10. 『んぶっ べたっ』
視界が白濁として、平衡感覚が失われる。
前も上も横も分からなくなり、自分がどこにいるのかさえわからない。
それは承認結界に飛び込んでから、ほんの刹那の出来事。
「んぶっ……!?」
次の瞬間には私は地面にぶっ倒れていた。
それはもう文字通り――ばったん、と泥寝をするように完全にうつ伏せである。
地面の泥がべっちょりと頬に付くが気にしてられない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
もう、もう一歩も動きたくない……。
きゅーきゅーと鳴る喉を落ち着かせるのに数分は要った。
やっとのことでのろのろと身体を仰向けにする。
立ち上がるのにはまだ時間が要りそうだ。
視界いっぱいに広がるのは緑色。
そして、その葉の隙間から柔らかな日差しが暖かく身体を包み込む。
「こ、ここ……どこなん、ですか……?」
どうやら、木々の生い茂る森の中のようだ。
私たちは確かに承認結界に入ったはず。
だけど、ここは人の気配すらしない。静かな場所だった。
もっと人のいる場所に出ると思っていたんだけど……。
――と、そんなことを考えていると横から答えが返ってきた。
「――ここが天国じゃなければ、アディルアの森よ」
「え? アディ、アディル――」
「アディルア。あなた、そんなことも知らずにゼロニアに来たの?」
嫌味を飛ばすのはさっきまで一緒に走っていた少女だ。
怪我をした脚に応急処置を施している。
「う……。その、ア、アディルア……って、どこなんですか?」
私の質問に嘆息しつつも、ちゃんと答えてくれた。
眼は合わせてくれなかったけど。
「はぁ、……そうね。アディルアの森はゼロニアの内部では最北端に位置してるわ。敷地内のどれだけを占めているかはわからないけど、一朝一夕じゃ回り切れないほどの大きさはあるはずよ」
でっかい……。
かなりの大きさみたいだ。
「ゼロニアの中にも、森ってあるんですね。……あれ? そういえば……」
私は周りをきょろきょろと見渡す。
「――周りに生徒が見当たらない。それが不思議なんでしょ?」
「は、はい……。だって、遅れたとしても……数十秒の差のはず、ですよね?」
この景色に足りないもの、それはさっきまで一緒に乗っていた生徒たちだ。
誰かがいてもおかしくないはず。
それなのに森の中は静まり返り、ほかに誰もいなかった。