ラーメンに指が入る井上さんは、少しだけドジっ子
「はい、ラーメンお待ちで~す」
可愛らしい笑顔を武器に、ラーメンがテーブルに置かれるも、親指がラーメンに入っている。
「井上さん、ラーメンに指が……」
「──あっ」
クラスメイトの井上さんが「テヘッ」と、頭を叩く。三角巾からはみ出す髪の毛が、とても可愛らしかった。
「井上さんはドジっ子だなぁ」
「ふふ、ごめんね」
別に親指がラーメンに入ろうが、別に気にはならない。むしろ、ウエルカムフィンガー。
俺は、井上さんの運ぶラーメンが食べたくて、毎日井上さんの御両親がやっているラーメン屋に来ているのだ。
ラーメン一杯650円のリーズナブル設定で、俺の財布にも極めて優しい。バイトも最高に頑張れる!
「一輝、帰りにカラオケでも行こうぜ?」
「悪いな、これからバイトだから……」
バイトが無い日でも、俺はバイトと偽り、井上さんの運ぶラーメンを食べに行く。
「あ、いらっしゃいませ~♪」
店に入ると、井上さんが厨房の奥から声を掛けてくれた。そして、目が合う。ウインクをくれた。ありがとう!
「何になさいますか?」
井上さんの井上さんによる井上さんの為のオーダー。勿論ラーメンだ。
「ラメェェンを、一つ」
「ふふ、らめぇぇぇぇん。ですね?」
井上さんはとてもノリが良い。ふざけたジョークでも笑ってくれる。
「ラーメン一つ~」
「あいよ!」
親父さんにオーダーを伝え、トコトコとお冷やのグラスを。井上さんの一挙一足がとても可愛らしい。
「お冷やになります♡」
勿論親指が入っている。持ち方については異論を認めないので悪しからず。
「ラーメンあいよ!」
「は~い」
井上さんがラーメンの器をそっと持つ。しかし親指がガッチリと汁に浸かっている。
「らめぇぇ……っん。です」
「光栄です」
嫌らしさなど微塵も無い。有るとすればそれは俺の邪な気持ちだろう。
「柚子、アイツにギョウザくれてやれ」
「は~い」
井上さんが餃子の器を差し出した。サービスがありがたい。
「井上さん?」
「?」
「指が……」
「──あっ!」
井上さんの素敵な親指が、ガッチリと餃子に突き刺さっていた。
「ご、ごめんなさい! すぐに交換しますから……!」
「いや、食べるよ。ありがとう」
今の『ありがとう』は、親指を入れてくれたことに対する感謝ではない。親指をぶち込んでくれた事に対するものだ。
幸せ餃子を食べたなら、もう二度と歯磨きをしないことを誓おう……!
「お兄ちゃんニンニク臭ーい! ギョウザ食べたぁ!?」
「──クッ……!」
翌朝、俺は泣く泣く歯磨きをした。
「らっしゃい!!」
ある日、いつも通り学校帰りに井上さんのラーメンを食べに行くと、井上さんの姿がなかった。
「おう! いつもありがとな! 今日もラーメンか!?」
親父さんがオーダーを取りに来た。
帰れ親父。貴殿は茹でる係だろが。
「え、ええ……」
「おう! ラメェェェェェェェェン一丁!!」
ノリの良さは遺伝なのか?
「へいお待ちぃ!!」
親父さんがラーメンを持ってきた。因みにお冷やはセルフだ。流石に自分の指は入れる気にはならなかった。
「すみませ──って、指入って──いや、手首まで入ってますよ!!!!」
「おう! うっかりだ!」
親父さんの右手首がラーメンの汁にどっぷりと浸かっている。
左手はフリーなので、どうやって器を持っているのかは定かではない。多分サイコキネシスだ。
「ちょっとお父さん!! 何やってるの!?」
「おう! 柚子が遅いから父さん代わりに運んどいたぞ!?」
井上さんが遅れてやって来て、親父さんの頭を頻りに餃子の器で叩いている。
親父さんは、笑いながら奥へと引っ込んでいった。
「ごめんね! お父さんの汚い手首が入ったラーメンは、隣のお爺ちゃんに食べさせるから、待ってて!」
井上さんが器を隣の席の御老人に渡し、奥へと入っていった。お爺ちゃんは気にせずラーメンを食べ始めた。
「おまたせ♪」
「──!?」
しばらくして、台車に運ばれて巨大なラーメンの器がやって来た。巨大な器にはラーメンが入っていて、ついでに水着姿の井上さんも入っていた。
「井上さん……」
「うっかりラーメンの汁に入っちゃった♪」
醤油汁が入っていると思われる水鉄砲をこっちに向け、井上さんが舌を出しながら頭を叩く。
「流石にワザとだよね?」
「…………テヘッ♡」
「病めるときも、健やかなるときも、お互いを愛し愛され、なんたらかんたらですかぁ?」
俺達は結婚した。
プロポーズの言葉は『俺の味噌汁に指を入れてくれませんか?』だ。
「はい」
「……はい」
神の前で、神父に愛を誓う。
「それでは、誓いのキスを……」
井上さんと向かい合う。
ベールをめくり、見つめ合う。
「フフッ、なんか……緊張するね」
「う、うん」
緊張してガチガチな俺の頬に、井上さんの両手が添えられた。普通は逆なはずだが、それも良し!
「井上さん……俺の口に指が……」
「……あっ」
井上さんの親指が、ガッツリと俺の口の中に。それも両手で。
「ふふ」
「ハハハ」
笑い合う二人。井上さんの御両親が涙ぐんで見守っている。
親父さんは怪我が元でラーメン屋を止めた。
餡かけラーメンに肘まで入れたからだ。どうやって肘まで入れたのかは定かではない。多分イリュージョンだ。
「はよチュッチュせい。ウエディングケーキに手首挿すぞ」
神父が急かす。
よく見ると、あの時のお爺ちゃんだ。
ステンドグラスから指すまばゆい光を全身に浴び、俺達はその日、夫婦となった。