決闘を申し込まれた
「本当にごめん!」
レインは腰を直角に曲げ、僕に謝っていた。彼は昨日僕がクラスから悪口を言われることになったのをきっかけを、意図せずとはいえ作ってしまったことを後悔していた。
「そんなに謝らないでよ! レインは悪くないよ」
僕が彼の背中を起こすと、レインは泣いていた。僕は自分のために泣いてくれる人を初めて見たので、嬉しくなった。
「おはようございます! ありんこくん、レインくん!」
僕たちに挨拶してきたのはフィンだった。白色の髪を揺らしている彼は、昨日の自己紹介の通り、変わり者だった。先生が出て行ってすぐ、彼は僕に話しかけてきて、「友達になりましょう!」と言ってきたのだ。
「おい、フィン、あんまりその名前でジョセフのことを呼ぶなよ」
「嫌ですー。友達をあだ名で呼ぶの夢だったんですー」
「ま、まあ、悪気はないみたいだから良いんじゃない?」
フィンはとても無邪気で一緒にいると毒気を抜かれてしまうような人物だった。彼の言う“ありんこ”に馬鹿にする気持ちはなく、親愛が込められているのはすぐ分かったので、不快にはならなかった。
「よーし、全員もう席につけー」
レン先生が教室に入ってくると、全員が自分の席に戻った。教室にいた全員が初めての授業に胸を高鳴らせていた。
「よーし、この時間はフリーデルでどんなことを学ぶのかということを教えるから全員覚えろよー。“レターバット”」
先生が呪文を唱えると、彼の机の引き出しから白いコウモリが飛んできた。それは僕たちのもとへ飛んでくると、ただの手紙となり飛ばなくなった。昨日見た“レターバード”のコウモリ版だった。
「必修科目は、体育、汎用生活魔法学、汎用攻撃魔法学、魔法薬学、魔法生物学、生物学、歴史学、政治学。残りの時間は、自習だ。フレグテントに出場する仲間同士の練習だったり、自己研鑽に当ててくれ。授業の半分近くが自習というのがフリーデルの特徴だからな」
いつも床を拭いていた僕からしてみると、どの科目も楽しそうに思えた。また自習が多いというのは、幼い時から教育を受けた貴族に比べて字が読むのが遅い僕にとって、ありがたいことに思えた。しかしそれは真面目にやる生徒と不真面目にやる生徒の差が開きやすいと言うことでもあった。
「ん−、他にも説明してすることあったんだけど、大したことじゃないからいいか。一応この時間も自習に入るんだが、何かやりたいことあるやついるか?」
いきなりやりたいことと言われても、正直そんなにすぐに出てこなかった。それは他の子たちも同じようでみんな黙っていた。しばらく沈黙が流れると、メイジーが手をあげた。
「はい、先生」
「なんだ、メイジー」
「ジョセフと決闘したいです」
クラスがざわついた。僕は驚いて目を丸くしているのを横目にメイジーはスラスラと喋り続けた。
「私は平民とか、無属性適性者とか、そんなことはどうでもいいと思っています。でも昨日レン先生が言ったジョセフが一番強いという言葉に納得できません。私が一番であると証明したいんです」
メイジーは僕を指さした。真っ直ぐに見つめられた僕は思わず萎縮してしまった。僕なんかの魔法で奇跡の世代なんて言われる人に勝てるわけがない。レン先生には断ってほしかった。
「うーん、まあ良いだろう。これから一年間過ごすわけだから、互いの実力知っといた方がいいよな。よし全員泉の前に集合しろ。決闘場に行くぞ」
結局メイジーと決闘することになってしまった。僕はため息をつくと、彼女と目があった。彼女は視線を外し勢いよくそっぽを向くとそのまま立ち去ってしまった。僕は憂鬱な気持ちで泉へと向かった。
昼の泉は太陽の光を反射し、きらきらと輝いていた。泉の前に集合と言われたがどこにも決闘するような場所があるとは思えなかった。
「よし全員泉のふちに立つんだ」
レン先生は自身も泉のふちに立ちながらそういった。僕たちはわけもわからずレン先生の言うことを聞いて、水に落ちないようにふちに立った。
「今から俺がやる行動をそのままやるんだ。いいな、よく聞いとけよ。“我は戦士の魂を持つもの、その覚悟を見せる”」
そのまま先生はジャンプして泉に飛び込んだ。一体何をしているんだと思ったら、レン先生が長い髪を濡らして浮き上がってきた。
「呪文間違えた」
もう一度レン先生はふちに立つと、喋り始めた。
「“我は戦士の魂を持つもの、その覚悟を見せよう”」
レン先生は再びジャンプして泉に飛び込んだ。しかし今度はものすごい泡が湧きたったと思うと、浮き上がってくることはなかった。
「きゃあ! 先生が溺れちゃった! 助けないと!」
アメリアは叫んだが、ハワードはそれを見て嘲笑った。
「違う、これはそういう魔法だ。同じようにやればいいんだ。“我は戦士の魂を持つもの、その覚悟を見せよう”」
ハワードが泉に飛び込んだのをきっかけとして、他の生徒も泉に飛び込んでいった。僕も覚悟を決めて呪文を唱え、泉に飛び込んだ。
一瞬息を吸えなくなり、とてつもない流れが僕を襲った。死ぬのかと思った時には地面にへたり込んでいた。水には一切濡れていなかった。
「ここがフリーデルの決闘場。“バンデック”だ」
そこにはコロシアムのような決闘場があった。観客席は数百席あり、どこからも決闘する姿が見えやすいようになっていた。
「さあ、決闘をするんだ。審判は俺がやる。他の奴らは観客席につけ」
みんなは観客席に向かった。レインは小声で頑張れよと応援してくれた。それは嬉しかったけど、こんな勝負勝てるはずがない、と僕は落ち込んでいた。
決闘場の中央で正面に向き合うと、真ん中にレン先生が立った。
「それではこれからメイジー・スワンプールとジョセフの決闘を始める。武器はなし、俺が合図を出したらその場で決闘を終了するように。それでは初め!」
合図がなると当時に僕は距離をとった。ひとまず様子を伺うことが大切だと思ったからだ。それはメイジーも同じ考えだったようで、彼女も後ろへ下がった。
「“アイス・ノック”!」
彼女が魔法を唱えると僕の足元の温度が下がっていくのが分かった。慌てて避けるとそこから先の尖った氷の柱が生えた。さらには避けた先からも氷の柱が飛び出し、僕は闘技場を走り回ることになった。
「あいつ走り回ってるぞ! あはは!」
「ありんこだ、ありんこ!」
その様子を見ていた同級生は僕のことを煽った。やはりこの試合もアウェーのようだった。
「うるさい! 黙ってて! こっちは集中してるの!」
メイジーは魔法を煽っていた同級生に向けた。どうやら彼女は本当に差別などはしないようだった。
「悪いわね。でも長引かせるつもりはないの。もう終わりにさせてもらうわ。“銀世界の猟犬”!」
彼女の目の前に氷でできた犬が5頭現れた。彼らは走り出すと、地面に足が着くたびにその部分が凍った。犬に触れるだけで凍ってしまうようだ。
「行きなさい!」
足元から氷の柱が現れる中避けることは不可能だったので、僕は身体強化をして、犬たちを殴った。彼らに拳があたり、僕の腕は凍ってしまうと思っていたのだが、むしろ犬たちが砕け散ってしまった。
「嘘だろ! “銀世界の猟犬”ってスワンプール家の伝統の魔法だろ!」
観客席にいる彼らも驚いていたし、メイジーも驚いていた。しかし一番驚いていたのは僕だった。まさか無属性魔法が通用するとは思っていなかった。
「あ、危なかった……」
「なんで……」
メイジーはやけになって魔法をたくさん放ってきたが僕はそれを全て交わした。無属性魔法が通用すると知った今、スピードも上がり攻撃に当たる気がしなかった。
「メイジー! 君が本気なら僕も全力を出すよ! “神抜”!」
僕はメイジーの顔に当たらないように注意しながら、その真横を殴った。当然メイジーには怪我一つなかったが、僕の拳から10メートルほど離れた場所にあった壁が砕けた。
もしあと一センチずれていたら、壁のようにメイジーの頭が砕けていたはずだ。彼女もそのことに気づいていたのか、へなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
「う、うそ……」
「終了! 勝者ジョセフ!」
こうして僕は決闘で勝利を収めた。無属性魔法でも奇跡の世代にも通用する、その事実は僕の胸を高鳴らせた。僕は喜んでいたが、観客席でヤジを飛ばしていた同級生たちは驚いて何も喋らなくなっていた。それを見てちょっと嬉しくなってしまった。
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