ジョセフは魔法で感謝される
「やばい、やばい、やばい! 遅刻しちゃう!」
僕は学校初日からピンチに陥っていた。理由はシンプル。寝坊だ。初めてふかふかなベッドで寝たから、ついつい眠りすぎてしまった。
「あと十分で出ないと……」
クローゼットの中にはフリーデルの制服が入っていた。僕は穴だらけの服をハンガーにかけ、制服を手に取った。よく見ると、気を使ってくれたのか普段着も用意されていた。きっとボロボロな服では目立つと思われたのだろう。
早速僕は制服を着ようとしたのだが、たくさんボタンがついており、一体どのように着ればいいのか分からなかった。
「こんな上等な服着たことないよ。どうしよう」
しばらく苦戦していが、結局制服の着方が分からなかったので、隣の部屋の人に聞きにいった。この年になって服の着方を教えてもらうなんて考えたことなかった。
「すいません! 誰かいますか!」
僕がノックすると中からしっかりと制服を着こなした男性が出てきた。金色の髪はきっちりと整えられ、いかにも貴族らしい雰囲気を纏っていた。寮は学年で分けられているため、彼は僕と同級生なのだが、いくらか年上に見えた。
「なんだ? 俺はもうそろそろ始業式に行かないと行けないんだ」
「急いでいるところごめんなさい! よければ制服の着方を教えてくれないかな? すごい恥ずかしいこと聞いているのは分かるんだけど……」
金髪の青年は汚いものを見るように目を細めた。そして僕の全身を見ると大きなため息をついた。
「貴様か、フリーデルに入ってきたとかいう平民は。 しかも無属性適性者なんだろう。そんなやつに教えることなんてない。というか敬語を使え。貴様は平民だろ、不快だ」
青年はそれだけ言うと目も合わせず立ち去ってしまった。あまりに直接的に差別を味わったので、面を食らいしばらく動けなかった。
「こんなこと覚悟していたはずだろ」
そう自分に言い聞かせたけど、心の中では新生活への不安が募っていった。あのような態度で全生徒から接せられるのは、バフリおばさんの暴力ほどではないけど嫌だった。
「おーい、大丈夫か?」
後ろから男性の声が聞こえた。後ろに振り返ると、そこには先ほどとは別の青年が立っていた。背は僕よりも高く、夜の海のような暗い青色の髪が特徴的だった。
「なんかあいつに聞いてたろ? よかったら俺が手伝うよ。あ、俺の名前はレイン・ガーシー、よろしくな」
「よ、よろしく。僕はジョセフ。よろしく……お願いします」
レインはとても友好的だったので、思わず僕もタメ口で話してしまった。しかし彼が貴族であることを思い出し、急いで敬語に変えた。
「もしかしてお前平民なのか?」
「そうです……」
ああ、この青年も平民であることを理由に僕を差別するんだろうか。僕はこの清々しい青年からも嫌われるのだろうか。そう思っていたが、彼の返答は斜め上だった。
「わざわざ敬語なんて使わなくていいって! 俺たち同級生だろ? 無属性適性とかだって関係ねえよ。仲良く行こうぜ」
彼は眩しい歯を輝かせた。よかった、この学園に仲間を作れそうだ、そう思うと思わず涙が溢れてきた。
「ありがどう! レイン!」
「おいおい泣くなって!」
「じづばじんぜいがづがじんばいだっだんだよー(実は新生活が心配だったんだよー)」
「抱きつくなって!」
僕は夢中でレインにしがみつき、彼はそれを剥がそうとしていた。しかしお互いに笑っており彼とはいい友達になれる予感がした。
「それで? なんか聞きたいことがあったんだろ?」
「そうだ! 実は制服の着方が分からないんだ。今までこんな上品な服着たことなかったから……」
「そうか平民だとそういう服にも縁がないのか。教えるから一回部屋に入ろう」
部屋に入ると、レインは制服の着方を教えてくれた。彼は教える才能があるのか、非常に分かりやすく、また簡単なことが分からない僕を馬鹿にしたりせず、ものの数分で彼が良い人物であることが分かった。
「よし、これで完璧だ。なかなか似合っているぞ」
「ありがとう!」
鏡を見ると見違えるような僕がいた。上等な綿で作られた服は体に馴染み、間違いなく僕が着た衣服の中で最もおしゃれなデザインの服は地味な僕を目立たせてくれた。
「よしそろそろ行くか!」
「そうだね! ……待って、今何時?」
時計を見ると時刻は8時57分だった。昨日泉からここにくるのに十分かかったことを考えると、このまま行けば遅刻だった。身体中から嫌な汗が噴き出してくる。レインを見ると、彼も額に汗を浮かべていた。
「急げ! 遅刻だ!」
僕たちは一斉に走り出した。しかしいくら急いでいったところで間に合うはずがなかった。
「はあはあ、レイン、無属性魔法使える?」
「身体魔法と五感魔法は使えるぞ。これでも成績はいいんだ」
「身体魔法使って足早くしよう、それしかない」
「それだ! 今はとにかく走れ!」
僕は身体魔法を使った。レインも身体魔法を使ったのか、魔力の流れを感じた。僕はぐんぐんと速度を早め、このまま行けば時間内に集合場所に着きそうだった。
「ちょ、お前早すぎ……」
彼のスピードは僕と比べるとだいぶ遅かった。もちろん速くはなっているのだが、到底時間内では着きそうになかった。
「ジョセフ先行っていいぞ。俺は後で行くから」
「それはダメだよ! 僕のせいで遅れたんだから! レインにも魔法をかける!」
「身体魔法を他人にかけるなんて高等技術できるわけないだろ……、ってあれできてる!」
レインのスピードはぐんぐん上がり僕と並走するほどになった。彼は驚いたように僕をみていた。
「お前すごいな! こんなことできるなんて!」
「大したことないよ! これくらいみんなできるだろ?」
「できるか!」
やがて人だかりが見えてきた。どうやらまだ式は始まっていないようだった。
「あ、あぶねえ。なんとかついた」
「よかったこれから始まるみたいだね」
始業式の会場には僕たちと同じ一年生がいた。人数は100人ほどだった。どこもかしこも育ちが良さそうな人たちで、僕は浮いてしまっているような気がした。
「ジョセフのおかげだよ。ありがとう」
「いやいやレインがいなかったら僕は裸で出るところだったんだよ」
「あっはっは! 面白いこと言うなあ!」
僕たちは笑い合った。やはりレインとは気が合いそうだった。
「それでは本学園、フリーデルの始業式を始めます。まずは本学園の校長である、ベックランド校長の挨拶です」
「お、始まるぜ」
こうして僕はどうにかして、始業式にこぎつけた。貴族の差別を知り憂鬱になったものの、レインと言う友人を得た僕は、不安と期待をこめて始業式に臨んだ。
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