自殺した生徒の友人
数日後、放課後、一人教室に残っていると、高橋が教室に戻ってきた。
「住山ちょっといい?」
「ここで話せること?」
俺は、ノートに『教室内の会話は録音されている』と書いて高橋に見せた。
以前は、知らなかったし、気にもしていなかった内容だが、学校のネットワークに侵入して、情報を得てからというもの、教室での言動には注意するようになっていた。
「『これ』でよくない?」
高橋は隙間風を防ぐ、スポンジ状のテープを取ってみせた。
そして、指を天井に向けた。
天井にある小さなマイクなら、そのテープを貼るだけでも集音能力が半減するだろう。
「ああ。そうだな」
高橋が上履きを脱ぐと、教室の中央、躊躇いもなく机の上に上がる。
「ちょっと!?」
手では届かなかったらしく、定規でつつくように貼り付けた。
「これで良し」
高橋が、降りてくる時、俺は見てはいけない方に視線を動かしてしまった。
高橋のスカートの、その、なかの……
「また? 年中、エッチな事考えてるの?」
「すまん」
「で、要件だけど」
急に真剣な表情に変わる。
「見たでしょ。なんか感じなかった」
「えっ……」
「そこで顔赤くしたら、私が変態になるじゃない」
「特別教室の件だよね」
高橋は頷く。
「洗脳官僚」
「?」
「今、この国を蝕んでいる者たちよ。私たちは、そう呼んでいるの」
特別教室は、東大を目指す連中を集めている。東大は官僚になる第一歩だ。
「まさか、特別教室で官僚候補者を集めて」
「暴いて、潰す」
「ちょっと待って」
まさか、俺に手伝え、というのか。
「オイ!」
と、意識していない声が聞こえた。
教室で二人きりだと思っていた俺は驚いて振り返った。
扉が開いていて、男子学生が入ってきた。
高橋は、いつもの目立たないモードへと、一瞬で切り替わっていた。
「お前ら、特別教室とか話してたな」
俺はシラを切ろうとする高橋を横目で見ながら、言う。
「なんのこと?」
言い終わらない内に、言葉をかぶせてきた。
「特別教室に行っていた、友達がいる」
こいつが誰だったか、俺は思い出そうとしていた。
「松田俊平。同じ学年だ、知ってるだろう?」
こいつ、そんな名前だっただろうか。
松田、松田……
「お前が松田って、嘘だろ。確か、自殺したんじゃ?」
「松田は友達だ。俺の名前は角田主税」
「ああ……」
「ああ、じゃない! 松田は、特別教室に行き出してから、おかしくなったんだ。何かやばい授業をやっているに違いない」
俺は手で押さえるような仕草をした。
「声が大きい」
そしてマイクがあることを示すように指で合図した。
「俺も、そのぶっ潰すってやつ、参加させろよ」
「何のこと?」
「俺を入れないなら、あれを剥がして、マイクに向かって知ってることを叫んでもいいぜ」
「落ち着けよ」
「何が出来るの?」
高橋が、モードを切り替えた。
「能無しを入れて全員が捕まるのはごめんよ」
「用心棒としてなら、持病持ちのそいつより俺の方が上だ」
や、まあそうだろう。日焼けしだ肌や、制服を通じても発達した筋肉の様子が分かる。それに、見るからに格闘向きの面構えをしている。
「戦争するわけじゃないから、人数が多ければ多いほど失敗しやすいの。これ以上、人を引き込まないって約束して」
あれ、俺は計算に入っているってこと? まだ返事したつもりはなかったのだが……
「ああ、やくそくする。が、そいつにはそんなこと言わなかったぞ」
「こっちは、誘う友達いないから言うまでもない」
俺に友達がいないって?
その通りで、反論する気もないが。
「とりあえず、ここで長話は無用ね。外のネカフェ行きましょう」
角田がジャンプすると、スピーカーに貼ったスポンジテープをつかんで剥がした。
「すげぇ」
ネカフェに場所を移して、俺たちは話を続けた。
「松田は、真面目だった。だが、特別教室に行くまでは、ノイローゼなどとは、無縁なくらい、明るい人間だった。明るさを失い、最終的には自殺するなんて、特別教室で何かあった以外、考えられない」
俺たちはネカフェのファミリールームを借りていた。六畳ほどの部屋だ。
「真面目な生徒がターゲットみたいね」
「ああ。成績の基準値もあるみたいだがな。教室の主催は、与田先生らしい」
角田が息を呑んだ。
「依田、だって……」
俺はハッキングした情報から知っているだけで、依田がどういう人物か知っているわけではなかった。
「怖気付いたなら、外れてもらうわよ」
高橋の強い口調。
「お前、本当にあのテレビに出ているあの『高橋ひかり』なのか?」
その口調に驚いたように反応する角田。
俺は理由を知っている。
「いろんな面を持っているの。それが女優よ」
全く、嘘つきにも程がある。
「?」
俺の考えが読めたかのように、高橋が俺に視線を向けた。
「住山は後で残りなさい。話がある」
高橋は、そういうと、ネカフェのパソコンを操作して、何かを検索し、あるホームページを開く。
「住山は、依田を知らないらしいから、見せてあげる」
そこに映し出されたのは、力士のような、丸みを帯びた体型の人物だった。
「二メートル、二百キロ、それでいて俊敏で、ボクシング経験もある」
高橋がそう付け加えた。
「嘘!?」
俺が驚くと、角田が言う。
「性格もキツイ。冷酷そのものだ」
「そりゃ、ノイローゼにもなるか」
角田は怒ったように言う。
「松田の死はそんな簡単な話じゃない!」
「すまん……」
高橋が角田に言う。
「松田くんの遺書とか、自殺を裏付ける何か、知ってる?」
「……」
「住山、ネットで調べといて」
「いや、俺が松田の家に行って、何かないか調べる」
高橋は言う。
「そう、早速だけど、すぐにお願い」
「わかった」
角田は立ち上がってネカフェを部屋を出て行ってしまった。
「さて」
高橋は俺を見た。
「事務所のサーバー、ハッキングしたわね」
「……」
普通はバレないようにログに細工をしたり消去したりするのだが、今回は違う。
バレるようにやったのだ。あんなサーバーじゃ反撃を受けたら耐えられない。
あのサーバーにデータを納めていたら、こっちがハッキングして取ったデータ以上の損害を受けかねない。
「事務所が大変な事になったのよ。急にセキュリティに費用をかけなきゃならないし、専門家も呼んだりして」
「対策をしてなさすぎるからだ」
高橋は、一拍溜めを作るように、黙った後、
「で、どこまで知ってるの?」
と言った。
「高橋のことか?」
答えはないが、それは肯定だと思った。
「君達のスケジュールに無理があるんだよ」
ハッキング前から、薄々感じていたことだ。
「……何が『のぞみ』なの」
「別に、何も」
「事務所に入ってくれれば、給料は出るわよ」
「情報代ってこと」
高橋は頷く。
「それと、事務所のセキュリティは手伝ってもらうかも」
「なら技術料も上乗せでもらわないと」
「欲張るといいことないわよ」
高橋は睨んだ。
「俺を脅すような人間が、国民の幸福を実現出来るのかな?」
「組織が保てなければ、最終目標を叶えられない。だから組織を保つのに重要なことなら、ある程度のことは目をつぶるの」
「まあ、俺がどんな仕掛けを用意しているか、わからないうちは手を出せないと思うけどね」
半分はハッタリだが、半分は本当のことだ。
時間が稼げれば、目的は果たせる。