先輩にチョコを渡したいので魔王倒します
冷たい風が吹く。手袋をしているのに手がかじかむ。
「はぁっ。はぁっ。はぁっ」
胸が何かに縛り付けられるような気がする。
「あっ」
私は転んでしまった。硬い地面に私は倒れ込んでしまった。
痛い。
周囲の人は私を一瞬見て、何事もなかったように歩き出す。
周囲の人にとって私は透明人間なのだろう。自分の世界に無関係な人間。
きつい。
私は家族や先生を思い出す。皆は自分の実力を出せばいいって言う。自分とは無関係だから無責任なことが言えるのだ。
顔をあげた瞬間で顔に何かが覆った。私は顔を覆ったものをとった。顔を覆ったものはチラシだった。
バレンタインデー。チョコ商品30%off。
「そっか。今日、バレンタインデーか」
私はこれから高校受験なのに世間はバレンタインデーか。
なんでバレンタインデーに私はこんな惨めな想いをしてるんだろう。
もう何もかもどうでもいい。
受験をサボって、このままどこかへ遊びに行こうかな。高校生にならない選択の方が楽しそう。学生ではなくなった私に誰も気にかけないでしょ。
でも学生ではなくなってしまったとき、私に何が残るんだろう。
何もない。
才能も資格もやりたいことも何もない。私は今まで周囲に流されてやってきた。
「あはは。何もないんだ。私って」
乾いた笑いしか出なかった。
「どこか挫いたんですか?」
声をかけられた。
「もしかして重傷ですか?」
「あ、いえ。そんなひどくないです。」
「大丈夫ですか?」ではなく「どこか挫いたんですか?」と言われて、反応ができなかった。
「立ち上がれますか?」
「あ、はい。立ち上がれます。」
私はゆっくり立ち上がった。
こんなに初対面の赤の他人に心配されたのは人生で初めてだ。
「もしかして僕の高校の受験生?」
「あっ。その制服は」
私の目の前にいたのは今日受験する藍良[あいら]高校の制服を着た男子生徒だった。
「はい。藍良高校の受験生です」
「まだ1時間前だけど急がないと。行けそう?」
「あっ。えっと」
私はどうすればいいのだろう。このまま受験会場に行っていいのだろうか。
先生や親に流されて決めた志望校だ。合格しても・・・。
「君ってチョコ好き?」
「え、はい。それが何か?」
唐突にチョコという単語が出てきた。
藍良高校の男子生徒はバックから何かを取り出した。
「手出して」
「えっ」
「いいから。早く」
私は両手を出した。藍良高校の男子生徒は私の両手の上にチョコのイットカットを置いた。
「これ、受験シーズンの期間限定で。こないだお菓子買ったんだけど余ってるんだよね」
藍良高校の男子生徒は真っ直ぐな目で私にこう言った。
「だから受験生の君にあげるよ」
今まで狭かった視野が広がった。
今まで白黒だった視界が色づき始めた。
「じゃあ。気をつけてね」
彼はそう言って去って行った。
私はバレンタインデーのチラシを見て思い出した。
「初めて家族以外からチョコをもらった」
彼は私に藍良高校の志望理由を与えてくれた。
彼は私に希望を与えてくれた。
今日は2月14日。あの日から1年。
「千代子[ちよこ]。千代子。ちょっとこっち来て」
私は武道場にいる千代子に小さな声で呼びかけた。
「みやび。何の用?」
千代子は私の名前を言って、こちらへ歩いてきてくれた。
「これ、剣道部の差し入れ」
私はチョコが入った冷凍バックを千代子に見せた。
「ありがたいけど毎回匿名で渡しているけどいいの?」
友人の千代子は剣道部所属で選手兼マネジャーである。
私は毎回匿名で千代子を通して、剣道部へ差し入れをしている。なぜならあの日声をかけてくれた人は剣道部に入部している先輩だからである。
「差し入れしてくれるなら入部すればいいのに」
「それはミーハー気分では流石にちょっと気がひけるから」
「最初はそうでも途中から剣道にハマる人もいるけどなぁ〜」
千代子に言ったのも理由の一つだ。でも最大の理由は先輩へ直接会う勇気がないことだ。
先輩に直接会って何を話すんだ。あの日のことはきっと先輩は忘れているだろう。
「まぁいいや。あ、そうだ。みやび1つ頼んでもいい?」
「何?」
「今日は一人特別メニューの冬樹[ふゆき]先輩に1個渡してくれない?」
冬樹先輩!あの日声をかけてくれた先輩の苗字だ。
冬樹先輩に直接!手作りを匿名で渡しているのだから義理なのであり、直接はそれは本…。
「冬樹先輩、スランプ中で。私が行くと気まずいから。みやび、お願い」
千代子は両手を合わせて言った。
冬樹先輩が不調子なのはこないだから聞いている。スランプ中なら仕方ないよね。
「うん、わかった」
「ありがとう。河川敷に冬樹先輩は自主練してるから」
千代子は冷凍バックから1個だけチョコを残してそれ以外のチョコを取った。
私は冬樹先輩にチョコを渡すため河川敷に向かった。
河川敷にいる人は少なかった。私は河川敷で走る冬樹先輩を見つけた。
走っている先輩は一定のタイミングで息つぎをして、耳の先まで赤くなっていた。
「先輩に声をかけないと。でも、練習中だし」
なに弱気になっているんだろう。先輩には千代子に頼まれてと言えばいいんだ。
「行かないと。あれ、足が」
足が小刻みに震えて、一歩前に踏み出せない。
冬の寒さのせいだろうか。動かないと先輩は行ってしまう。
速く。速く。動いて。
私は走っている先輩をただ見ることしかできなかった。
私は先輩に初めて声をかけられたときから何も変わっていないの。
先輩の方を見ると、先輩が足を止めていた。
先輩の目の前にルビーのような瞳で白髪の男が立っていた。
先輩は困った顔をして言った。
「あのー何の用ですか?」
「・・・」
白髪の男は先輩の質問に答えず、黙っていた。
「用がないのだったら」
先輩は白髪の男の横を通ろうとした。しかし白髪の男は先輩の前に動いた。
「解放されている力がひと〜つ。本人も気づかない隠された力がひと〜つ」
白髪の男はニタっと笑って言った。
「この場所で強き反応を二重に感じるのですねぇ〜」
先輩は質問に答えてもらえず、戸惑っていた。
「あの。どいてもらえますか?」
「良い子はもうおねんねの時間なのねぇ〜。ドリープ」
「意識が・・・」
白髪の男はふらっと倒れそうになる先輩をかかえた。
「では行きましょうねぇ〜。ルドララベル」
白髪の男はそう言うと、男の目の前に隙間が出来た。
白髪の男は先輩をかかえて、空間の隙間に入っていった。
「行かないで」
私は隙間の方に向かって走った。あの隙間に行かないと、先輩に永遠に会えないような気がして。
隙間は徐々に小さくなっていく。私は隙間にめがけて飛び込んだ。
隙間の中は紫色や紺色、黒色と暗い色ばかりの空間だった。
視界がぐにゃりとして気持ち悪い。
白髪の男と先輩はどこにもいなかった。
「あっ」
私は倒れ込んだ。
「先輩。先輩。どこに・・・いるの・・・」
私の声に誰も答えてくれなかった。
まぶたがゆっくりと閉じていった。
ここはどこだろう。
そもそも私は何をしていたんだっけ。
今日はバレンタインデー。先輩にチョコを。
「そうだ。先輩」
目を開けると私は地面で倒れていて、冷凍バックも近くに置いてあった。
私はゆっくりと起き上がった。
目の前にフィクションで見るような中世の城があった。
「ここは」
「魔王マーシャンの城だよ」
声を聞いて、私は振り返った。
そこにいたのは槍を持った褐色肌の青年だった。
「勇者の俺様でさえも城の玄関まで行くのに苦労したのに、なんで嬢ちゃんがいるんだ?」
褐色肌の青年は私に近づいて、にらみつけた。
魔法の次は魔王に勇者か。
「いろいろな所を旅してきたのに、嬢ちゃんの服見たことないんだけど」
褐色肌の青年はぶつぶつと独り言を言った。褐色肌の青年は物珍しそうな顔で私の周りをぐるぐると歩いた。
「あの、あなたは?」
「この俺様を知らないだと」
褐色肌の青年はショックを受けた顔で言った。
「どこの田舎もんだ!」
「すみません」
褐色肌の青年は私の目の前に立ち止まった。
「俺様はミナーミ諸島出身の勇者。ミコナだ」
「ミコナ」
「呼び捨てにすんな。様をつけろ。様を」
ミコナ様は迫力のある般若の顔で怒鳴りつけた。
「すすすみません。ミコナ様、しししつもんいいいですか?」
私は震えた声で言った。
「なんだ?」
この人なら、白髪の男と先輩を知っているのでは。
根拠は何もないけどそう思った。
「ルビーのような瞳で白髪の男を知っていますか?」
「ルビーのような瞳で。白髪の男。そいつは」
褐色肌の青年は険しい顔をしてつぶやいた。
「地方の住人を奴隷として扱う魔王マーシャン。」
「魔王」
魔王が先輩を。
「嬢ちゃんは勇者の俺様だけではなく魔王すらも知らないなんて、どんだけ世間知らずなんだよ」
日常では聞かない単語がたくさん出てくる。
この世界は私がいた世界ではないんだ。
「嬢ちゃん、危険だからお家へ帰れ。面倒臭いがお家まで送ってくから」
お家。
「帰る場所はこの世界にはないと思います。私は多分こことは違う世界から来たんです」
「は?」
ミコナ様は私を馬鹿にしたような目で見た。
「私は先輩にチョコを渡そうとしたら先輩は魔王に連れ去られて。魔王を追いかけて隙間に入ったんです。えっと何言っているかわからないと思うけど」
「もしやマーシャンのルドララベルの魔法でこの地に来たのか?」
ルドララベル。隙間ができる前に白髪の男の言葉。
「はい」
「なら俺様もルドララベルの魔法を使えるから、嬢ちゃんを元の世界に送り返すぞ」
元の世界へ帰る?先輩がいない元の世界。
「私を魔王の所まで連れて行って」
「何言っているんだ」
「先輩は魔王に連れ去られたの。私は先輩にチョコを渡さないといけないの」
私はミコナ様の服をつかんで、強く言った。
「やめろ。放せ」
ミコナ様は私を振り払った。
「嬢ちゃんには何ができるんだ。これから俺様は命をかけた戦いをするんだ。嬢ちゃんは足手まといだ」
「うっ」
ミコナ様の言う通り、私には何もできない。それでも・・・。
そんなとき、私の視界に、動くマネキンの群れが入ってきた。
「うわぁ」
私は驚きで尻餅をついた。
「マーシャンの操り人形。嬢ちゃんは邪魔だからどっかにいってろ」
ミコナ様は槍を素早く回して、動くマネキンの群れに攻撃をした。
私はまたじっと見ることしか出来ないの?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「嫌だーーー」
私は心の底から叫んだ。
これは・・・。
頭に知らない言葉がたくさん浮かぶ。
でもミコナ様の力になれる。
「ツレンカッティング」
私は歩くマネキンの群れに向かって言った。
そう言った瞬間、マネキンの群れはバタバタと倒れていった。
ミコナ様は冷たい目で私を見た。
「嬢ちゃんがやったのか」
「はい。頭に魔法が浮かんできて」
ミコナ様は私に一歩一歩近づいて、しゃがんだ。
「ヒィィー。すすすみません」
「よくやった」
「ふぇ」
ミコナ様が私に褒め言葉を。
「あいつらは強い魔法がかかっている。それを1発で嬢ちゃんは解いた」
ミコナ様は何かを考えて、立ち上がった。
「よし、嬢ちゃん行くぞ」
「えっ」
「上級魔法が使えるなら、俺様の荷物持ちぐらいにはなるだろ」
荷物持ちって。ミコナ様が持っているのは槍しかない。
「置いて行くぞ」
ミコナ様は私を見下ろして、言った。
「いえ、行きます」
私は冷凍バックを持って、ミコナ様について行った。
私達は城の扉を開け、歩いた。
「私、自己紹介してませんでしたね。私は」
「いらない」
「えっ」
即答。しかもいらないって。
「マーシャンを倒せば、元の世界に帰るんだろ」
そうだった。
「魔王の城なのに誰もいないですね」
魔王の城の廊下は静かで何もなかった。
「マーシャンは俺様達を虫だとしか思っていないんだろ」
「・・・」
「・・・」
話題がない。どうしよう。気まずすぎる。
「・・・あのどうしてミコナ様は魔王を討伐しようとしているんですか?」
「・・・」
前を歩くミコナ様は黙っていた。
「話したくないならいいんです」
「俺様の故郷のミナーミ諸島はキラキラと輝く海や美味しい果物や穀物がある。島民は楽しく生活していた」
ミコナ様は思い出を懐かしむように喋った。
「だが、マーシャンは島民を武力で脅して、ミナーミ諸島を植民地にしたんだ。島民はきつい労働と体罰を強いられた」
ミコナ様は淡々と言った。ミコナ様の表情は私には見えなかった。
「嬢ちゃんはチョコを渡すためだけになんでそこまでやれるんだ?」
今度はミコナ様が私に質問をした。
なんで。それに対する答えは。
「先輩はある意味命の恩人なんです」
「命の?」
「何もなかった私に生きる希望を与えてくれたんです。だから私は先輩を陰ながら支えたいんです」
先輩の隣に立てるものなら立ちたい。
「でも隣に立つ勇気はないから」
私は小さく呟いた。
ミコナ様は何も言わなかった。私もその後は何も喋らなかった。
私達は黙って、城を進んで行った。
私達は最上階にたどり着いた。
「虫けらがやってきたのねぇ〜」
最上階には椅子に座った魔王がいた。
「1人は南のお猿さんともう1人は異世界の者なのねぇ〜」
魔王はニタニタと笑った。
「操り人形1体もいなかったが俺様の体力を減らさなくてよかったのか」
ミコナ様はふっと笑って、魔王を煽った。
「操り人形の大群より彼の方が使えるからねぇ〜」
魔王は指を鳴らした。誰かの足音が聞こえる。
「異界のことわざには目には目をという言葉がある。勇者には異界の勇者を」
部屋の影から1人現れた。
「先輩」
「えっ」
現れたのは剣を握った先輩だった。
先輩の顔だが先輩の瞳に光はなかった。
「先輩。先輩。冬樹先輩」
私は夢中で叫んだ。
「強い力を探知できる魔道具で探したかいがあったよぉ〜。勇者よりも強いからぁ〜」
先輩は何も言わず、私達に一歩一歩近づく。
「ツレンカッティング。ツレンカッティング」
洗脳を解除する魔法の呪文を言っても、先輩には届いていなかった。
「ふ〜ん。上級魔法使えるんだねぇ〜。でも無駄無駄ねぇ〜。勇者殺しちゃってよぉ〜」
魔王の期待に応えるように先輩はミコナ様に剣を振り下ろした。
ミコナ様は槍で先輩の剣を受け止め、振り払った。
「ハアァァァーーーーーー」
「・・・」
ミコナ様は勢いよく先輩に槍をついた。
先輩は無言で後ろに下がり、剣をかまえ直した。
「どうしよう。どうしよう」
戦いの音がどんどん遠く聞こえる。
「嬢ちゃんはこいつにチョコを渡すんだろーーー」
ミコナ様が力強く叫んだ。
そうだ。
先輩は無表情だが、辛そうな顔に見えた。先輩は苦しんでいる。
今こそ、先輩を助けねば。
先輩とミコナ様の戦闘を見た。先輩はミコナ様を目掛けて、走った。
ミコナ様が危ない。
何か。何か。打開策は。
「あっ」
先輩の胸元に禍々しい紫色のブローチがあった。
「あれかも。ミコナ様ミコナ様。ブローチを狙ってください」
「えっ。ブローチ!」
「キュメント」
私は先輩目掛けて、叫んだ。
先輩の勢いある動きは一瞬止まった。
ミコナ様はその隙を狙って、槍でブローチを粉々に砕いた。
先輩はよろめいて倒れた。
「冬樹先輩」
私は先輩に駆け寄った。先輩のまぶたは閉じていた。
「大丈夫だ。気絶しているだけだ」
ミコナ様は私に優しく言った。
「イヒヒヒ。よ〜くわかったねぇ〜。ブローチだとぉ〜」
魔王は椅子の横にある斧を持って、立ち上がった。
「アハハハハ。マーシャン様が直々に殺してあげるよぉ〜」
魔王は盛大に笑って、斧を振り回した。
ミコナ様は斧をかわして、槍を強く握り直した。
「キュメント」
私は魔王の動きを止めようとした。だが魔王の動きは勢いが増すばかり。
「おりゃぁぁぁぁーーー」
ミコナ様は槍を勢いよく振った。魔王はミコナ様の槍を軽々と避けた。
「それならファファイ」
魔王の背中に炎の弾幕を放った。
「やった。当たった」
魔王の背中に何発かは当たった。でも魔王はそれにダメージを感じていなかった。
「ふははははは」
魔王は笑いながら、ミコナ様に集中攻撃をした。
私なんて眼中にはないんだ。
「ううぅ」
魔王の斧の攻撃を止めるためにどうすれば。
斧?そうだ、斧。
斧を狙えば。
「アイスラッシュ」
小さな氷の粒を斧を握る魔王の手を狙って、たくさん放った。
「こんな攻撃。痛くもかゆくもない」
魔王は笑って言った。
「からのファイファイ」
斧を握る魔王の手を狙って、氷の粒を溶かした。
「なっ」
氷の粒が溶けた影響で、魔王の手から斧が滑り落ちた。
魔王はすぐさま斧を握ろうとした。
「今だぁーーー」
ミコナ様は渾身の一撃を魔王に放った。
魔王は吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。
「ふふふふふふふふふふふふふふふ」
魔王は笑っている。
「キサマラ、シネェーーー」
魔王は殺気であふれていた。笑顔などどこにもなく怒り狂った魔王がいた。
「グアアアアアアアアア」
魔王は雄叫びをあげ、巨体の獣に変化をした。
魔王は腕を振り回して、私達を殴りかかろうとした。
私達は避けた。
「マーシャンは標的を見失ってる」
「城、崩壊していってません?」
魔王が腕を動かして、床や天井が崩れていっている。
「城を道連れに俺様達を殺すつもりだ。先輩を抱えろ」
「あ、はい」
私は気を失っている先輩を抱えた。
魔王の暴走の衝撃で、床が完全に抜けた。
「うわああぁぁぁぁ」
先輩だけは。私は先輩をぎゅっと抱きしめた。
「クワッフル」
私は地面に大きなクッションを生成した。
私達はクッションのおかげで無事に着地した。
「グアアアアアアアアア」
魔王の着地で地面が震えた。
「嬢ちゃん、マーシャンを倒すぞ」
「はい」
私は力強くうなづいた。
私は先輩をゆっくりと地面に下ろした。先輩の腕の中に冷凍バックを置いた。
「でかい獣をどう倒すんだ」
「ミコナ様は大きい槍って持てますか?」
「こんなときにどうした?まぁ重くなければ」
ミコナ様は不思議そうに顔を向ける。
「ビッラージ」
私が呪文を唱えると、ミコナ様の槍は大きくなった。
「ふっ」
ミコナ様はクッションの上で魔王よりも高くジャンプした。
ミコナ様は大きい槍を魔王目掛けて振り下ろした。
「これで終わりだあああああぁぁぁぁ」
ミコナ様は魔王の顔面に強く槍を突き刺した。
「アアアアアアア」
魔王は断末魔をあげた。魔王の身体は砂になって消えてしまった。
ミコナ様は空から落下して、クッションの上で大の字になった。
「ふぅ。やっと終わった」
ミコナ様はクッションの上でそのまま動かなかった。
「ありがとうな。異界の勇者様」
「とんでもない・・・えっ?」
嬢ちゃんではなく異界の勇者様?
「異界の勇者様は私ではなく先輩で」
「俺様はそうは思わない。きっと魔王は異界の勇者を間違えたんだ」
ミコナ様はニカッと笑って言った。
「あいつも強かったが、嬢ちゃんも強い魔法が使えた。嬢ちゃん自身も気づかなかっただけで強力なものがあった」
私自身も気づかなかった力。
「それに嬢ちゃんは魔王を倒したんだ。これは勇者以外の何者でもないだろう」
私が勇者。
「嬢ちゃんは勇者なんだから、あいつの隣も立てると思うぞ」
「・・・ありがとうございます」
勇者から勇気をもらった。私は何もないんじゃないんだ。
「ルドララベルはこの世界に行く前の時間と場所を思い浮かべろ。そしたら、行く前の世界に戻れるから」
「はい。さようならミコナ様」
私は先輩を抱えて、冷凍バックを持って呟いた。
「ルドララベル」
行く前と同じように隙間ができた。私は隙間を通って、元いた世界を思い浮かべた。
「うっ。ここは」
先輩にまぶたが開いた。
「公園のベンチです。先輩、河川敷で倒れてて」
私は元の世界に戻ったとき、公園のベンチに先輩を座らせた。
先輩は異世界での意識はなかったから、寝ていたということにした。
「そっか。えっと君は」
先輩は戸惑いを見せた。
「これ。千代子の代わりに差し入れを」
「ああ。なるほど。千代子君から」
私は冷凍バックを先輩に渡した。
先輩は冷凍バックを開けたまま動かなかった。
「チョコです。もしかして、駄目でした?」
「駄目じゃないんだけど。」
先輩は冷凍バックの中身を私に見せた。
冷凍バックの中にあったチョコは粉々に崩れていた。
「すすすすみません。これは」
「いや、いいんだ」
先輩はチョコを口の中に放り込んだ。
先輩は私の方を向いて、凛々しい顔を見せた。
「うん。美味しい」
良かった。
不味いって言われたらどうしようって思った。
でも先輩にチョコを渡せた。
今回のは差し入れだけど来年は…。
剣道部のマネージャーやってみてもいいかも。
胸張って、先輩の隣に立つために。