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”ありんこジョセフ”と呼ばれた少年

 僕は床を拭いていた。マゼランタ王国にあるレストランの床だ。ゴミや料理が落ちて、汚れが染み付き、いくら擦っても綺麗になることがなかった。


「いつまでそんなチンタラやっているんだい! 早くしな!」

「ごめんなさい、バフリおばさん」


 おばさんはいつものように怒鳴った。僕は孤児院で生まれ育ったのだが、10年前、僕が5歳のころバフリおばさんに引き取られた。だから僕は自分の両親を知らない。お母さんは僕を産んですぐなくなり、お父さんは行方不明だ。


 孤児院のシスターはお母さんを「誰よりも優しい人」と言っていた。おばさんが僕を自分のお店の労働力として、昔からこき使っていることもあって、母親の存在は憧れとなり、見たこともないのに僕はお母さんが大好きだった。


「ったく、だから使えないんだ。お前は」


 おばさんは水の入ったバケツを僕に被せた。全身が濡れて、頭からは濁った水が滴り落ちた。周りの客はひそひそと話している。


「へえ、あれが“ありんこジョセフ”か」

「“ありんこジョセフ”?」

「お前、知らないのか」


 そう話す男はあえて僕に聞こえるように話していた。


「このあたりでは有名だぞ。毎日毎日、怒鳴られては殴られているジョセフっていう子供がいるってな。常に地べたに這いつくばっている姿と黒髪黒目が(あり)みたいだから、“ありんこジョセフ”っていうんだ」

「そんなに有名なら、騎士とか来ないのかよ。治安を守るのがあいつらの仕事だろ?」

「ああ、それはないよ。なんたってあいつは無属性適性者だから」


 無属性適性者。それは最も価値のない人間であることを表す言葉だった。


 魔法にはたくさんの種類がある。火や水など自然を操るものもあれば、幻覚を見せるもの、洗脳まで、あらゆることができる。そんな中で最も価値がないと言われているのが無属性の魔法だった。


「本当に自分の適正が無属性だったらと思うとゾッとするよ」

「そうだな」


 子供は10歳になると、自分の適正を教会で図ることになっている。そこで自分の向いている魔法を知るのだ。


 しかし無属性の適性には価値がないと言われている。理由は単純、みんな使えるからだ。無属性の代名詞とも言える肉体の強化と五感の強化は誰でも使える。火の魔法に適正があるからといって、無属性魔法が使えないわけではない。だからその魔法が秀でていたところで、みんな使えるではないか、というのが世界の認識だった。


「ほら、こぼした水もちゃんと拭いときな」

「はい」


 僕は再び床を拭きはじめた。すっかり雑巾はくたびれ、ところどころに穴が空いていた。穴が空いていたのは僕の衣服もそうだった。でも僕には唯一自慢できるものがあった。髪の毛だ。母親譲りと言われる黒髪だけは僕の誇りだった。


 地面に広がった水溜りに反射して、僕の姿が見えた。目を見えなくするくらい長い黒髪は、お母さんの代わりに僕を抱きしめるように広がっていた。


「“ありんこジョゼフ”の母親って、バフリのババアなのか?」

「いや、孤児院育ちで母親が分からないんだってよ」

「へえ、無属性適性者を産むなんて、ゴブリン見たいなやつだったんだろうなあ」

「ガハハハ! 間違いねえ!」


 その言葉を聞いた時に、僕は無意識に立ち上がっていた。急に立ち上がった僕を、周りの客やバフリおばさんは不思議そうに見ていた。


「お母さんを馬鹿にするな! 何も知らないくせに!」


 僕はお母さんを馬鹿にした客に殴りかかった。バフリおばさんからの虐待から身を守るために練習した無属性魔法を身体に纏わせ殴った。図体がでかく、おそらく冒険者であろう客は、軽々と飛んでいき、壁にぶつかった。

 

 周りの客は僕にそんな力があったのかと、呆然としていた。


「お前、お客様になんてことするんだい!」


 ハッと我に帰った時には手遅れだった。バフリおばさんは箒で僕の頭を殴った。僕が地面に転がると、僕の体を蹴った。足の数は一つや二つではなかった。いろんな客が一緒になって僕のことを蹴っていた。


「もっとやれ!」

「無属性野郎のくせに生意気だ!」


 大人たちの蹴りに命の危険を感じた僕は、無属性魔法を使い身体を守った。しばらく暴力は続いた。魔法が使えなければ本当に死んでいただろう。


「ふん、これくらいにしといてやるよ、“ありんこジョセフ”」


 暴力による一切怪我はなかった。無属性魔法でも、そのくらいのことはできた。でも魔法は僕の頭にかけられたジュースやトマトソースからは守ってくれなかった。


「ごめんなさい、お母さん」


 僕は誰にも聞こえないように、天国にいるお母さんに謝った。ジョゼフという名前はお母さんがくれた唯一のものだ。それを“ありんこジョゼフ”という名前で、汚してしまった。

 それに僕はお母さんがどんな人か分からなかった。


「あとはお前がかたしときな。今日はもう店じまいだ」


 客たちはバフリおばさんに金を渡すと帰っていった。その時には全員笑顔で、もう僕のことなんて忘れていた。バフリおばさんも全員から代金をもらうと笑顔で店から出ていった。


 周りを見ると、客たちが荒らした皿や食べ物が床中に落ちていた。客のほとんどが冒険者で行儀よく食べるものはいなかった。この汚さだと、明日開店までに片付けが終わるかどうかも怪しかった。


「今日は寝られそうにないな」


 僕は深くため息をつくと、声が聞こえた。


「それでは手伝ってあげよう」


 しゃがれた声が店の角から聞こえた。すっかり客はいないと思っていたが、まだ残っていたようだ。声の主はローブに身を包み、髪よりも長い白い髭を携えた老人だった。


「いえ、大丈夫です。僕がやらないと怒られるので」

「若いものが遠慮するでない。老人の好意は受け取っておくべきじゃ」


 そういうと老人は右手をスッと上げた。すると店全体が震え出した。


「な、なにをするつもりですか!」

「まあ、見ておれ」


 すぐに異変が起きた。なんと店中の皿やジョッキが空に浮き上がったのだ。料理の残りは全てゴミ箱へ、皿やジョッキはいつの間にか流れている水道へ浮遊し勝手に洗われていた。あれだけ汚かった店が、ものの5分で片付いた。


「こんなもんでええかの?」

「いったい何者ですか?」


 老人は皺だらけの手で髭を撫でていた。そして僕の方へ向くと、ゆっくりと口を開いた。


「儂は、世界最高峰の魔法学園フリーデルの校長、ベックランド・ミラークレフ。お主を我が学園にスカウトしにきた」


 この時、この瞬間から、僕の運命は変わり始めたんだ。


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