駐車場を見て、そんなこと思い出しながら、歩いていた。

 自宅とかならともかく、わざわざ、放置車両の中で自殺するだろうか?

 自殺するほどの状態なのだから、そんなこともあるだろう、と他人(ひと)は言った。

 そもそも自殺するほど思い悩んでいるなら、俺に一言いってくれれば。

 あいつの特別教室が終わるまで待って、一緒に帰るとか、声を掛ければよかった。

 松田の家は、あたりが暗くなっているのに、部屋に灯りがついていなかった。

 角田は、引き返そうとしたが、一応、インターフォンを鳴らしてみる。

『どなた』

 母親の声だった。

「角田です」

『チカラくんだっけ』

「そうです。ツノダチカラです」

 バタバタと音がして、部屋の灯りがついた。

 玄関が開くと松田のお母さんが出てきた。目の周りが黒く汚れている。

「今日はどういったご用件かしら」

「突然すみません。俊平と話がしたくて」

「ええ。どうぞ、上がってください」

 角田は位牌にペットボトルの緑茶を置いた。

「お前、いつも緑茶だったよな」

 手を合わせると、松田の笑顔が繰り返し思い出された。

「ありがとうね。俊平も、お茶はお腹いっぱい飲んだと思うから、チカラくんが代わりに飲んで、それと、このお饅頭もよかったらどうぞ」

「……」

 角田は、松田のお母さんと話をした後、要件を切り出した。

「あいつの部屋、見せてもらっていいですか」

「片付けられなくて、散らかっているけど、チカラくんなら俊平も喜ぶわ」

 二階の松田の部屋に通されると、角田は言った。

「まだ近くにいるような気がして」

「そうね。私もまだ、そういう気持ちになるの。お骨を見ているのにね」

「……ちょっとだけ、机の中も見せてください」

 母が頷くと、角田は、机の上やバッグから、ノートを取り出して中を見てみる。

 本当に松田が自殺したのか。

 ノートの端に書いてある戯言を、読んでいく。

『変な張り紙が多すぎる』

『偏った思想』

『宗教的、どうして文句言わないのか』

『調べる方法があるはずだ』

 日付的に、自殺した月の書き込みだ。一つ一つの書き込みは、自殺とはつながらない。

「自殺するような感じがしない」

 角田がボソリと言うと、母親が言った。

「私もそう思ってた。警察も学校も、思い詰めてたって言うんだけど」

「車の中から発見されたと言う遺書のことですよね」

 母親は頷く。そして箱を机に置いて、中から封筒を取り出す。

「これが遺書、ということになってるの」

 母親にとって遺書(それ)は『警察が渡してきた紙』でしかないのだ。

 角田は渡された(コピー)を眺める。

 松田の字を、こんな真剣に見たのは初めてかもしれない。筆跡なんてよく分からなかったが、見比べる限りは字はそっくりだ。

『ついて、いけない。成績が、上がらない。生きる意味が分からない。僕はどうしたら 俊平』

 まともじゃない文章だ。

 真面目だったが、明るい人柄だった。そんな松田が、突然、生きる意味に悩むだろうか。

「こんなこと、言うかな……」

「そうね。俊平っぽくない」

 母親はゆっくり首を横に振るが、表情は諦めているようだった。

「けど、俊平は戻って来ない。死んだ者は生き返らない。だから、いろいろ納得いかないけど、もう『済んだこと』そう思うことにしたの」

「……」

 角田は、ノートをいくつか重ねると、母親に言った。

「これ、お借りしたいんです。俺には、どうしても、彼が自殺するとは思えない」

「いいわよ。好きなだけ持っていって」

 母親は、部屋の雨戸を出し、カーテンを閉めた。

「もう暗いわね。チカラくん、ご飯食べてく?」

 母親は笑った。

「寂しいから『うん』って言って」

 角田は頷いた。



「ほら、そろそろ夜学に通う時間だぞ」

 昼の学校に通っている高橋が、なぜ夜学になぜ通っているのか?

 俺は高橋の事務所のサーバーをハッキングして、ある事実に辿り着いたのだ。

「前にも言ったが、ピクグラに載せた本人の写真とか、仕事の感じとか、そう言うのから考えると、学校に来たり早退したりするタイミングが、ギリギリなんだよ。そして、いくつかは矛盾も見つけた。学校に来ている高橋が替え玉か、映画の撮影に行っている高橋が偽物か、どっちかだと思った」

 高橋の格好をした女は、黙っている。

「俺のPCで事務所のサーバーにファイルを送ったのは迂闊だし、大失敗だったな。あの時は仕方なかったが、履歴を消すべきだった。そのお陰で、いろいろな情報にアクセスできてしまった」

 俺は話を続ける。

「事務所の情報を見ていると、ある学生の情報があった。高橋より一歳年上で、翔頭の夜学に通う女生徒。備考に声がそっくりと書いてあった」

「それが?」

「顔は似せれる。だが、声は重要だ。常にモノマネで喋り続けることはできないからな。事務所の人は優秀だよ。高橋ひかりの『影武者(かげむしゃ)』になるべくして生まれてきたような女性(きみ)を見つけたんだから」

「……」

 ぐうの音も出ない、そんな感じだった。

 俺はPCの時計あたりで、マウスカーソルを激しく動かした。

「ほら、時間。着替えて、特殊メイクも落とさないと、そんな格好で夜学に行ったら『アイドルの高橋』がここにいるなんて噂が立っちゃうぞ」

「大きい声で言うの、やめて」

「店員に聞こえたっていいだろう? この店、どうせ事務所の関係企業だろ?」

 高橋の姿をした女生徒は立ち上がった。

「感じ悪いわね」

「俺の態度が感じ悪く思えるなら、脅すのはやめてくれよ。薬をすぐ返してもらった時から、俺は君たちを信用しているんだから」

 あの事務所の主力タレントは『高橋ひかり』とその姉『高橋ゆり子』だけだ。

 それなのに、影武者を学校に通わせるだけの資金が生まれる。

 どれだけ『高橋ひかり』が稼いでいるのか、事務所のサーバー経由で抜いた情報を見てびっくりしてしまった。

 有名芸能人がイコールセレブである、と言うことが、真実であることに打ちのめされた。

 彼女は立ち上がって部屋を出ていく。

「じゃあな」

「……松田くんのこと、調べておいてよ」

 俺は頷く。

 新聞やネットの記事になったのか、調べてみる。

 自殺と言っても何か事件性があったり、イジメだとかキャッチーなものが記事になるが、個人的な悩み事で死んだような自殺は多すぎて記事にならないこともあるようだ。

 松田の自殺は小さいながら記事になっていた。

 一ヶ月前だ。

 自宅の最寄りの駅近くの死角になりがちな小さな時間貸しの駐車場。

 放置していた車両のドアを開け、中で練炭自殺したと言うことだ。

 正確なことはわからないが、掲示板に書き込む連中は、車両が古くてドアロックが簡単なタイプだったんだろう、と書き込まれている。窓ガラスから金属製の直角定規を差し込んでロックする機構を引っ張り上げると開くと言うものだ。

 確かに最近の車を見ると、キーレスで開けている。俺からすると、逆にキーレスなんだから他国製の違法ツールなどを入手すれば、簡単に開きそうと考えるが、どうなのだろう。

 どちらにせよ、わざわざそんな場所で練炭自殺する意味があるはずだ。

 俺は考えた。

 自宅の自室で死んだら。家に警察がくる。

 自分の死体を、親が真っ先に見つけることになる。

 親思いの人には、それが耐えられなかったのかもしれない。

 だがそれは推測だ。どれだけ頑張っても、本人の気持ちにはなれない。

 俺は少しでも客観的なものを求めた。自殺判断した理由として遺書があるはずだ。

 そう言う資料にアクセス出来ないだろうか。

 俺はその後も情報を求め続けた。




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